翌日、エルフたちは少女の訪問を受けた。
いずれは故郷に帰るとしても、すぐには無理でしょう? ここは人族の国。人族には人族の、ルールがある。生計を立てるってことが必要なの。
少女は簡単に、「貨幣制度」というものを説明した。エルフは基本的に、交易というシステムを持たない。
他の種族との交流を断っているのだ。生活は自給自足が徹底していたので、外部の物資も必要ではない。
ごく稀に、エルフの集落に迷い込んだ人間と持ち物を交換することがあるが、それは交易とはとてもいえない。
少女はざっと貨幣制度を説明し、船で見つけた財貨は働かないと尽きてしまうこと、食料を買うのには「お金」が必要なこと、「働かざる者食うべからず」の精神を説明した。
エルフたちは困惑したが、事態は理解した。
食べ物がないのである。そしてそれを買うのにはお金、というものが必要で、お金を稼ぐため、働かないといけない。
森の精霊族であるエルフたちは、故郷の森ではほとんど食事を取る必要がなかった。
たまに、木の実や果実をもいで食べるだけで十分だったのだ。
しかしこんな異郷の地では、森と「繋がって」いないため、力を得られず、普通の人間よりは少食だが食事を必要とする。
「そこで、私から提案なんだけど―――」
少女は、魔法を売ることを提案した。
ここは人族の国である。
そして、人族において、魔力を持つ人間は極めて貴重だ。魔法の使い手が民間にいることはほぼ皆無である。
そして、エルフは、希少種族であるが、その優美な容姿と魔法の最優秀種族であるということで広くその名は知られている。
いくら鄙びた農村でも人の出入りは皆無ではない。行商人などは出入りするし、少女のように、旅の途中で立ち寄る冒険者もいる。
エルフの緑の髪、優美な容姿、何より有名なその尖った長い耳。
つまり、遅かれ早かれ、エルフの集落がここにある、というのはバレる。
なら、先にバラしてしまおう、というのが少女の腹積もりだった。
「人族で魔力を持つ人はホントーッに少ないの。だから、あなたたちが魔法を売れば、かなりの遠方からでもお客は来るはず!」
少女は力説した。
「最初はね、治癒魔法だけでいいと思うの。なんていっても需要が高いし、欲しがる人はたくさんいる。で、好調なようなら、生活に役立つちょっとした魔法を売ってもいいし、治癒魔法だけでもいい。どうかな?」
エルフたちはざわめいた。
少女は返事を急かさず、帰っていったがその晩、長老は皆を集めて意見をまとめた。
そんなことやりたくない、という者も多かったが、仕方ないだろう、という者が多数を占めた。
「わしらはすぐには帰れん。そうである以上、恩人に一方的な世話になっていてはいかんだろう。自分たちの食べるものぐらいは、自分たちで稼がねばならん」
背後に広がる山と繋がりを持つ、という意見もあったが、却下された。
一旦、繋がりを持ってしまったらもうエルフはそこから離れられない。愛しくてたまらなくなるからだ。
彼らはまだ、故郷に帰ることを諦めてはいなかった。時間をかければきっと帰る道が見つかる、そう思っていたし、実際そうだった。
魔法を人族に売ることには、抵抗がある。それは誰もがそうだ。
だが、エルフの矜持は、人に世話になり続け自分の面倒も見られないでいる状況を可とできるほど、低くもなかった。
反対していた者がやめたことで、周囲には諦め交じりの同意が広がった。
長老は頷く。
「うむ。では、決まったな。傷を癒す魔法ならば、悪用もされんだろう。値段は……あの女の子に聞けば、ちょうどいい値段を教えてくれるだろう」
何の取り柄もなかった鄙びた農村に、大陸全土から人が集まる、世界で唯一の「エルフの魔法屋」が生まれた瞬間だった。
翌日、やってきた少女はエルフたちの同意を受けて顔を輝かせ、店の絵を持ってきた。
こんな感じの店をつくれる? と言って差し出したのは王都にでもあるようなセンスのいい店舗で、(実際、少女は王都の魔法屋をアレンジして絵を描いた)こんな田舎では浮いていることこの上なかったが、エルフたちは人族の常識がわからないので少女がざっくりと書いた絵を参考にそのように店を作った。
そして、料金表。
端材を削り、木の板でできたそれに文字を書き、入口にかける。
そこにはこう書かれていた。
小回復呪文……五百G。(打ち身、痣、ねん挫、軽度の切り傷など)
中回復呪文……三十万G。(火傷、深い創傷、骨折など)
全回復呪文……百万G。(手足の欠損などどんな重症も大丈夫! 綺麗さっぱり癒します! ただし病気には効果ありません。要予約!)
ちなみに、これがどれほどの価値かと言うと、千Gあれば、王都の上等の宿に食事つきで一泊できる、という程度である。
ライトヒールが異様に安いのは、「打ち身程度で遠路はるばる来る人なんていないし、主要な顧客は村人でしょう? お世話になっているから安めにしましょう」という少女の言葉に、エルフからも反対の声は上がらなかったからだ。
ちなみに、人族の魔法の使い手が治癒魔法を売る場合、二通りある。生まれてすぐに教会に囲い込まれ、神官になり、教会に寄進した信者に「祝福」として授ける場合。
そして、教会に囲い込まれず成長し、魔法屋で個人的に魔法を売る場合である。稀なことだが一国にひとりぐらいはそういう人間がいる。少女が王都で見かけた魔法屋もそうだ。
少女がつけた値段は、教会で寄進して祝福してもらうときよりずっと安く、けれども人族の魔法屋よりは高いという値段だ。
やはり、魔法の最優秀種族であるエルフの魔法は、人族とはケタがちがう。
そんなエルフが人族の魔法屋より安く魔法を売ったら、人族の魔法屋はあがったりになってしまう。
けれども、教会ともあろうものがとんでもない高額で魔法を売っている(寄進という形だが実際には売買だ)のが前々から少女はたいへん気にいらなかったので、およそその半分、という価格を付けたのだった。
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