マーラが部屋から出ると、青黒い肌の人物―――ダルクが、不機嫌と戸惑いと不安の入り混じった表情で、立っていた。
もちろん、彼がここにいることには気づいていた。
マーラが気づいていたのだから、少女はもちろん気づいていただろう。
高レベルの戦士は、魔法使い顔負けだ。少女は自分の周囲の事なら目で見ずとも感じ取れる。
青黒い肌に、黒髪、黒い瞳。魔族の特徴が顕著に出た二十代の青年は、しばし言葉を探す沈黙の後、口を開いた。
「……あんたは、あいつのことが好きなのか?」
予想通りの言葉に、マーラはふっと口元だけで笑う。
ダルクにしてみれば、コリュウの次に少女と付き合いの長いマーラの動向は気になるところだろう。
このパーティのなかで、唯一、リーダーの少女に口厳しいことをつけつけと言う相手―――それがダルクだ。
マーラはエルフであり、どうしたって人族の思考方式の細かなところはよくわからない。常識が違う故に、読み違える事が多い。
その点ダルクは半魔族であり、生まれたときから人族の国で過ごしてきたそうなので、その考え方はよくわかっている。
ついでにいえば、少女に甘いパーティメンバーの中で、彼だけは少女に対しても遠慮なくものを言う。
少女は自分と意見が違っても正論を言う相手を忌避するほど子どもではないし、マーラは逆にその点でダルクを評価している。
人族の常識がわからないマーラでは、その役目はつとまらない。そして、人間、自分に甘い存在ばかりでは駄目になってしまう。人間は間違うもので、間違いに足を踏み入れたとき、抑止力となれる存在が必要なのだ。
だから、マーラはその点でダルクを評価していた。
少女の制止役であるダルクが、彼女に恋をしている事に気づいたのはもう随分前の事だ。
……が、進歩らしい進歩はこれまでのところナニもない。
いつも一緒にいて寝食を共にしているのに馬鹿かこいつは、というのがマーラの評価であった。
マーラは正直に答えてやった。
「愛していますよ」
ダルクはぎくっと表情を固まらせる。
それに吹き出しそうになりながら、顔を窓へ向ける。廊下の窓の外、遠くに見える山の嶺の白雪を見ながら、答えた。
「冬、寒さに凍えた身体を温めてくれる陽の光のように、厚く敷き詰められた雲の隙間から差し込む日差しのように、快く頬を撫でる緑の匂いのする風のように、いつどんな時も身体を受け止める大地のように」
歌うように、抑揚をつけていう。
「―――あんたは……」
マーラは、その緑の瞳で、ダルクをしずかに見つめた。
ぐっと一瞬ダルクが怯み、そして目に力を込めて見返してくる。
マーラはふっと笑って、ついてこいと手を振って、この不出来な弟子に背を向けた。
同じ魔術師とはいえ、半魔族のダルクとエルフのマーラではその力量に雲泥の差があった。パーティである以上ダルクが足を引っ張れば一蓮托生なので、時間を見つけては鍛えてはいるが、その物憶えの悪さにはスリッパが大活躍している。
唯一評価できるのは、スリッパでいかにどつかれても文句を言わないところだが。
―――ちなみに何故スリッパかというと、エルフの貧弱な腕で頭をはたいたらこっちが怪我するからで、かといってハリセンをわざわざ自作して持ち歩くのも面倒で、スリッパとなったのである。
なんでハリセンかスリッパかの二択なのかは聞いてはいけない。少女が突っ込みをいれるときにはハリセンかスリッパなのが人族の風習なのだと嘘八百を吹き込んだなんていうことは聞かぬが花である。
宿は二部屋とり、ひとり部屋の一部屋を少女とコリュウ、二人部屋の方を残りの三人が使っている。
マーラが部屋に戻ると、ちょうどいいことにパルは出掛けていた。小人族の彼のこと、ひょっとして隠蔽魔法で姿を隠しているかもしれないが、それについては気にしない事にする。
小人族が本気になって隠れたらエルフでも発見は至難だし、聞かれてもパルならいい。
マーラは向かい合って言う。
「あなたが懸念しているようなことは、ありませんよ」
「……あんたの言動見ていると、とてもそうは思えないんだが……」
マーラは一笑して、ゆったりと口を開いた。
「このパーティに、私が加わることになった経緯は、話したことがありましたっけ」
「いや。だが、予想はついてる。クリスが奴隷船を見つけて、乗っていたエルフの一団を解放したんだろう? そして移住先を提供した。その関係だろう?」
それは、パーティの本拠地であるサンローランの町に住んでいれば自然と耳に入ることだ。
サンローランの町は、大陸でも極めて稀有というか異常というか変な町として知られている。
元は普通の人族の村だったのだが、そこを本拠地としている少女が色んな異種族を助けるたびに連れ込んだ結果、無数の異種族が共存する町になったのだ。
その町の発展の主要原因となった彼女ら一行はその町に家を構え、住んでいる。
依頼を受けていない時はその町で暮らしているのだから、自然と耳に入るというものだ。
「そう、その通りです。―――私は奴隷でした」
ダルクは、眉をひそめた。
→ BACK→ NEXT
- 関連記事
-
スポンサーサイト
Information
Comment:0