fc2ブログ
 

あかね雲

□ 黄金の王子と闇の悪魔 番外編短編集 □

※治療師ジョカ 4


 寝室で、お互い自分の服を脱ぎながら尋ねる。
「今日は俺がリオンを抱きたい。いい?」
「ああ。私も抱かれたい」
 リオンが即答し、ジョカは頷く。

 リオンは衣服をすべて取り払うと、全裸でジョカと向き合った。
 リオンのからだは、とても綺麗だ。
 ジョカとは違い、皮膚の下から鍛えられた筋肉の筋が浮かび上がる。ジョカと同じ細身だが、質がちがう。
 引き締まり、鍛えられた体躯は、ジョカのようにただ細いだけの体ではないことを雄弁に物語っている。

 腕も肩も胸も股間も、いや手のひら一つさえ、女性とは一線を画した骨ばった男の体なのに、どうしようもなくそそられる。
 股間が熱くなり、血が集まる。

 同性を性の対象として見ている。
 それは本来ありえないことだ。
 男が反応するのは女性であって、同性ではない。
 異性同士が惹かれるのがしぜんであって、同性同士なんて頭がおかしい。
 ――そう思っていた時期もあった。

 自分も服を取り払ったジョカは、リオンの顎を持ち上げて口を吸った。
 ジョカは、同性であるリオンを選んだ。
 身の内にある倫理はそれを正しくないと言い、世間の目も彼らに対してどこか壁がある。
 この街でも男色家が、と蔑まれ、汚いものでも見るように見られるのはもう慣れっこだ。

 それでも、もうジョカはリオン以外を愛せない。
 自分がその立場になってやっとわかることというのが世の中多いが、ジョカもまた、同性愛者と言われる立場になって実感している。

 人を恋しいという気持ちに、性別は関係ないのだ。ジョカはリオンが男であろうと女であろうと、愛している。
 ただ、愛している。

 ジョカは口づけながらリオンの腰に手を廻し、強く引き寄せた。
 素肌と素肌が密着し、リオンもまた、興奮してきていることをジョカに教える。

 息継ぎの鼻息が鼻梁を撫でながら生々しく通り過ぎていく。
 肌を隔てる衣服を一つも身に付けず、隙間なく抱き合って深く口づけていると、まるで身も心も溶け合って一つになったような気がした。
 五分ほどもつづけて、ジョカはやっと唇を離す。

 リオンのブルーアイが蕩けているのを確認し、ジョカはリオンの頬を両手で包みこんだ。
 リオンの高い鼻梁に唇を這わせ、目蓋にも額にも口づける。

「ジョカ……もう、寝台へ……んっ、あ」
「もう少しさわらせて。お前のからだ、隅々まで」
 ジョカは、言葉通りに実行した。

 ジョカはリオンの頬から手を離すと、まずは後頭部に手を廻した。
 もう片方の手は、背中に廻る。
 そして口はリオンの耳朶を食む。

 リオンの背中。その肩甲骨の尖った形を手のひらで撫でる。右、左。そしてその左右の肩甲骨の間の背骨を、一つ一つの関節を確認するように撫で下ろす。

 リオンの首。
 耳朶から首筋に唇が移動し、反射的に振り払おうとした動きをジョカが後頭部に回した手が阻害する。
 長く滑らかな首を、唇で愛撫し、歯で少し噛みながら下へ辿っていく。
「ジョカ、あ、あ、あ……っ」

 ジョカはリオンの臀部を揉みしだくと、ひざまずいた。
 目の前のすでに立ち上がっているものを避け、太腿の裏側をなぞり上げる。左右均等に何度も撫でまわし、その手が膝の裏の薄い皮膚に少し爪を立てたところで、とうとうリオンが叫んだ。
「ジョカ……っ。もう焦らさないでくれっ」

 目論見が当たった悪党の顔で、ジョカがリオンを見上げる。
「どうしてほしい?」
「……舐めてくれ」
「わかった」

 目の前の、すっかり立ち上がっているものをジョカは口に含む。竿を愛しながら、時々睾丸を持ち上げてその裏を口唇で愛撫する。
 脈打つ男根。香る性の匂い。粘膜から粘膜へ、直接的に感じる血の流れと興奮度合い。
 ジョカは、リオンの欲望を直に感じられる口淫が大好きだ。他の誰であろうとこんな気にはならない。リオンだから、好きだ。
 交互に愛撫していたが、そろそろと見てジョカは深く男根を銜え込んだ。

 口中に広がるものをこぼさないように受け止め、残滓を吸いとる。そのまま飲み下した。

 そこで、さんざん体中を撫でまわされたリオンが怒った。
「なんで肝心の所をちっともさわってくれないんだ?」
「えーと、全身どこもかしこもさわりたかったから?」
「じゃ、私もさわる!」

 ジョカは寝台に押し倒された。
 息つく暇もなく、唇が塞がれる。
 口づけられながら胸元を撫でられた。胸の飾りを指の腹で撫でられ、引っ張られる。小さな痛み。そして痛みが過ぎた後は、温かいものに包まれ、優しく吸われる快感に上書きされた。

「ん……あ、あ……」
 胸板を撫でられても、女性のような膨らみはない。
 触られるままになりながら、ジョカは胸に顔を埋めているリオンの髪を撫でる。
 感じる快感を息を吐いてやり過ごす。
 やがて胸元の愛撫が首すじに移り、さっきジョカがしたように、歯が立てられる。

 これは自分のもの、というわかりやすい所有痕。
 所有欲の、あらわれ。
 それが済むと、リオンはジョカの肋骨を指でなぞった。
 くすぐったさに、ジョカは思わず身をよじる。
「くすぐったい」

 そう言うジョカの顎をリオンの手がとらえ、突き出た鼻や頬骨にキスをする。
 そこからは順繰りに、首や腕、胸や腹をさわられた。
 ジョカはその愛撫をうっとりしながら受ける。
「俺、リオンに触られるの好き」
「そうか。私もあなたに触るのは好きだな」
 そこで、ジョカは少し笑った。
「どうした?」
「いや。性的な意味で男にさわられて、気持ちがいいと感じる日がまさか来ようとは思わなかったな、と」

 ジョカの体の上に乗り上げ、あちこちを触りまくっていたリオンはその言葉にきょとんとしたあと、うなずいた。

「そうだな。あなたの場合、同性愛は禁止されていたんだろう?」
「禁止というより、あり得ないものとして見ていた、かな。どうしたて、不自然だろう? 魔術師で同性愛に走ったのって、俺だけかも」

 リオンはジョカの額にキスした。
「何か罰則とかあるのか?」
「いや。何も。ただ……ただ、心の中でそういうものだと思って壁をつくっていただけだ」

 不自然。
 おかしい。
 理に反している。
 それが魔術師たちの考え方だ。

 その割に、仲間たちはリオンとの仲を普通に祝ってくれたのだが……、あれはひょっとしたら、リオンを女性か、プラトニックだとでも思っていたのかもしれない。
 一人を除いてリオンと直接会った仲間はいなかったし、その一人はプラトニックと勘違いしていた。

 ふつう魔術師は同性に欲情しないが、広義の意味で、男が男に惚れることはあるのだから。

「俺がリオンに触られるのが好きな理由、思いついた」
「なんだ?」
 そう問い返す声は、どこまでも甘い。
「お前が俺を欲しがっていると伝わるから」

 ただ触るのと、性的な意味を持って触るのは、同じようで何故かわかるのだ。
 そしてジョカは、リオンが自分に欲情していると、嫌な気持ちになるどころか嬉しい。
 男同士なのに、欲望を抱かれていることが、嬉しいと感じるのだ。

「欲しがっている? それはお互い様だろう?」
 挑発するようにきらめく瞳が、至近距離からジョカを見ていた。
 ずっと昔、ジョカが恋に落ちたアイスブルーの瞳。その時と同じかがやきで。
「そうだな」
 ジョカは苦笑しながらうなずいた。
 まったく否定できない、それは事実だった。

 ジョカは頃合いと見て、寝台近くの引き出しから潤滑油を取り出す。ジョカは腕利きと評判の治療師としてかなりの高収入を得ているので、高級品の香油だ。ただしそれを油で薄めて花の匂いはごくわずか。
 匂いのきついものをリオンは好まないので、ジョカが調合したものだ。ジョカは、意外と何でもできるのである。

「リオン、後ろ向いて」
 リオンは後ろを向くと、寝台に手をついた。

 目の前の白い双丘は、どこまでも男のものだ。
 どこまで行っても、女性の臀部とはちがう。肉付きも薄く、骨ばっている。

 ――なのに、急に喉が干上がった。
 これまでいなす余裕のあった欲望が、切羽詰まってきている。

 内側で欲望が水位を上げるのを感じながら、ジョカは香油を手に取り、掌に広げて体温に馴染ませてから、ひっそりと双丘の奥に息づく蕾に指を挿し込んだ。
 リオンの白い背がわずかに震える。飽きるほど繰り返していても、体内に異物を受け入れるときの違和感は、完全には消えないものだ。

 蕾を開き、指にまとわせ、中に香油を十分注いだ。
 十分にほぐしてから屹立をあてがい、挿入する。
「あ……ん、あっ……」
 リオンの手がシーツをつかみ、皺ができる。それに反して白い背から力が抜けた。
 交接は、力を抜いたほうが上手く行く。その方が体の負担も少ないし、ジョカもやりやすいと知っているのだ。
 同性同士だ、異性のように受け入れるための器官はない。

 白い背のうねりを目で楽しみながら、ジョカは無理のない動きで自らを埋めていく。
 急に動いても焦ってもリオンのからだに負担がかかる。
 本来そういう用途に用いない場所に男性器をねじ込まれるつらさは、ジョカも良く知っているから。

 根元まで埋めると、ジョカは内壁が性器に密着して締め上げる感触に息をもらした。
 気持ちがいい。
 隙間なく、敏感な性器の隅々までリオンに包まれている。
 その感触が、たまらなく――いい。

 ジョカは緩やかに動き出した。
 中に注いだ香油がそのたびにちゅくちゅくと微かな水音を立てる。
 リオンの感じる場所を先端で擦るたびに内部が締まった。

 ジョカは抜き差しを繰り返しながら、手を前に回し、うなだれているリオンの性器をすくいあげる。
 前と後ろ、双方に刺激を与えながら囁いた。
「リオン、どうか、俺だけを見て。俺だけを愛して。どれほど魅力的な女性がいても、俺以外とこういうことをしないで」
 それは哀願といっていい響きだった。

 ジョカは、リオンが他の男とどうこうなるとは思っていない。
 だが、他の女性とどうこうなる可能性はかなり高いとも思う。

 ジョカの懇願を受けて、リオンはふっと笑った。
 リオンの表情は、ジョカには見えない。それは、見なかったことが悔やまれるような、慈愛に満ちた顔だった。

「ジョカ……あんっ!」
 リオンが体をねじって振り返ろうとしたとき、間が悪くジョカが往復運動を再開する。
 中を掻き回されてリオンの手から力が抜けた。

「あ……ん、は……ああっ!」
 シーツの上に腕を落とし、腕の上に額をつける。
 腰をジョカに支えられ、腰だけを高く掲げて背後から犯されている。
 自分の今の体勢を自覚するだけで恥ずかしいが、情交の最中にそんな事を思うほうが野暮だ。

 体の内側を熱い熱量がごりごりと刺激し、そのたびに体の中で火花が弾ける。
 もう幾度こうして体を結んだのか、それすらわからない。
 リオンの弱いところなど、ジョカは誰より良く知っている。

 お互いの荒い息遣い、接合箇所から響く水音、肉を打つ音、体の中で責め立てる熱塊――。
 それだけしかわからなくなる。
 頭がしびれたようになる。
 ジョカに与えられる快楽が頭を白く染める。

「は……あ……っ、ジョカ……ぁ」
 ジョカの情欲にされるがままでいると、かれが息を詰める気配がした。
 体内で、熱い飛沫が広がっていく。

 リオンは体を震わせながら射精が終わるまで待ち、首をねじってジョカを振り返った。
「ジョカ……ん、ちょっと……抜いてくれ」
 ジョカがその通りにすると、リオンはジョカの方を向き、ジョカの首に手を回して頭を下げさせると、こつんと額を合わせた。

「馬鹿だな、ほんとうに」

 短い一言の中に限りない慈しみと愛情が滲む、愛情深い一言だった。
 ジョカは目を見開いてリオンを見つめる。

 リオンは顔を寄せ、ジョカに口づけた。
 のみならず、そのままジョカの体を後ろに倒して覆いかぶさる。

 ジョカが気づいた時には視界は反転し、頭上にリオンがいて、物騒な笑みを浮かべていた。

「そんなにあなたが私の愛情を信じられないというのなら――存分に信じさせようか」
「え、えーと……?」
 ジョカは状況を把握すると――、体から力を抜いた。

 白皙の美青年はにっこりと笑う。
「物分かりがよくて結構」
「俺はお前に抱かれるの好きだし」
 ジョカは、役割を交代することに抵抗はない。

 どうしたって男同士の場合、受け身側の負担の方が一方的に大きいので、リオンにばかり受け身に回らせるのは不公平では、と思うし何より――。
「お前が俺に反応するのは嬉しい」

 にっこり笑って言った言葉がどれだけ不用意なものであったのか、ジョカはしっかりと体に思い知らされたのだった。


     ◆ ◆ ◆


 リオンは呟いた。
「……あー、やりすぎた、かも」
 ベッドの上は汗と精液とその他の体液でどろどろである。

 ジョカの方はリオンがうっかりと自制を無くした結果、腰が立たずにぐったりしている。
 肉体労働職でもあるまいし、自分と同じ成人男子を軽々と担げる男というのは極めて稀だ。
 リオンは担ごうと思えば担げるが、軽々と、とはとてもいかない。

 手を貸して恋人を寝台から移動させ、敷布を交換する。

 もうすっかり家事全般には慣れたリオンは熟練の手つきでシーツ交換を済ませ、籠の中に汚れ物を放り込んだ。
 綺麗になった寝台にジョカを戻すと、ジョカは短く礼を言った後、すとんと寝入ってしまった。

「それにしても、私に捨てられる、ね……」
 リオンは何度も頭を振る。
 世間一般の認識とは真逆の懸念に、苦笑しか出てこない。

 世間から見て、リオンの立場というのは腕利きの治療師の情夫、である。
 見目麗しく、ただそれだけ、というのが世間の見方だ。

 世の人々はリオンが見目麗しい事は認めるが、逆に言えばそれだけだと思っているのだ。
 その見栄えで、腕利きの治療師の情夫におさまった、と。
 実際に、この街に来てからのリオンの暮らしぶりでは、それ以外の評価のしようがない。

 言語はすべての基本だ。
 世界中のあらゆる言語を習得しています、なんていう規格外のジョカとはちがい、この国の言葉を喋れないリオンは家事をしながら言語習得につとめた。

 しかしそれも一応意思疎通に支障がない程度にまでなったので、そろそろ働きに……と思っていたのだが、ジョカの強固な反対にあっていたのだ。

 その理由も今日分かった。
 後は繰り返しジョカを説得して、「うん」と言わせるだけだ。
 稼ぐのをジョカに全面的に任せる、という選択肢はリオンにない。

 ――リオンは、自分は男であるという明確な自意識がある。
 毎日ただジョカに庇護されて、一方的に面倒みられている己には我慢がならない。だから、家事を請け負った。

 そして、何もせずただ庇護されているよりは家事をした方がいいが、これから先ずっとそのまま、というのも御免こうむる。

 リオンは自分の能力に自信を持っている男であり、能力を駆使して働くことに喜びを見出す男でもある。
 リオンはまだ、家に閉じこもったまま死ぬには早すぎる。
 リオン自身にも、そのつもりはない。
 あとはどうジョカを「説得」するか、それだけだった。

 リオンはにやりとほくそ笑む。
 楽しい説得になりそうだった。




リオンは腹黒です。

→ BACK
→ NEXT




関連記事
スポンサーサイト




*    *    *

Information

Date:2015/11/26
Comment:0

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする