それからしばらくは平穏にすぎた。
今から振り返れば平穏、と言っていいのだが、その当時は嵐また大嵐という心境であった。
少女がそこそこ知名度のある冒険者であり、その少女が所属しているギルドで「エルフの魔法屋」のことを話した甲斐もあり、辺鄙な農村に一気に様々な人々が集まってきたのだ。
エルフを一目見たい人、エルフに治療を望む人、―――そして、エルフを捕えようと思う者……。
あんな遠くの大陸までわざわざエルフを狩るためにやってきたのだ。同種の人間が、同じ大陸に住むエルフを狩ろうと思わないはずがない。
―――だが、今回は前回とはちがった。
無警戒の前回とはちがい、今回は事前に少女にその事を警告されていたし、エルフも準備し、少女自身も警戒にあたっていた。
よってそういった無法者をこちら側には何の被害もなく捕えることができたのだ。
そして、少女は言った。
「彼らの身柄でもって、この国の王様とお話合いがしたいの。譲ってくれないかな?」
少女の意図は、こうだ。
ここは人族の国である。
異種族に寛容な魔族の国やそういう種族の国ならよかったのだが、ここは人族の国である。
そして、「エルフの魔法屋」が国王の耳にまで届くようになるまで、さほどの時間はなく、国王の権限でもって、捕縛されることもありえるのだ。
たとえばエルフ族の魔法能力を耳にし、魔法兵団をつくろう、徴兵しよう、なんて夢想を国王が抱いたとしたら、人族の国に住んでいるかぎり、それに抵抗するのは難しい。
だから、先手を打って、国王とお話合いがしたいのだ。はっきりいえば、居住権を認めてほしい。
そんなことは思ってもいなかったエルフたちは、ぽかんとした顔だった。
これは、無理もない。
王という制度も国という仕組みもないエルフたちに、「自衛のための徴兵制」だの、「王権の理不尽な強権」だの、「魔法兵団」だのという考え方がある方がヘンだ。
しかし、エルフたちは賢明さを見せた。
エルフたちにしてみれば荒唐無稽な話であったにも関わらず、人族の常識がわからない自分たちにはわからないが、恩人である少女がそういうのならそうなのだろうと、説明を柔軟に飲み込んで、受け入れてくれたのだ。
それに、と少女は付け加えた。
この国に奴隷商人の館はあった。つまり、国の上層部は奴隷商と繋がっていると見るのが妥当。
強権でもって服従を強いられる前に、国王と話がしたい。国王自らが許可を出せば、たとえ側近が奴隷商とつながっていても、エルフがここで暮らすことに何の文句も言えないはず。
―――国王その人がつながっていたら?
という質問に、少女はかぶりを振った。
「ありえないわ。陛下はまだ、十四歳よ」
この国に奴隷商が存在するということ。その証拠としての狼藉者の身柄。
遥か遠方にある大陸からエルフたちは連れて来られ、そして難破し、ここへ流れ着いたということ。
人族の暴虐によって連れてこられたエルフたちは今、帰り道を探している。だからしばしの間、慈悲心を持って居住を認めてほしいと訴える―――。
そこで、ひとりから疑問が出た。
―――人族の国では、国王というのは偉いのだろう? 会えるのか?
少女は大丈夫、と荷物から国王の召喚状を出した。
「すごくちょうどいいことに、ひと月ほど前、国王からの招待状が届いていたの」
世界広しといえど、「竜使い」ほど希少な職業はない。
竜族の国は大陸すべてにあるが、彼らは人族と比べ圧倒的に体力が高く、筋力も高く、魔力も高く、知性も高く、防御力も高い。
およそ、個体の能力において、竜族以上に高い種族はないのだ。
そんな種族に対し、交渉しようとした人族はいる。
知性があるということは交渉もできるということで、利害が一致したり、竜族がその人間を気にいったりなどで、交渉成立したことはあった。
そういう人間が、竜使いになれるのだ。
だが、竜族の圧倒的な力を欲し、軍隊でもって対し、捕獲して「調教」できた人族はない。竜族は繁殖力が極めて低いため、ひとりの危機は種の危機とばかりに仲間が飛んでくるのである。
そんなわけで、「竜使い」は珍しい。交渉が功を奏して竜族が人間とペアを組むことは絶無ではないが、滅多にないのだ。
まだ少年の国王は、異種族への偏見が少ないらしい。自分の国にそんな珍しい「竜使い」がいると知り、会いたがったのだ。
呼び出し状の日は、数日後。手紙が少女に届いてからひと月もの時間が空いていたのは、この世界の事情による。
まず、少女に確実に届くかどうかも謎である。少女は売れっ子の冒険者としてあちこち飛び回っていたので、この召喚状は所属する冒険者ギルド宛てに届いていた。
そして、この世界における普通の最速の移動手段は、「馬」であるが、馬を持てるのは余程の財力ある人間、平たく言えば貴族か大商人ぐらいであった。
そして、交通機関としての馬車なども、この国にはない。
となれば人の移動手段はその足、ということになり、移動には多くの時間がかかる。
そんな訳で、この時代、召喚状の呼び出し日は相当後の日が指定されるのが常識であった。
この村から王都まで、あと数日で普通なら到底間に合う距離ではないが、少女には反則的な移動手段がある。
「というわけで、国王に謁見する時、何人か付いてきてほしいの。できれば、私にも飛翔呪文をかけてくれるひと。コリュウは短い距離しか私を抱えて飛べないから」
「ふむ……飛竜というからには風の精霊との相性は最高のはず。母竜がいないということで、魔力の使い方を教わっていないのだな」
最初に、竜族が少女と一緒にいる理由については話してあった。
「ボク、もっと長く飛べるようになるの?」
「ああ」
エルフの長老によりコリュウは魔力の使い方のいろはのいを教えてもらい、少しだけ、少女を連れての航続距離が増えた。
目に見えて効果がないのは、コリュウが魔法を使う基礎の基礎も教わっていなかったからで(教えられる人間が皆無だった)、魔法というのはそう簡単に習得できるものではないのである。
これまでコリュウは竜族の筋力まかせに少女を抱えて空を飛んでいた。
魔力によって補助することを覚えれば、もっとずっと楽に、長く飛べるようになるだろう―――そう言われ、コリュウはその後魔力の特訓に励むようになるのだがそれは別の話である。
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