ジョカは深い満足とともに、地の色が見えぬ大地を見回した。
大地を埋め尽くすのは肌の色。血が抜け、青ざめた白い肌。
ルイジアナ王国。神の恩寵を受けし国と呼ばれた地の、すべての建物、すべての畑、すべての木々は焼き払われた。瓦礫一つさえ残ってはいない。
残るのは、ただ、白い灰。
吠える憎悪はジョカを駆り立てた。もっと。もっと。こんなものではない。まだ足りない。まだだまだ。
猛る復讐心の赴くまま破壊を繰り返したのは過去のこと。
今、ジョカは満ち足りていた。
復讐を叫んでいた心も、穏やかだ。憎悪の咆哮が鳴り響いていた心も、もう引き裂かれることはない。
ルイジアナ王国は滅んだ。生きている者は、一人もいない。……いや、一人だけ、いた。
「ジョカ!」
ジョカは振り返る。
邪悪なる者をその光輝で消滅させる太陽のように。
リオンは猛烈な怒りを宿してジョカを見下ろしていた。
「私さえいれば祖国に手を出さないと言ったのは、嘘だったのか!」
滅亡した祖国を見つめるその表情はゆがみ、目からは炎が噴き上がらんばかりだ。裏切り者への憎しみに、リオンは生涯許しえない怒りをこめて叫んだ。
「うそつき!」
ジョカは目を覚まし、それが夢だとわかってどっと力を抜いた。
解放されて、ひと月がたつ。
リオンに気づかれぬよう復讐を果たし、そこにリオンがやってきて、約束違反だと糾弾する夢だった。……それにしても嘘つきはないだろう嘘つきは。
しかし、リアルだった。特に、決して許さないという気迫に満ちた表情は、今でもそれに睨みつけられた恐怖の残滓が体に残っているぐらいだ。
起きた瞬間、夢であったことに、これほど安堵したことはない。
……恐怖?
ジョカは体をずらし、隣に眠るリオンを見下ろした。眠る前の濃厚な行為がたたり、熟睡している。
あれは夢だったが、いつでも現実に変わりかねない事でもある。
もし、ジョカがリオンを側に置いたまま焦土に変えたら、夢は現実になる。リオンは、決してジョカを許さないだろう。
それは、彼の性格を知る人間からすれば、あまりにもわかりきったことだった。
リオンはその誇りにかけて約定を守るだろう。そして同じく、破った者を許さないのだ。
少し意識を向けるだけで、自分たちが消えたあとの王宮で起こった騒ぎは知覚できる。
ジョカの宣言の直後、事態を理解したのは国王ただひとりだったろう。
しかし、それからは何も起こらず、パニックに陥った者が平静心を取り戻してきたころ、世継ぎの王子が消えていることが判明した。
国王は今のところ黙秘を貫いているが、ジョカの言葉にあった、初代国王の名前。神の恩寵を受けたかのようなこの国の不自然なまでの豊かさを考えれば、この国に囚われていた魔術師が解放された、という推論にいたるのは、難しくない。元々そんな噂はあったのだし。
魔術師に復讐のため連れ去られたのではないか、いや王子はすでに亡き者になっていて、その遺体があまりに惨いので隠されているのだ、いま魔術師は虎視眈々と復讐の計画を練っているのだ、等々、推測は飛び交いまくっている。
ただ、このままリオンの姿が見えないままでは、亡き者として処理されるのは間違いない。
リオンは気にしないだろう。
誰に認められずとも、彼は王子だった。王家に連なるものとしての自覚と自負を持ち、その義務と責任を自然と担い、公式の身分がどうであれ、自分で自分がそうであることを理解していれば十分だと、そう語る空気を、自然とにじませていた。
だからわかる。リオンは許さない。
復讐を遂げたいのなら、生涯憎まれ、拒絶される覚悟が、必要だ。
それが何ほどのものかと。それがどうしたと。そう言ってのける強い意志は、今のジョカにはない。
ジョカは、眠るリオンの頬を撫でる。
愛しい。
この王子がいとおしい。
軽蔑や憎悪の拒絶をされた時のことを思うと、心胆が冷えてすくみあがる。それほどに、ジョカはリオンに囚われていた。
リオンを手放さずにいる方法は簡単だ。ただ、復讐をやめればいい。このまま二人でここにいて、飽きたら世界を放浪するのも悪くない。それだけで、いい。
―――でも。
百年が過ぎるまでは、そのうち解放されるさと楽観していた。二百年が過ぎたころには、このままなのではないかと絶望が心をよぎるのを必死に否定した。三百年が過ぎたころには、絶望すら感じなくなり、自分は一生、闇の中で飼殺しにされるのだと、諦めた。死が自分を迎えに来るまで、未来永劫とらわれつづけるのだと。
少し意識を向ければ、王宮内外の情報は知覚できる。外には無数の人がいて、その生活ぶりを聞くのは気晴らしにはなった。
けれども、王宮の中で、ジョカだけがひとりだった。ジョカだけがひとりきりで狭い部屋の中に閉じ込められていた。
外の賑やかさに余計に孤独が沁み入って、周辺を探ることを止め、引きこもり、それでも時折孤独に耐えかねて耳を澄ませてしまう。そんな毎日。
代々の王族は傲慢で不快な人間ばかりで、数年に一度なら我慢もできるが、とても定期的に会うことには耐えられない。
ついでに律義という性質ともかけ離れた人間が多いから、リオンのように週に一度来いといってもジョカが暴言を吐いた段階で足が途絶えるだろう。
かといって、吐かずには、いられないのだ。
自分を捕えつづけ、搾取する王族に、恨みのまじった皮肉と棘を突き刺さずには、いられない。自制心が足りないというのは簡単だが、そんなことを言う輩には喜んで同じ目に合ってもらって、それでも自制できるかぜひ試したいものだ。
頭でわかっていることをその通りに実行できるほど、人の心は、賢くない。
道徳は、人を憎むのは無益なもので、許すべきだと、言う。でも、……許せない。
どうしても、許せないのだ。
頭を押さえ、どれだけの時間そうしていただろう。
優しい、気遣う声がかかった。
「眠ることができないのか?」
気品のある、優美な発音。白く滑らかなカーブを描く、象牙の置物のようだ。
ジョカは振り返らなかった。
奇特な人間だと、心底思う。おかしすぎるぞ。
自分がどういう目に遭っているのか本当にわかっているのかと聞きたい。お前は誘拐されて監禁されて毎日性的暴行を受けているんだ、とっとと怒れと言いたい。
……自分の言った言葉も忘れてジョカに憎悪や怒りを向けるような相手なら、ジョカも―――その約束を、破れるのに。
リオンは怒らない。ジョカが何をやっても従順で、だがそれは人形とは一線を画したものだ。運命にうちひしがれ、諦めきった人形のように従っているのではなく、己の意志で、ジョカに仕えている。彼との会話は飽きない。ここで、こうして一緒に暮らして、ジョカは不思議な感覚に包まれるのを感じていた。
それは、そう、まるで……「安らぎ」のような。
ふと、暖かい感触がジョカを包む。リオンがジョカの頭を抱きしめていた。
「我慢は、しなくていい。ため込むと、体に悪い。嫌な感情の、一番手っ取り早い発散方法は、他人にあたることだ。ほら、ここに、丁度いい人間がいるぞ。おまけに本人がやっていいと言っているから罪悪感もない」
リオンはいくつかの方法をあげる。
「鞭とか、生爪をはがすとか、殴る蹴るとか。私はこう見えて頑丈だから、多少暴力をふるわれたってそう簡単に壊れるほどやわじゃない」
ジョカはリオンの言葉を遮った。彼の手をやんわりどけて、顔を上げる。
「王子。王子を殴って、俺が一時的にすっきりしたあとどれほど後悔すると思う?」
「……」
黙ってしまったリオンに、ジョカは息をついて言う。
「もう王子は聡いから気づいているだろう。俺は王子を愛しく思っている。俺を、あの闇から救いあげてくれた。心から、愛しい。―――でも、苦しい」
リオンは驚きの表情を浮かべた。ジョカの気持ちに気づいてなかったらしい。
ジョカは心情をありのままに語る。
「王子とここにいて、笑いさえした。……でも、時折、胸の奥でとぐろを巻いた蛇が蠢く。あの苦しみを忘れたのかと、あの誓いを忘れたのかと、そう言う。そのたび、心はあの頃に戻る。闇の中、苦しんだあの日々に、心だけが舞い戻ってありありと苦しみを追体験し、やはり許せるものかと思う」
リオンは、奇妙に静謐な顔で、それを聞いていた。
「けれど、目を開ければ王子がいる。俺は王子を殺すことなどできないから、思いとどまる。……でも、思い出すたび、苦しくなる」
しばらくの間、どちらも口を開かなかった。
海のような沈黙が広がり、そして、それは奇妙なことに、不快なものではなかった。
リオンはジョカを見つめ、ジョカもまた、リオンを見ていた。
その深い青に満たされた目を、美しい、と思う。
あの日。何の力もないこの少年は、その瞳に宿る気迫と言葉だけで、復讐にはやる魔術師を止めてみせた。
―――いつから恋をしたかと聞かれれば、心はあの瞬間に戻る。
絡まり合った目線。穢れを寄せ付けないアイスブルーの瞳が、あのときジョカを見ていた。
美しいと感じた。無力な身で、それでもなお、怒れる魔術師に前に身をさらし、他の人間を守るため立ちはだかった少年のその瞳を、長年希求した空にも勝るほど、美しいと……。
「……なあ。リオンは、俺が、ルイジアナを滅ぼしたら、許さないよな?」
張りつめた緊張の満ちる数秒の間のあと、答えが返った。
「―――ああ」
リオンは、言えない。許すとは、言えないのだ。
ジョカは下を向いて、くっと笑う。
「……ばかだよ、おまえ。どうして、俺を解放したんだ。どうしたって、俺を幽閉しておいた方が、あらゆる面で、いいじゃないか……」
言いながら、涙がこぼれ出た。
「―――ジョカ」
リオンの指が、優しくその涙をぬぐう。そして、優しく語りかけた。
「王宮で、あなたと、いろんな話をした。憶えているか?」
「……ああ」
「最初はあなたの毒舌にかちんと来ることも多かったけど、私は、あなたと話をするのが、楽しかった。あなたに対しては、どんなことでも相談できた。国事にかかわることも、あなたには何一つ、隠す必要がなかった。―――カザは友達だけど、あなたのことも、私は、友人だと思っていた。カザとは違った形の、でも、とても大切な友人だと」
「―――」
「さんざん、迷った。どうしようかと思った。現状維持をしようかとも思った。……それでも、あなたを解放したのは、あなたが好きだったからだ。あなたが好きだったから、あなたに軽蔑され、見下され、それでもなお付き合いを続けて利用し続けることを考えると、たまらなくなった。―――私は、いちばん最初から、あなたの事情に気づいたときから、どうすれば解放できるだろうと、そう考えていたんだ」
リオンは、ジョカの顔を上げさせると、その目にくちびるを押し当てて涙を吸った。
アイスブルーの瞳が至近距離からジョカを見つめ、しばし、ジョカは息すら忘れた。
「私は結局のところ、私情に流された。私の大切な友人であるあなたを助けたかったんだ。
―――でも、困ったことに、後悔が浮かばないのが一番困る」
ジョカは唸り声を上げた。
「―――毎日、俺に、犯されているのに」
リオンは軽やかに笑った。ジョカの心を軽くするためだろう、笑ってくれた。
「あれ? 気づいてなかったのか? 私は、あなたと身体を重ねるのが好きだ。だから、ここで、こうして、一生いても、私はぜんぜんかまわないんだ」
その笑顔は、とうてい作り物とは思えないほど、輝いていた。
ジョカは寝台についた手を握り締める。……自分の、趣味の良さに、自分でも感心する。ここで、こうして、こんな風に笑ってくれる人間なんて、千人にひとりもいるものか。
誰からも崇敬を捧げられる王子だったのに、一生、ここで、好きでもない男の相手をしてもいいと、恩を仇で返している張本人に言ってくれる相手が、二人といるものか。
ジョカは歯を食いしばり、リオンから目をそらした。
「リオン……リオン、リオンっ! たのむ、俺に言って! 復讐をしないでと、ルイジアナを滅ぼさないでと!」
……もし、ジョカが心のまま振る舞ったら、リオンはジョカを殺すだろう。そして、彼を解放した責任を取って、自分も死ぬつもりだろう。
ルイジアナを滅ぼせるのなら、その後に殺されてもいい。それほど憎い。リオンに殺されるのなら何の抵抗もしない。でも、その後に、リオンが死ぬのは、ぜったいに嫌だ。
リオンは素早く意図を悟り、少し迷った後、ことさらきっぱりと首を振った。
「私は、ジョカに復讐してほしくない」
ジョカは、寝台に爪を立てて体内を荒れ狂う感情の暴風に耐えた。
許せない。一生、許せない。この国が自分に与えた恥辱と苦痛、そして絶望は、決して、忘れない。この国が憎い。心底憎い。自らを滅ぼしてでも相手の滅亡を願う、それほどの憎しみだ。
……でも。
―――リオンは、そのルイジアナを、愛しているのだ……。
胸郭を乱反射する感情が、ぶつかりあい、剥落し、目から涙となって落ちた。けれど、勝敗はもう、ついている。
どちらが重いか、そういう話。
「―――わかった。わかった。わかった、から……」
ジョカはこぼれ落ちる涙をそのままに、繰り返し言った。
それから顔を上げ、何度も深呼吸する。
憎悪の蛇が蠢く。何を言う、何をするつもりだ、あの日々を忘れたのか。
ジョカはその蛇にそっとかがみこみ、頭を撫でて、囁く。―――だって、王子が悲しむだろう? お前は王子を殺したいのか?
蛇はしおしおとうなだれ、大人しくとぐろを巻いた。
ジョカは深く、長く息を吐き出した。息を吐き切って、憑きものが落ちたように力の抜けた顔をリオンに向ける。
彼は目を見開き、驚いた顔をしていた。
改めて、宣言する。
「復讐は、やめた。誰も、殺さない。お前の父も、国民も、誰も殺めない」
「……―――え」
「本当は……お前の父親だけは、殺してやりたいけど。でも、お前は、父を愛しているから。だから、殺さない」
驚いた顔のリオンに、ジョカはそっと告げた。
「リオン、あなたを愛している」
リオンを直視し、微笑する。
リオンは、珍しいことに露骨に動揺した。隣を向き、視線をあたふたとさまよわせ、顔に血が昇っていく。貴種の生まれ故に内面を繕う術に長けた彼のこんな様は、実はとても稀有だ。
「……気づいてなかったのか?」
少しの間の後、こっくり。
「そうだな、散々、王子の嫌がることをやったりやらせたりしていたから、普通はそう思うか」
以前、心を手に入れるまで待つ、なんて言ったにも関わらず、成り行きで、もう数え切れないほどその体を自由にした。
リオンは口元に手を当てて赤らんだ顔を隠しながら、言う。
「いや……それは関係なく、なんと言うか……、ジョカが、私にそういう感情を持つとは、思ってなくて……」
十二の頃から、山のような叱責と皮肉と嫌味と指導をいただいた相手だ。
自分に「堕ちる」ことがあるとは、想像できなかった。
ジョカは声もなく笑う。……どうして、恋に落ちずにいられるだろう?
これで、愛さずにいられる人間などいない―――。
ジョカは、そっと、リオンの手に手を重ねた。
「あなたが望むのなら、俺はこの復讐を止めよう。あなたが愛しているなら、この国を滅ぼすのを止めよう。あなたが望むから、俺はこの国を滅ぼさない。―――リオン。あの闇から俺を解き放ってくれたあなたを、こころから愛している……」
王宮にいた頃、リオンがそうだったように、ジョカもまた、彼を友人としか思っていなかった。その頃を思うと、隔絶の感がある。
ジョカは寝台に置かれたリオンの手を取り、その手の甲に、そっと、口づけた。
忠誠を捧げる騎士のように。
◆ ◆ ◆
ジョカが顔を上げると、リオンは食い入るようにジョカを見つめていた。その、蒼い瞳で。
「……私を、愛していると?」
「ああ」
「その……ために、復讐を止める?」
「ああ」
ジョカは真面目に頷く。
リオンはジョカをじっと見た。そして、言う。
「あり……がとう……」
嗚咽だった。感情の高ぶりを、隠そうとするように、リオンは顔を背けた。
その姿に、ジョカも気づいた。―――リオンも、不安だったのだ。
考えてみれば当たり前だ。一歩間違えば、自分のせいで国が滅んでいたところだ。ジョカが復讐を止めると言って、ほんとうに……ほっとしたのだろう。
思えば、リオンがジョカに許してほしいと言ったことはない。自分が償うとは、言ったが。
誰もが言う台詞。だがもしそう言われたら、ジョカは、きっと、憤激しただろう。
幽閉されている間、何度となく涙ながらに哀願した彼の言葉を踏みにじっておいて、自分はぬけぬけと許してくれというのか、と。
許してくれと言われることすら耐えがたかった。
そんなジョカの心を察していたからリオンは何も言わず、ただ、ジョカに寄り添っていたのだろう。だが、心の中では渦巻いていたはずだ。
それが、叶えられて―――それでも、泣けないのが、この少年の背負ってきたものの重みなのだろう……王族というものの。
ジョカはもちろん、無理矢理顔をこちらに向けさせて涙を鑑賞する―――なんて真似はしなかった。一年前なら喜び勇んでやっていただろうが。
黙って、待っていた。
「―――あなたに、言わなきゃいけないことがあるんだが」
少し経ち、リオンが再びジョカを見たとき、その表情は、かなり、かしこまった神妙なものだった。
リオンがそんな風なので、ジョカも神妙に待つ。が。
十秒たち、二十秒たった。珊瑚の唇を半開きにしたまま、リオンは言うに言えない様子で、喉から言葉が出てこない風だった。
「…………その。あなたは、言ってくれたから、私も、言わなきゃと思うんだが」
よほど、言いづらいことらしい。いつも果断な彼にしては、とても珍しい。ジョカは大雑把に見当をつける。
よほど言いづらいこと―――たとえば、ルイジアナの守護を続けてくれとか、もう帰りたいとか、抱きあうのはこれきりに、とかだろうか。
それなら、別に遠慮することはないのに。
これまで、ジョカはこの国の道具だった。そして、これからは、リオンの道具でいいと自分の意志で決めている。リオンの望みなら、どんなものでも叶えるつもりだった。
地上最後の魔術師である彼の力を、存分にふるえばいい。リオンにはその権利があった。
言い淀むことしばし。焦れたようにリオンはジョカの肩をつかむと、顔を寄せた。
深く唇が合わされる。
ジョカは驚き、あることに思い至って身体が固まる。
―――リオンの方から、してくれたのは、これが初めてじゃないか?
数え切れないほど身体を重ね、唇を合わせたが、いつもジョカの方からだった。
最愛の人間から口づけられていると思うと、痺れるような陶酔が広がっていく。……リオンが、口づけてくれている。ジョカは自分からも腕を伸ばし、しなやかな背を抱いた。
「ジョカ……」
吐息の囁きは、とろけるように甘い。
そして、もう一度唇を重ねる。
リオンは口づけを終えると、間近からジョカを覗き込んだ。
「―――私が言いたいこと、わかったか?」
「……なにが?」
本気で判らずにジョカは問い返した。
さっき想像したことを言いづらいのはわかる。だが、それと接吻とどういう関係があるのだろう?
リオンはジョカの顔を至近距離でとっくりと眺め、呟く。
「……たぶん、あなたが今想像したもの、ぜんぶ違う。しかし、私もいい加減鈍いが、あなたも結構な鈍さだな」
と、言われても。
何のことやらわからないジョカは、首を傾げるしかなかった。
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