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あかね雲

□ 黄金の王子と闇の悪魔 番外編短編集 □

無知と偏見 10


 アレを男同士と思うからこそ不気味に見えるのだ。ふつうに、男女と思って見てみればいい。そう思って見てみると、……辟易とさせられた。

 あまりに四六時中「いちゃいちゃ」していて。
 普通の男女でもここまで大っぴらにしている人間はいないぞ……。

 いや、インホウにとっては自分に色目を使われることも奉仕を要求されることもないのだから、いい事ばかりで何も問題はないはずだ。
 当初の懸念がすべて杞憂に終わったのだから、いい事なのだ。

 ただ……多少、そう多少、家族内に不穏な空気が満ち始めたのが嫌なだけで。

「今日ね、ジョカ様がリオン様と口づけしているのみちゃったあー!」
「え~っ! いいなあ! ふふんっ、でもね、私も見ちゃったんだもんね! リオン様がお怪我したみたいで、ジョカ様がそれに丁寧に薬を塗ってるの! もちろんご自分の手でよ? ジョカ様のあの指でよ? リオン様も安心しきって体から力を抜いて……あー、素敵だったわあー!」

 いや、何が素敵なんだ。
 ただ単に膏薬を塗っているだけだろうそれは。治療師なら誰でもやることじゃないか。
 悲しい事に、インホウの心の声は伝わらない。

「ええっ、いいな、ずるいっ! 私もそんな姿見たいなあ! 今度ノックしないで扉開けてみようかしら……ひょっとしてそんなシーン見れるかも?」
「駄目よ、それはさすがにだめ。この間ね、ジョカ様とリオン様が連れ立って廊下を歩いているところを見かけたんだけど、胸がどきどきしたわあ……。やっぱり偶然だから良いのよ。お二人の自然な表情がいいの!」

「そうよね。うんうん、私も同感。でもね、偶然の機会を増やすことくらいはいいわよねー。偶然、家のお掃除のときにかちあっちゃったとか、偶然、廊下を歩いているときにすれ違っちゃったとか。うっかり、忘れ物を取りに行ったときに見ちゃったとか。みんな、頑張って偶然を増やしましょ?」
「「「「さんせーい!!!」」」」

 部屋の外から聞いていて、インホウはよほど室内に怒鳴り込もうかと思った。
 インホウの家の女たちは、揃いも揃って客人の関係にいらぬ想像力をたくましくし、集まっては自分の見た光景を報告し合っている。
 夢中でお喋りに励むその表情はじつに楽しそうだ。

 家族以外の男と同席を許されていない彼女たちだが、いないわけではむろんない。
 客人が長期滞在すれば、廊下ですれ違ったり、その姿を見るぐらいはどうしても出てくる。
 そして客人ふたりの関係が彼女たちの何かのツボを押してしまったらしく……このありさまである。

 この辺りでは家族以外の男と女性の同席は許されていないが、家で長期暮らす人間と家のなかのことをする女性が廊下で「偶然」ばったり会ってしまうことまでは禁じていない。
 一日二日なら部屋にこもってやり過ごせても、それ以上は部屋にこもりつづけることなど無理だからだ。

 だが、まさかこんな事態になろうとは。

 インホウは一生懸命いい方に考えようとつとめた。
 そう、いい事なのだこれは。
 兄の病が判明してからずっと、家の中は暗く陰鬱な空気が支配していた。
 それが今や、兄の病状は快方へ向かい、女性たちは明るくさざめき、楽し気に語り合っているのだ。
 非常にいいことではないか。

 そうインホウは無理矢理自分を納得させると、部屋に入るのはやめて、足を別方向に向けた。

 客人が来てからというもの、感情を理性が無理矢理押さえつける場面が多くなったような気がするインホウである。
 その理由は……もちろん、これまでほとんど縁がなかった男色家という人種と長期間にわたり接触しているせいだ。
 商売の客として男色家はいるが、親しい付き合いはない。
 それが、「機嫌を損ねるわけにはいかない賓客」として家に長期滞在しているのだ。

 感情は理屈ではなく、心から湧き出るものだ。

 自然と湧き出てしまう、男色家なんておぞましい、という感情を理性で押さえつける場面が増えるのも当然だろう。

 インホウの家は、かなりの大きさだ。
 少し歩くと中庭が見えて来て、それとともに現在長期滞在中の客人の姿も見えて、インホウは足を止めた。

 じきに自宅を含む財産すべてをかっぱがれる相手だが、インホウ自身はそれについて、多少は未整理の感情があるとしても、おおむね納得している。
 これは、無理強いではなく自らすすんで取引を受け入れた、ということが大きい。
 また、兄が快癒すれば兄の人脈が使えるということで、家の財政も何とかなるからだ。

 絶望しかなかった頃に比べれば、希望がある。
 そして、客人はいつもそうであるように客人たち、だった。

 中庭に面した窓枠に腰掛け、ふたりで何やら雑談している。
 その様子を見て、どうして家の女たちがああも騒ぐのか、わかった気がした。

 甘いのだ。とてつもなく。
 治療師が愛人に向ける眼差しときたら、その目玉を舐めれば蜜の味がするんじゃないかと思うほど、甘い。

 誰もが恋人には他人とは違う顔をするものだが、これまでインホウが目にした「恋人に向ける顔」ともちがう。
 他人が側にいるときにする顔と、恋人と二人きりの時にする顔は、また違うものだろう。

 愛しいという言葉が具現化したような顔で、治療師は愛人を見ていた。
 お前が愛しい。
 お前の何もかもが愛しくて可愛くてたまらない。
 そんな顔だ。

 限りなく優しい瞳は、インホウに残酷な二択を突き付けたあの冷酷な顔からは想像もつかない。

 愛人の方も、そこまで赤裸々ではないが、瞳の中には愛情と信頼の光が宿っている。
 顔と顔の距離が近い。今にも口づけしそうだ。

 窓から光が差し込み、愛人の容姿が絵画的に整っていることもあいまって、美しい光景ではあったが。
(――あれは、男同士だぞ?)

 現実を思い出すと同時に気持ち悪くなったインホウだった。

 男女なら単純に称賛もできるのだが、両方とも股間に自分と同じものをぶら下げていて、服を脱げばすね毛と胸毛があり、あの素晴らしい乳房の膨らみも股間の洞もない見苦しい男なのだ。

 治療師も愛人の方も、両方女には不自由しないだろう男だ。
 なぜよりによって男を選ぶのか。

 凄腕の治療師は言うに及ばず、愛人の方もあの顔なら西方人であっても女は寄ってくるだろう。
 なのに、何故、男を選ぶのか。
 いや、男しか性的対象にできないという人種がいることはもちろん知っているがそれにしたってだ。

 性的に「正常」な嗜好のインホウとしてはそう思ってしまう。
 インホウにとって、同性愛は「異常」であり、牢獄や旅などで女に窮した場合の一時的なものという感覚が強い。
 なんであんな立派な治療師が、男なんぞと……と、どうしても思ってしまうのだ。

 しかし、治療師は毎日兄を診察し、二日に一度の頻度で台所を占領しては薬づくりをしている。
 かなりの重労働であることは明らかだ。
 自分たち一家のために労を割いてくれている人を嘲弄するのは人間的に下劣なことなのでインホウはそこで思考を止め、二人の時間を邪魔しないようそっと足を忍ばせて立ち去った。

 角を曲がって数歩歩き、向こうからやってくる末の弟に気づいた。
 同じ家に住んでいるのだ、何の不思議もない。
 気にせずすれ違って……はたとある事に気づいて足を止めた。

 いま、インホウは中庭に通じる道を逆戻りしていた。
 末弟はその道を通っていった。
 ――ということは、必然的に、あの二人がいちゃついている姿を目にするという事だ。

 インタオが穏やかならざる気持ちを治療師の愛人に抱いているらしいことを知ってから、インホウは極力この二人を遠ざけてきた。

 二人が会う機会を減らし、弟が愛人と一緒にいる場所には必ず大勢の人間がいるように指図した。
 大っぴらに治療師が公表してくれたので、同行して事情を知っている人間も進んでそのように取り計らってくれたものだ。

 だが、同じ家に住んでいるのだ。
 今のように偶然出くわすことは避けられない。
 インホウが慌てて後を追うと、すぐに弟の背中は見つかった。

 弟は、インホウが先ほど足を止めたのと同じ位置で立ち止まり、笑いさざめく二人を見ていた。
 弟もインホウと同じで、ここまで来て二人が目に入り、そして、足を止めたのだ。

 二人を眺めるその表情には、自覚してないだろう憧憬がある。
 ――前からもしやと思っていたことに確証が与えられた気分で、絶望に襲われながら、インホウは弟の肩に手を乗せた。

 弟が顔を上げる。
「……兄貴」

 インホウは口元に指を当てて、無言で手を引いた。
 弟はうなだれて大人しくついてくる。

 そのまま歩いて自室に入り、手を離した。
「座れ」
 椅子をしゃくってそういうと、弟はすなおに腰を下ろした。
 まだ、肩を落としたままだ。

「いいか? 彼は、大事な客人の所有物だぞ、わかっているのか?」
 弾かれるように弟の頭が上がった。
「ち、ちがうっ! そういうことじゃない! そんなこと思ってない、そうじゃないって!」

 焦ったように言葉を紡ぐ。
 その様子からは、真実味が感じられた。
「ちがうのか?」
「ちがう……。奪おうとか、寝とろうとか、そんなこと思ってない。というか、……ああいう姿を見てまだ奪おうと思えるほど、俺は目が見えてないわけじゃない」
 顔を背け、呟くように言う。

「だろうな。それ以前に、誰だってあの治療師とお前を比べたら治療師を取るだろう」
 歴然とした事実を突きつけられ、弟は肩を落とした。

 男としての格がちがいすぎる。
 しがない未熟者の商人と、金も名声もある治療師ではどちらが上か、という問題だ。

 インホウは確認した。
「じゃあ、あの愛人に対しては何とも思っていないんだな?」
「……」
 今度の答えは、沈黙だった。
 不安になり、インホウは問いただそうとしたが、ぐっとこらえた。
 自分で口を開くまで、待とうと思いなおしたのだ。

 インホウが自分のはやる心を制して待つ長い長い沈黙の後、弟は口を開いた。
「……羨ましいって思った」

「うらやましい? 何がだ?」
「男同士なのに……誰にも後ろ指さされずにあんな胸張ってどうどうと…していられるのが」

 インホウは息を呑んだ。
「俺……同性愛者なのかな……」
 ぽろりと、弟の目から涙が落ちる。
 ――そしてインホウは、その涙を拭ってやることもできずにいた。


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Date:2015/12/12
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