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あかね雲

□ 黄金の王子と闇の悪魔 番外編短編集 □

無知と偏見 9



 ――べったりだな。

 インホウは率直な感想を抱いた。
 目の前では家の危機を追い払ってくれた恩人とその連れが、仲良く一緒に食事をしている。
 その二人を見ると、つい出てくる感想である。

 およそ、この二人が二人でいない時をさがす方が大変だ、というほど客人はべったりだった。
 彼らが今食べているのはインホウの家族が提供した食事で、食べている場所は家族が全員集まる広い食堂だ。
 インホウの家族は大家族だ。十人以上いるので、全員集まる食堂は相当広い。
 中央に二十人は優に座れる大テーブルがあり、そこで食事している。今は客人がいるので男だけだが、普段は女性陣もいる。

 客人の周囲にはインホウら、家族もいて一緒に食事をしている。
 別に客人のふたりがふたりっきりで食事しているとか、あるいは体をべたべた触っているとか、そういうことではない。

 ――なのに、「いちゃいちゃ」と形容したくなる雰囲気があるのはどういうことだ。

 一見してごく普通の友人同士のやりとりに見える。
 雑談しながら食事をしているだけだ。時折インホウの家族が話しかけるが、それに対しても普通に会話している。
 なのに、どうしても大っぴらにいちゃついているように見えるのだ。
 これは二人の関係を知っているから先入観で見えるのだろうか、と考えてみたが、答えは出ない。

 いっぽう、べったりの方は客観的にも正しい事実だ。
 客人の二人はほぼ常に行動を共にしている。
 食事のときも、外へ出ていくときも、そしてもちろん夜寝るときもだ。

 インホウは、最初に嘘ばかりを言うという悪手を打ったせいで悪感情を持たれているだろう治療師の方よりも、その情夫の方に接触したいのだが、どうにも隙がない。
 治療師の弱みがあの美しい愛人(男だが!)だというのは傍目にも明らかで、治療師への影響力も強そうだ。

 愛人の方と接触して話し合いを重ね、できれば条件の方の緩和をお願いしたり、そうでなくとも誼(よしみ)を通じておきたい相手である。

 ジョカは、腕のいい治療師だ。それは聞いていたが、インホウはその評価を修正する必要に迫られていた。
 ジョカは、凄腕の治療師である。

 兄の容体は彼の薬を服用するようになってから劇的に改善した。
 このままなら、外に出ることもできるようになるだろう。

 兄の病はさほど進んでいなかったので、肌のただれも、進行がおさまり乾いて色褪せれば、多少の皮膚病か酷い染みとして誤魔化せるレベルだ。
 今どき皮膚病にかかる人間は少なくないし、ある程度の年になれば色素斑が現れるものだ。肌が滑らかな人間の方が、珍しい。治療師に寵愛されているあの美しい青年のように。

 らい病を治してのけた治療師なのだ。彼は。
 彼と誼を通じておけば、財産すべてを失っても長期的に見れば得の方が大きくなるだろう。
 だからせめて、多少なりとも友好的な縁を結んでおきたい。
 そのためにも、愛人の青年とも仲良くしておきたいのだが……。

 ほぼ常時、側に治療師がついているのでうまくいっていない。

 そして、情報収集も善しあしだということを知った相手でもある。
 治療師の愛人が、滅多に見ない美貌の持ち主だということは認める。それは予備知識の通りだった。
 だが、その人柄は予想とは大いにかけ離れていた。
 ……まあ事前にインホウがいらぬ先入観を持っていたせいもあるが。

 情夫という言葉からインホウは主人に従属的な、女の亜種のような存在だと思っていた。
 しかし、実際に会ってみてどうにも想像と違う様子に調子がくるった。

 柳のような細腰の、線が細くひたすら弱々しく庇護欲をそそるタイプか、あるいは隙あらば男に媚びを売るタイプかと思っていたが、まるで違った。

 治療師の愛人は、背も高く、体格も普通の男以上で、体つきや身のこなしから見て、かなり鍛えている男だった。
 実際に、護身用に帯剣しているのはこちらのほうだ。恐らくは護衛兼愛人だろう。
 男の獣欲をそそる細い肢体の男娼とは、何もかも違う。

 確かに顔は女より綺麗だが、丁寧ではあるが媚びない眼差し。
 接してみた印象でほぼ確信しているが、彼は人と人の交渉に慣れている。そして、人の上に立ったことのある人間だ。

 更には、こうして見知らぬ人間に囲まれて旅をし、暮らしていても委縮する様子がない。少なからず男色家めという蔑みの眼差しが注がれているのに、気にした様子もない。
 これは非常に珍しいと、インホウは知っている。

 普通なら、他人が側にいることで多少は萎縮し、負担になるはずなのだ。……ということは、他人が側にいることを当然と感じる育ち、という推測が成り立つ。

 物腰も洗練されているし、どこかしら品があるので上流階級の育ちという予測はほぼ間違いないだろう。
 まとめると礼儀作法が身についていて、剣術の心得があり、過去に人にかしずかれて暮らしたことがあり、頭の回転が速く人の上に立ったことがある。
 なんでこんな人間が情夫でいるのかと、思わず首を傾げたほどだ。

 確かに治療師の寵愛は深いようだし、旅路では人目をはばからずに睦みあっていたが、態度はじつに堂々としていて悪びれる様子もない。

 インホウは仲良く食事をしている二人を見やり、不意にその可能性に気がついた。
(恥じるものだとは思っていないから、か?)

 治療師への影響力は見ただけでわかるほどで、治療師は愛人への寵愛の深さと独占欲を大っぴらにしている。
 男同士だからこそこれが奇異に見えるのであって、これが男女ならばどうだろう。

 嫉妬深い夫も愛情深い夫もよくいる。
 妻に対して愛情深い夫は周りから羨望をもって冷やかされるものの、それは羨ましいからであって、批判的な目は少ない。

 しかし、これが男女ではなく男同士だと、一転して奇異に映るのだ。

 ジョカの噂を聞き、まずその情報を集めたとき。
 くだんの治療師が男色家だということを聞いた時には、表には出さなかったものの内心で嘆いたものだ。

 だが、ジョカは予期していたような、インホウや隊の人員に秋波を送る気配など、ついぞ見せない人物だった。
 ただ、その代わり、常に傍らにはべっている(と言いたくもなる)愛人へは、目つきも表情も何もかも甘い。

 インホウの中の常識では男同士で「愛し合っている」という関係は想像不能だったが、こうして身近に接してみて、何となくわかるような気がしてきた。

 治療師が愛人を見つめる目の優しさ。柔らかさ……。
 それらが理屈ではなく感覚に訴えるのだ。
 「男同士で愛し合う」という関係を想像はできなくても、目の前に差し出されれば、理解はできる。

 社会的に認められている「妻」という存在とはちがい、どんなに愛し合っていようが男では愛人にしかなれない。
 だから愛人といわれるが、その実は夫が妻に向けるのと同様のものではないだろうか。
 インホウも妻を持っている。兄がらい病だと知った時も支えてくれた彼女を愛しているし、これから先も歩んでいきたい。

 ただ単に、男女ではなく男同士で愛し合っているだけ。

 二人の関係は、そういうものではないかと、インホウはそう思い始めた。


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Date:2015/12/11
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