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あかね雲

□ 黄金の王子と闇の悪魔 番外編短編集 □

魔法使いの手紙 1


時期的に同人誌終了後。
まったりのんびりいちゃいちゃしているふたりです。




 ジョカは物知りである。
 ジョカ自身は己の取り柄を誇ることに否定的だが、彼が他人よりずっと多くの知識をその頭脳のなかに溜め込んでいることは、何人たりとも否定しようのない事実だ。

 魔術師である彼の知識は広大無辺であり、およそ知らぬことなどないのではないかというほど奥深い。
 その知識量については言動の端々から周辺に住む人間にも少しずつ知られるようになっていて、「仙人」というもののずばりな風評まで広がり始めている始末だ。

 よって、その日リオンがジョカのもとにそれを持ち込んだのは、必然的な結果だった。

 その日、ジョカはリオンが持ち込んだものを見るなり驚きの表情を見せた。
 リオンが見せたのは、一枚の絹でできた布である。
 ジョカは興味深そうにその絹布を受け取った。
「へえ……こんなのまだ残って……え?」

 絹布は掛け軸のかたちに加工されていたので、片軸を手に取り、もう片方の軸も手に持って腕を上下に広げる形で、ジョカはその絹布を読みはじめる。
 その顔が、見る見るうちに強張っていった。

 その掛け軸にはリオンの目には何が何やら判らない模様が書かれている。
 絵なのだろうと思うが、一つ一つが字のように小さく、奇妙に画一的な大きさで、しかも模様のどれもが違う形をしている。

 それが縦に子どもの身長ほど、横に体の横幅ほどある絹布の中に、びっしりと書き込まれているのだ。
 リオンが見ても何が何やらわからない。
 だが、この反応からすると、ジョカにはわかるらしい。

「ジョカ、これは?」
 掛け軸を凝視していたジョカは心をまだその掛け軸に奪われたまま、短く答えた。
「……手紙だ」
「手紙? これが?」
「ああ」
「じゃあこれは、文字なのか?」

 思わずそう聞いてしまったのは、文字だと知った後で見ても装飾性の強い、複雑な形だったからだ。

 リオンが知るどんな文字とも類似点はないのと同時に、文字にしては一つ一つのかたちが凝りすぎている。
 文字は、多くの人が頻繁に書くものなので、どうしても簡素な形に移行していくものだ。

 最初は象形文字のような装飾性の高い形であっても、頻繁に使用されるうちに自然とそうなっていく。
 ところが、これは違う。
 文字一つがぐねぐねと入り組んだ小さな絵のようなものなのだ。

 その小さな絵の集合体ともいうべき掛け軸をしばらく見て、何をどう読むのかさっぱりわからない、という結論に達したリオンはジョカに視線を移した。
 ジョカは真剣なまなざしで掛け軸に見入っている。

 つい、リオンは言わずもがなのことを聞いてしまった。
「……読めるのか?」
「ああ」

 さすが……と内心の感嘆を押し殺し、リオンは尋ねた。
「なんて書いてあるんだ?」
「ちょっと待っててくれ」

 ジョカは掛け軸を広げては縮め広げては縮め……と読んでいたが、面倒になったようで家で一番大きな机まで移動すると、その上に広げた。
 机いっぱいに、リオンには意味不明の記号が乱舞した掛け軸が広げられる。
 ジョカはしばらく黙って手紙を読解していたが、やがて眉間に皺を寄せて唸る。
「うーん……」

「そんな問題のある内容なのか?」
「ちょっと……いや、そうだな。――リオン、頼みがある」
 その言葉にリオンは少なからず驚いたが、すぐに珍しいほどの笑顔になって、頷いた。
 容姿に優れる彼がそういう顔をすると、周囲にぱっと光が満ちるようだ。

「なんだ? あなたが私に頼みごとをするなんて珍しいな。何でも言ってくれ」
「……リオンって、けっこう頼られるの好きだよなー」
「男なら誰でも、好きな相手に頼られて嬉しい、という感情は持っていると思うが?」
 涼やかにリオンはかわし、ジョカにたずねた。
「それで、私は何をすればいいんだ? 何でも協力するぞ」

 頼み事を快諾してくれた上、上機嫌な愛しい相手をジョカは数秒のあいだ凝視して、微苦笑した。
「……俺って、ほんとに趣味がいいな……」

 ――ただ単に、愛する人に頼み事をされて快諾しただけだ。
 それなのに何故ジョカがそんな反応をするのか、リオンは知っている。

 魔術師は、あまりにも何でもできすぎる。
 そうなると、魔術師に寵愛された人間の末路はだいたいが同じようなものになる。
 与えられる事に馴れた人間は、傲慢になるのだ。
 魔術師である彼に対し、人はその厚意にあぐらをかくようになる。
 それが当然と思うようになり、感謝も恩も感じなくなる。
 あくまで対等に接し、隙あらば力になろうとする人間はとても珍しいのだと、かつてジョカはリオンに語った。

「そうだろう?」
 誇らしげに堂々と、リオンは微笑む。
 数多くの美点を持つリオンだが、その中に謙譲の美徳はない。

 リオンはごくごく自然体で、自分は特別な人間であるという認識がある。特別な存在であるジョカに対して、自分もまたそれに釣り合うだけの価値ある人間であるというのが、彼の自己認識である。
 ジョカの自己卑下が時々鼻についてしまうのも、その一端だ。

 リオンはジョカを尊敬に値する、素晴らしい人だと思っている。心からそう思っているからこそ、飽きもせずに長い間一緒にいられるのだ。
 だからジョカが己を卑下すると、かれを素晴らしいと思っているリオンまで軽んじられる気がするのだ。

 リオンは自分の価値を疑わない。
 呼吸するのと同じ当然さで、彼は自分の値打ちを信じている。
 リオンがジョカにおんぶにだっこでいた頃、そのことに引け目を感じていたが、卑屈の深みに陥ることはなかった。
 それは、かれが己の価値を信じているからだ。

 自分は価値ある人間であるという、人によっては傲慢に聞こえる認識をごく自然にできるのが、リオンの強さだ。
 そこが、謙譲の美徳が行き過ぎているジョカとは違う点である。
 プラスとマイナスが上手い具合に打ち消し合っている例といえた。

 そういうリオンがいて、側でジョカの価値を強く主張しているからこそ、ジョカは自己否定の底なし沼に足を踏み込まずにいられているという側面もある。

 多くの場面でリオンとジョカの価値観はすれ違うが、彼らの場合、それがお互いへの愛情を薄めるのではなく強める結果をもたらしている珍しい例だった。

 ジョカはリオンに掛け軸を示した。
「これな……千年は前の古代の文字で、今はもう誰も使っていない文字なんだ」
「じゃあそれはそんな昔の遺物なのか?」

 リオンの問いは当然のものであったが、ジョカは優しい微苦笑でリオンを見た。
「もう何百年も昔に忘れ去られたきりの文字。そういう文字を、自由に扱える人種を、お前は知っているだろう?」

 それで、リオンも気づいた。
 ちいさく息をのみ、言う。
「魔術師が、書いたのか?」
「そうだ。誰にも見られないように。読めないように。かといって、ほんとうに誰にも見られないと困るから、ほんのわずかな可能性が残るように。この文字が読める誰かにあてて、書いたんだ。魔術師か、あるいはこの言語を読解できた凡人かが読むように。あのばか。こんなものが魔術師の目に入る可能性が一体どれだけあるっていうんだ。俺が見つけたことが奇跡だぞ、あのぼけ」

 遠慮のない罵倒には、まぎれもなく親しみが宿っていた。
 ジョカが仲間である魔術師に抱く感情を知っているリオンは、そっと語りかけた。
「……それを書いた魔術師と知り合い、なんだな」
「ああ。署名してない上に、ふだん使う文字じゃないから筆跡の見極めもできないから、誰なのかは特定できないけどな。あいつらの中の誰であろうがばかでぼけであほうだ。何考えてこんなもん残したんだか……」

 ジョカは、温厚で人間ができているひとだ。
 ルイジアナにいたころこそ皮肉屋で毒舌家で嫌味たっぷりの人嫌いだったが、ここへ越してきてからというもの、ジョカは彼本来の性質――穏やかで思慮深い面が強くなった。
 その彼がここまで口を極めて(優しくはあるが)罵るのだ。
 いったいどのような手紙なのかと、リオンはいたく興味をそそられた。

「で、その内容は?」
 ジョカはリオンを見て苦渋の表情で顔をしかめ、数秒沈思して、そして下を向いて諦めたようなため息をついた。

「頼み事を、された。この手紙に書かれているのは、俺への依頼だ。俺個人じゃなくて、これを読んだ魔術師へのだけど」
 ジョカはばりばりと頭を掻きながら言葉をつづける。
「……無視すればいいし無視したところで害は何もないんだけど無視できない。これは、わずかなわずかな可能性に賭けて、細い一本の蜘蛛の糸にすがるような可能性に賭けて仲間が俺に残した願いだから」
 リオンは柔らかく微笑んで同意する。
「ああ、そうだな……。あなたはそんなものを無視できないだろう」

 その行動が、物理的にできるできないの話ではない。
 心情的にできるかどうか、の話だ。

 そして、ジョカは――今はもう亡い仲間の願いを無視することができやしないのだ。

 ここまでの話の流れで、リオンも悟っていた。
 これは、おそらくリオンの協力がないとできない種類の頼み事なのだろう。
 だからジョカは言い渋り、リオンに頼んだ。
 リオンとしては、ジョカのためならいくらだって力を貸す。
 純粋に、いつも世話になってばかりのこの人の力に、なってあげたい。

 リオンはにこやかにたずねた。
「それで、どんな頼みをされたんだ?」

 ジョカはリオンに視線をやり、非常に言いづらそうに淀み、言葉をさがす数秒の間をあけて、言った。
「宝探し」

 リオンはぽかんとした。

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Date:2015/11/27
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