少しエロあり。
治療師の仕事で忙しいジョカに代わって、リオンはてきぱきと旅支度をした。
さいわい、というか彼らは戸籍を持たない流浪民であったので、この土地に縛られていない。農民であったら自由に移動する自由がないが、彼らにはその縛りがない。その分、よそ者として警戒と排斥の対象ではあるが。
だから自由に旅もできる。
翻って言えば、この時代の農民は自由に旅行などできない身の上なのだ。
この国がひどいのではなく、どこの国でも似たようなものだ。例外は、かつてのルイジアナぐらいだった。
そうでなければ、不平不満を持つ農民がすぐに土地を離れ、流民と化し、流民が山賊になって治安が乱れるからだ。
ならば為政者が農民に不満を持たせない政(まつりごと)をすればいい、という発想は、この時代、無い。
ほとんどの為政者にとって、農民とは物言う牛馬に等しい存在なのだ。
民の不満はきりがなく、隣の田畑が青く見えるのも人間の性情で、一々かなえて民に媚びていたら農民は際限なく増長する、というのが為政者の言い分である。
そのためこの時代、自由に旅ができる職種は商人などに限られていて、ふたりは種別でいえば蔑視の対象である「流民」になる。
ひとから嫌悪され、差別されるのが流民のさだめだが、リオンはジョカのお陰でこの街で目立った差別を受けた覚えはない。
目に見える明確な利益は強いのだ。
『ジョカがいることで得られる利益』は、道徳の教えなどよりずっと、同じ人間として扱われる待遇を保証してくれる。
旅の準備をひととおり終えると、リオンはその日の晩にジョカに報告した。
「ジョカ、だいたい準備が終わったが、いつ出発する?」
「は? もう?」
「もう」
リオンは平然とばかりに頷く。
ジョカがリオンに頼み事をして、その二日後のことだ。
一瞬唖然としたあとジョカは額に手を当て、心の中でいつもの呪文を唱えた。
リオンは規格外、リオンは規格外……というやつだ。
リオンは自分がした仕事をジョカに説明した。
「食料と路銀は用意した。地図も。それから二回乗り替えるけれど、目的地の近くまで行く隊商があるから、同行した方がいいと思う」
リオンは食料の用意、背嚢の用意、地図の用意をし、目的地近辺への隊商の往来を調べ、同行させてもらえないかという交渉をし、代金の交渉をし、乗り継ぐ旅程のルートを調べ上げ、現地の貨幣を調べてここの貨幣と違っていることを知ると両替のやり方を聞き、路銀の準備をした。
たったの二日で。
リオンの話を聞きながら、ジョカは改めてため息の出る思いだった。
ふつうなら、目的地近辺に行く隊商を見つけるのにも苦労するのだ。
それが、たったの二日ですべての段取りを整えてしまうとは、毎度のことながらリオンの能力の高さには驚かされる。
リオンは容姿に優れるうえに要領が良く、いざとなればいくらでも愛想良く感じよく接することができる。
そのせいで、情報収集にも苦労しない。
リオンには必要な情報を「聞ける相手」を見つける嗅覚と、「相手に話させる力」があるのだろう。
そうでなければ二日でこれらの準備はできやしない。
ジョカはリオンの話を聞き終わり、疲れたようすでたずねた。
「……いちばん直近の隊商の出発日は?」
「明後日」
「じゃ、それで行こう」
隊商に同行させてもらうのは、山賊除けが最大の目的だ。
山賊も他の生物とおなじで、群れからはぐれている……つまり一人旅や少人数の旅人を襲う事が多い。
逆に、群れが大きくなればなるほど襲われにくい。
多くの生物で共通するその法則は、人間にも当てはまるのだ。
むろん、隊商には護衛がつく、ということも大きい。
リオンはジョカがこの街で評判の腕利きの治療師であるということを材料に交渉し、もしも同行中に病や怪我にかかる人間がいたら無償で診る、ただし薬代は実費で、という条件で受けてもらった。
隊商としても、治療師が隊商にいた方がいいに決まっている。
とんとん拍子で話はまとまった。
隊商にしてみれば無償で治療師を雇えた、ということであり、ふたりにしてみれば無償で護衛がついてくれるということだ。
お互いに利益のある取引だった。
◆ ◆ ◆
「……ん、く……あっ」
隊商と一緒に旅をする道中、幾度か肌を重ねた。
男の生理だ。何もせずにじっとしていても睾丸には日々精子が溜まる。ヤりたくてたまらなくなる。
肉欲に体の奥がざわめき、そしてすぐ隣に愛しい相手がいて相手も同じ気持ちなら、答えはもう見えている。
周囲には多くの人がいるので、リオンがジョカと肌をかわすのは決まって夜闇が味方する時刻だ。
辺りが見通せないほど薄暗くなってから茂みに身を隠し、隊商の篝火が見える距離で、お互いの肌をまさぐる。
声を殺し、密やかに事を進めてもそうした空気は自然と伝わるが、隊商は大部分が男だ。男の体の仕組みはお互い分かっていて、見てみぬふりをしてくれた。
また、一行の中の恋仲の男女が同じように隊商から少し離れた茂みで事に及んでいることも多い。
中には後腐れない性欲解消として同性同士もいる、とくれば尚更。
それでも少し離れた場所には普通に就寝している人々がいるのだ。
声を押し殺しできるだけ静かに――そして、明日に影響がないように。
リオンは草生えの上に上着を敷いて座り、両膝を開いてジョカに口でしてもらっていたが、かぶりを振った。
震える吐息で囁く。
「ジョカ……ゆび、入れて……。足りないんだ」
体を後ろに倒し、リオンは先ほどからうずく場所を見せる。
本当は別のものが欲しい。熱くて固い男のもので存分にかき回してほしい。でも、今それをしてしまうと、明日に差支えてしまう。
だから……せめてジョカの指で、体の内側の虚ろを埋めてほしい。
「わかった」
短い返答とともに器用に動く指が入り込み、体の内部でクッと曲がって求めていた刺激を与えてくれる。
リオンは上を向いて大きく喘ぐ。
吸い込んだ鼻孔に感じるのは、猥雑で不潔な空気だ。
青草の匂い。土の匂い。泥の匂い。汗の匂い。――そして、発情したオス二匹の匂い。
変われば変わるものだ。清潔な寝台でないと眠れない、と言っていた自分が、今や昼間の移動で汗にまみれた体のまま、そこらの茂みの中で、男と睦み合っているのだから。
リオンの体のことならリオン自身より良く知る指が、内部の快感に繋がる点を強く押す。
「あ……ん、いい、ん……っ」
せり上がった快感の最後の一押しをされて、リオンはジョカの手の中に欲望を吐き散らす。
吐精の虚脱感に包まれて、リオンは大きく息を吐き出す。
「ん……ありがとう。気持ちよかった……」
深く唇を合わせてからリオンは体を起こすとジョカの下穿きをほどく。
もうすっかり男の本音をさらけ出している性器を露出させると、今度はジョカの番とばかりに喉の深くまでくわえこんだ。
ジョカはその姿を見下ろして、脳神経に灼熱の刺激が通り抜けるのを感じた。
あのリオンが、自分から男性器にむしゃぶりついている――。
ジョカは、それだけで達しそうになったのを腹に力を込めて堪えた。
ふだん、まったく乱れたところがないリオンが自分にだけ見せる淫らな姿は、普段の知的で洗練された姿との落差もあり、ジョカをひどく興奮させる。
「……っ」
小さくくぐもった声。
できるだけ密やかに、静かに、気づかれているけれども気づかれぬように――それが今のルール。
ぞくぞくするような興奮が背筋を駆け上がる。
喘ぎ声も嬌声も、どちらも押し殺したものだ。
最後まではできなくとも、いつもとは違う背徳感のある今の状況をジョカもリオンもお互いに気に入っていた。
リオンが意地悪く、ジョカに声を上げさせようと吸ったり揉んだり舌でこじったりとジョカに教わった技術を駆使していると、堪え切れない様子で時折微かな声が上がる。
「くっ……、んっ」
面白くなって熱心に続けると、ほどなくしてリオンの口中に温かいものが広がった。
お互いに精を吐き出しすっきりすると、茂みの葉を摘み、汚れた体をそれで拭ってできるかぎりの身繕いをする。
どんな闇でも昼間同然に見えるジョカの目は、こういう時にもとても役立った。
二人して天幕に戻ると、男たちの意味ありげな笑いが出迎えた。
リオンもジョカも、いまさらそんな表情一つでうろたえるような純真さはないので動じずに、にやりと笑って返す。
地面に布をかぶせただけの寝所に戻ると、そのまま眠った。
◆ ◆ ◆
朝は目覚めてすぐに移動が始まる。
隊商のなかで動物が運ぶのは大事な荷物だけで、人は隊商を率いる長以外は皆歩いてついていく。
ちなみにこの隊商の運び手は驢馬だ。
速度は遅いが力持ちの騾馬が引く荷車の周りを囲むように歩いていたジョカは、不意に隣から話しかけられた。
「なあ……お前ら、どういう関係?」
見やれば、隊商の人員ではなく護衛の男だ。
護衛と言っても今のところ暇なので、時間を持て余したと見える。
リオンは今、この近くにいない。
先ほど隊商の人間に呼ばれていった。だからこんな質問をしたのだろう。
ジョカは口角を歪めて笑った。
「どう、ってありのまま見たままの関係だが?」
「そういうこと聞いてるんじゃないってわかるだろ。あんたはわかるんだよ。治療師なんだろ? で、あっちがあんたの情夫。……すげーちぐはぐ。おまけにあの顔。西方人だろ。合いの子か?」
「ああ、父親が旅の異邦人だったそうだ。ちぐはぐって何が?」
「何がって……わかるだろ?」
要領を得ない言葉だが、男が何を言いたいのかジョカにはよくわかった。
――リオンは、情夫というにはあまりにも、態度がそぐわないのだ。
良く言えば自信にあふれた立ち居振る舞い。
平たく言えばえらそう。
それがリオンである。
色を売る人間特有の、媚びを売る気配がない。
なので、リオンのことを治療師のジョカの「オマケ」と思っていた人間はリオンを見ると決まって首を傾げるのだ。
確かにリオンは容姿は素晴らしく整っているので、顔だけなら男娼といっても通る。
ところが本人の気質が態度にも現れているので、そういった人種特有の、媚びたり卑屈だったりする部分が微塵もない。リオンにはそういう淫らな憶測を受け付けない清廉な空気がある。
男に寄生して生活している情夫風情が、という心積もりでリオンを見ると、実物とあまりにもそぐわないのだ。
ほんとうにこれは情夫かと、首を傾げるのが常だった。
「知ってるか? ラオさんが、あんたの愛人を気に入ってるみたいだぜ」
「だろうな」
ジョカは短く返す。
護衛の言葉には、そこはかとなくリオンへの悪意が感じられた。
リオンが直接交渉して同行の話をつけたのが、そのラオ氏だ。この隊商の長である。
リオンは容姿が格別優れているので、同性の反感を買いやすい。
ジョカの情夫ということになっているから尚更だ。
同性相手の性を売る職業は侮蔑の対象となるものだが、リオンの佇まいはそういった侮りを受け付けない何かがある。
だがそれだけに、反感を買いやすいのだ。男娼と等しい情夫のくせに何を偉そうに、と。
リオンはこの男とは話をしたこともないだろう。それでも反感を買ってしまう。損なものだ。
そしてその一方で、リオンと話をした人間は、驚くほどリオンに好意的になる事が多い。
それが人を見る目がある人間の場合、これまではほぼ確実といっていいほど、リオンを気に入ったものだ。
「ラオさんが事業をやってみないかって声かけてたけどよ。……いいのか?」
言葉の裏に、その提案をつぶしてくれないかという期待があるのが透けて見えた。
リオンはジョカの情夫なのだから、ジョカの『所有物』と人からは見られている。
そして、自分のものが勝手に逃げ出すことを快く思う人間はまずいないから、ジョカに告げ口することでリオンを妨害することを期待している。
ぽっと出の人間が隊商の長に気に入られ、そんな話を持ち掛けられたのが、気に入らないのだ。
それが察せられたので、ジョカはその不安をぬぐっておいた。
男の方を向き、露悪的に、あくどい表情で笑って見せる。
「リオンにその気はないだろうし、仮にそうしようとしても、俺が禁止するさ。あいつは、俺の側にいればいいんだ」
わざと醜い独占欲を剥き出しにした台詞は、隊商での居心地を少しでも良くするための単なる嘘にすぎない――つもりだったが、口にして嘘になってないことに気がつかされた。
何もしなくてもいい。
生活に必要なものすべて、ジョカが揃えよう。何一つ采配する必要はない。何もする必要はない。いや頼むから何もしないでほしい。
俺の側にいてくれればそれでいい。
――それがジョカの本音だ。
男はジョカの言葉とそこに滲んだ本音に気づいて、満足そうに口の端を歪めて笑う。
「おうおう。そうだよなあ」
同性同士なのに奇特なこったとジョカのリオンへの執着を揶揄しつつ、期待通りの結果に喜んでいる。
それにしても、リオンが事業を始めても始めなくとも、この男には何の関係もない。
なのに、この男はリオンが成功するのが嫌なのだ。
リオンと話したこともない男の言動に、リオンへの微量の悪意が感じられた。
矮小な性根の、唾棄すべき相手だ。
そう思いつつも、ジョカは自分を振り返らざるをえない。
リオンが成功するのを嫌がっているのは、ジョカも同じだ。
こういう輩と、自分の性根にどれほどの差があるのか。
ジョカはため息をついた。
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