リオンは地面に手をつき、嘔吐した。
その背をさするジョカも、こればかりはどうしようもない。
空間を移動した後、リオンは立っていられないほどの眩暈に襲われる。しかし、あの場で倒れる訳にはいかないのでそれを打ち消す魔法を事前にかけ、乗り込んだ。その反動である。
眩暈と嘔吐の衝動が何とかおさまると、リオンはごろりと横になった。
およそ、二万テーベは離れている草原のただなかである。
空は青く、どこまでも広がっている。
ジョカはそっと話しかけた。
「……後悔しているか?」
「いや。一つの椅子に、二人は掛けられない。あなたを解放せず、あのまま王位を継いで、友人の期待も父の期待も裏切らず、ジョカを踏みにじり続けて、自分で自分を誇れなくなるのと。今と。私は今の方がいい」
帰り際、王妃が、隠しきれない笑みを浮かべているのを見た。それを、むしろ頼もしいとすら思う。自分の息子に、諦めていた王座が転がり込んでくるのだ。人情として、喜ぶのは当然というものだろう。
「腹黒い人間を騙すのと、善人を騙すのとはまるでちがう。私は、貴方を裏切りつづけることに、胸が痛まないでいられない。私は自分に誇りを持っている。他の誰が認めずとも、私自身が己を恥じなければ私はその誇りを心に持ち続けられる。けれど、逆もまた、真だ」
歴代の呪縛をそのままに引き継げば、他の誰がリオンを責めずとも、リオンだけは自分を責める。彼は彼ではいられない。
自分が好きな自分でいられない。
「だから、これでいい。父より友人より、ジョカの方が大切だからな」
脳裏にカザの姿が浮かんで、消えた。―――すまない。
一方ジョカは、喜んでいいのか迷うところだった。どうしてこれで自覚がない?
まあ、リオンが自分を好いてくれているのは確かなようだから、いずれ自覚する時も来るだろう。ジョカに時間は有り余っているし、焦る気もない。
これまで、ジョカの生のほとんどを覆っていた闇を、リオンが払ってくれた。だから、ジョカのこれから先の生は、リオンに捧げる。リオンのために生き、そして死ぬ。それが、ジョカの望みだ。
三百二十年ぶりに夜明けをもたらしてくれた彼に、ジョカは深い感謝と愛情を抱いていた。
リオンは軽快なしぐさで立ち上がり、空に向かって思いきり腕を伸ばして伸びをする。
リオンが、自分の心を見つめ直して、一番大きかったのは、ジョカをひとりきりにしておけないという感情だった。
この世で誰よりも強い魔術師が、自分の前で震えながら泣いたのを見たときから、それが心にあった。
リオンは、ジョカの救いになりたい。
おこがましいのは、百も承知だ。何の力もないくせに、仇の一人の身で、この世で最強の魔術師に抱く感情ではない。僭越にも程がある。……でも、リオンはそれから逃げようとは思わない。
だから、王位を継ぐことはできなかった。ジョカの力は、人に、彼の人格を徹底して無視させる。あの牢獄はその最たるものだ。王位を継げば、ジョカという人間を、力の付属物としか見ない人々で周囲は溢れるだろう。
リオンは、ジョカを救いたい。彼を道具扱いもしたくないし、また孤独の中におきたくもない。側にいて、その涙をぬぐって、一緒に歩いていきたかった。
―――その感情をなんというのか、リオンはちゃんと、理解していた。
そして、その感情に従うならば、諦めなければならないものも。
世の中にはどうしても、どちらか一方しか手に入れられないものがある。それを承知した上で、リオンは、ジョカの側にいる事を、望んだのだ。
「ああそうだジョカ」
リオンはくるりと振り返り、何もかも欲張ることの愚かしさを知る聡明な王子は何気ない口調で言った。
「愛している」
ぽかんとしたジョカの顔に、リオンがこらえきれずに笑い出す声が重なった。
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