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あかね雲

□ 黄金の王子と闇の悪魔 番外編短編集 □

魔法使いの手紙 2


「たから……さがし?」
「ああ」
 ジョカは頷く。

 完全に予想外の頼みに、リオンは顎に白い指先を当てて考え込む。
「……あなたに頼み事をした魔術師は、なんでそんなことを頼むんだ?」
「とあるところに、とある魔術師がいて」
「ああ」
「それが、恋人に頼まれて一緒にとあるものを作り上げた」
「ほう」
「ところが、その魔術師が恋人とモメて恋人を殺してしまって」
「……」
「後に残された宝を放擲しようとしたんだけれども、この世に二つとない宝だからどうしてもそれができず、どうかこれを見る人間がいて、これを読める人間がいたら、その宝を使ってほしいそうだ」

 リオンは腕組みをした。十秒あまりも沈黙を続けて、口を開く。
「…………その魔術師は、馬鹿じゃないか?」

 リオンの率直すぎるほどのことばに、ジョカは苦笑するしかなかった。
「まあ、確かにそうなんだけどさ。一応は俺はそいつの気持ちとかもわかっちゃうんだよ。自分の大切な人と力を合わせて一つの物を作り上げて、それが見事な出来栄えで、捨ててしまいたいんだけれどもそれができない、っていうこと。わかるだろ?」
「思い出のある大事なものを捨てられない、その気持ちはわからないでもないが、それならそれで、売ればいいじゃないか」

 ジョカは困った顔になる。
「うーん……売れるものじゃ、なさそうなんだよな。宝が具体的に何かってこと、この手紙じゃ書かれていないんだけど、魔術師がつくった宝だろ? で、リオンの言う通り、売ればいいのにそうしないで隠した。――それだけでひしひしと予感がしないか?」

「……ああ、ひしひしと、嫌な予感がするな……」
 リオンは遠い目になる。
 ジョカを見ていると、魔術師という存在のでたらめさ加減は嫌でも思い知ろうというものだ。

 その、ジョカと同じ魔術師が精魂込めて作った宝物。
 ――こわいだろう、それは。

「思いっきり、害がありそうな気がするんだが……」
「いや、いくら何でもそんな実害があるようなものは、残していないと思う。そこまで馬鹿な魔術師いないから!」
「そうか? あなたの私への甘さを考えると、その魔術師の自制心が非常に心もとないんだが」

 と、リオンはジト目で言う。
 己の行いに自覚のあるジョカはそっと視線をそらした。

 ジョカはリオンを可愛がっていた。猫可愛がりに可愛がっていた。溺愛していたし甘やかしていた。
 その傾向は今もあって、「頼むから家事も仕事も何にもするな、俺がぜんぶやるから!」と言いたいくらいだし実際言ったくらいなのだ。

「魔術師が作った宝……いったいなんだろうな? 世界に大洪水でも起こす代物か?」
「いくらなんでもだいじょうぶ……だと思う」
「ほんとうに?」
「いくら魔術師が契約者に甘いって言っても、越えちゃいけない一線を越えるほど馬鹿なやつはいないって!」

 リオンの眼差しは太字ででっかく「どうだか」と書かれているに等しいものだったが、リオンは追求はそこで終わりにして、建設的な意見に話を戻した。

「それで……どこにあるんだ? その宝は」
「うーん……これ、数百年単位で見つからない事前提で書かれたものだから、普通の目印で場所を示してないんだ。基準点からの緯度と経度で書いてある。となると、大まかな場所は分かるけど、詳しい場所は実際にその地に行かないと……。三角測量して位置を特定しないことにはお手上げ」

 リオンは首を傾げた。
 ジョカはときどき、意味不明な言葉を使う。
「三角測量?」
「土地の計測なんかにぴったりの測量方法」
「三角測量とやらを、あなたはできるのか?」
 ジョカは当然のように頷いた。
「ああ」

 リオンはほんのわずかな時間、話を脱線させることのメリットとデメリットを考えたが前者を取った。

「三角測量の方法を、教えてくれ」
「数学の問題になる。三角形の相似が基本で……」
「三角形の相似?」
「……とりあえず、後でな。話が脱線するから」
「ああ」
「リオンに頼みたい事っていうのは、その場所が遠いんだ」
「一緒に行くぞ」
 即座に言うと、ジョカは、喜びと迷いの入り混じった嘆息を吐いた。

「……そう言ってくれるとは思ってた。けど」
「けど? まさか、私を置いていくつもりだったのか? 私が一緒に行ったら駄目なことでもあるのか? 一緒に行くことのメリットとデメリットを考えたら、答えは目に見えていると思うが」

 ジョカはかぶりを振る。
「いや……、俺も一緒に行ってくれたら助かる。ただ、お前が考えているより、ずっと遠いし危険なんだ」

 遠距離移動手段がないご時世である。
 具体的には、遠距離を踏破するには人の足しかない。
 動物を使役しようにも、この辺りには馬の生産地がないし、あったとしても馬を利用するためのインフラ(街道・餌)がない。

「人の足だと往復で……一か月ぐらいはかかるかなあ……山賊も怖いな」
 おまけに治安も良くない。
 ジョカはそれなりに腕の立つ方だが、どんな達人だって百人に襲われればひとたまりもない。リオンも同様だ。
 この時代、人の往来が活発でなかった理由が、かかる労力と治安の悪さなのだ。

 リオンは不敵に笑ってジョカの目を覗き込んだ。
「それでも、あなたは行くんだろう? だったら私が行かないという答えはないな」

 ジョカは俯くと、自分の幸福を噛み締めるように礼を言った。
「……ありがとう。助かる」

 その礼を、リオンは笑って受け流す。
「礼を言われるようなことじゃないさ。それに、魔術師が作って隠した宝とやらに、興味がないと言えば嘘になる」

 いったいどういう宝なのか。
 それは非常に興味深い。何といってもジョカと同じ魔術師が作り上げたものなのだ。
 一か月も家を留守にし、旅をするだけの値打ちはある。

 ジョカもうなずく。
「確かにな。いったい何を作ったんだか……」
「着いてからのお楽しみだな。――さ、三角測量のやり方を教えてくれ」
 話がまとまったところで、リオンはさっきの話題に戻した。
「……紙の上でやった方がいいな。筆記具を用意してくれ。さてリオン、お前は算術について、どれほどのことを知っている?」

 ジョカはリオンの数学知識を聞き出すと、それに新しく三角関数の知識を叩きこんで、その上で三角測量のやり方を解説した。
 三角測量は、かんたんに言えば三角関数を用いて土地の面積や位置を割り出す測量方法だ。

 リオンは相変わらず頭の回転が速く、ジョカが教えた知識をカラカラの海綿のように吸収していく。
 三角関数なんていう概念自体を知らなかったにも関わらず、だ。

 トン、とジョカは指先でテーブルを叩いた。
「つまり――基準となる点さえ知っていれば、それが不動のものであるのなら、後はここに書いてある情報をもとに、任意の一点を割りだせるんだ。数百年経っても変わらない位置を示せる」
「……そこに書かれている、ということは、古代の文明は、三角測量の概念を知っていたのか? 概念がなければその言語での単語がないだろう?」

 ジョカは苦笑した。
「この古代文字は、表音文字だ。表意文字じゃない。そしてここに書かれているのは、古代の文字ではあるけど、古代の言語じゃないんだ。読むと音がわかるだけ。俺たちが使用する言葉を、その発音を、書いたものだ」

 やや難解な解説を、リオンはしばし考え、頷いた。
 表音文字と、表意文字のちがいだ。
 表音文字は、異文化の言語を自分の言語で表現できる。
 どんな言語でも、音でできているからだ。
 A文明の言語を、B文明の表音文字で記録すれば、B文明の文字でA文明の言語を使用できる。

 判りづらい説明を理解してくれる、その吸収力に微笑みを誘われながら、ジョカは礼を述べた。

「三角測量っていうのは、きちんとやるなら人の手が必要なんだ。リオンが一緒に来てくれて、助かる」



ジョカの説明は、たとえば「ありがとう」を「arigatou」と英字で表示することもできますよ、という事です。

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Date:2015/11/27
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