ダルクが悄然と部屋を出て行き、少しして、マーラに声がかかった。
「悪いな、聞いちまって」
マーラは微笑む。
「いいですよ。織り込み済みです」
声がした方を振り返ると、何もないように見える空間に色がついた。
大きさは人の掌ぐらいの、小さな人間―――小人族のパルだ。
このパーティでの斥候および、盗賊技能担当で、彼が加入してからこのパーティの仕事の幅がぐんと広がった。
姿は人族によく似ている。いくぶん、頭の比率が大きいが、それを除けば人族を直接縮めたような姿だ。
「でもよ、聞いてもいいかい? クリスが心配で大事にできる相手にしか渡さないっていうのはわかるけどよ、どうして、あんたがその役をやらねえんだい? 他力本願はしょせん他力だ。どんないい奴を見つけたって、豹変しないって保証はねえ。あんた自身がその役をやりゃあ、その心配はねえだろう?」
マーラは苦笑する。
そして少し考え、パルに手を差し伸べた。
パルに手を差し伸べる、という動作は、彼に乗れという意味だ。
マーラはパルを手に乗せ、自分の目の高さまで持ち上げた。
「ぜったい、誰にも言っちゃ駄目ですよ? 約束できます?」
「……? ああ」
「私はね―――あの子と、子どもが作れる種族なんですよ」
無数の種族が混在する世界であるが、基本的に、同一種族間でしか子どもはできない。
しかし何事も例外はあり、人族は、他種族との混血という意味では奇異極まる種族だった。
魔族とも、精霊族とも、混血可能なのだ。
「まったく……人族は我らとも子どもができるように設計され、生まれました。それさえなければ、その役をつとめるのもやぶさかではないんですが」
しかし、パルは首をひねるばかりだ。
「……? 普通逆じゃねーか? 子どもができないから結婚できない、っていうのはよく聞くが、できるからなんで結婚できねーんだ?」
「かんたんな話ですよ―――私は、半精霊族(ハーフエルフ)が、大嫌いなんです」
珍しく、苦い口調で、マーラは言い切った。
「……。何かあったのかい?」
「とても単純な話です。……私は、昔、ハーフエルフを、差別し、いじめ抜き、森から追い出したんです。その後、その子が野垂れ死ぬしかない事を承知の上で」
「……」
マーラは苦く笑う。……今なら、自分がどれほど酷いことをしたのか、理解できる。
その当時の自分は狭い村社会で偏狭な視点しかなく、己を正義と思いこんで、それがどれほど愚劣で残酷な行為なのか、顧みる視点すら持たなかった。
「その子は、他の大陸のエルフに連れられて集落を訪れ、長老はその子を受け入れましたが……待っていたのは過酷な蔑視と陰惨な苛めの日々でした。私も、それに加担しました。年端もいかない子どもだったその子どもは、泣きながら去って行きましたよ。
……ハーフエルフだからとそれをやった私が、どうして自分の子だからと受け入れられるでしょう。そんなのは、許されません」
ハーフエルフだからと、いたいけな子どもに目を覆うような行為を平然とやった自分が、今更心を入れ直し、偏見なく受け入れるなんて、できない。―――許されない。
……だから、少女の伴侶になんて、なれない。
「……その子は、その後、どうなった?」
その答えに、パルは凍りついた。
「戻ってきましたよ。―――私たちを滅ぼすために」
そして、全てを灰燼に帰した。
苛めを容認したエルフたち、率先して彼をいびったエルフたちは、エルフ狩りの先頭に立つその姿に戦慄した。
どんな偶然で、あの子どもが生き延びたのかは知らない。
見知らぬ土地で、恐らくは屈辱と引き換えにその日の命をつなぐような形で、彼は生きぬいた。胸に憎悪を宿して。
憎悪は燃費のいいエネルギーだ。
ハーフエルフという、本人には何の責もないことで徹底的に蔑まれた彼の心は憎悪に凝り固まっていて、ただひたすらに自分たちに復讐するために生きてきたのだ。
少女と知り合い、マーラは幾度も夢想した。
もし、白霧の森に、この少女がいたら、どうしただろう、と……。
……何度考えても、答えは一つしか出なかった。
少女は、周り中みんなに責められても、その少年に手を差し伸べただろう。一緒くたに罵倒され、唾棄され、言葉の礫を投げられても、己を貫いて弱い者をかばっただろう。その背に鞭を受け、泥を投げられても、守っただろう。
一緒に旅をしている間、何度となく見た光景。
―――もしも、あのとき、ひとりでも少女のような人間がいたら。ひとりでも、罪のないあの子どもに手を差し伸べていたら。可哀想な子どもに、しかるべき優しく温かい庇護を与えていたら。
白霧の森は今も美しい往時の姿を保っていただろう。
……滅んだのは、自業自得ともいえる。
彼は本懐をとげた後、何一つ事情を知らないコリュウの手にかかり、命を散らした。
全ては彼女の知らないうちに始まり、そして、閉じた。
今も、クリスはこの話を知らない。
マーラは言っていないし、他のエルフも語らないだろうから。
知らない方が、いい。
あの子はとても優しい子で、気に病んでしまうだろうから。
知らない方が幸せ。そういうことは、世の中に無数にある。
これも、そのひとつだ。
エルフは決して、一方的な被害者ではなかったのです、というお話。
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