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あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

閑話 1


「こ……っの、おおばかもんがーッ!」

 向こう三軒両隣にまで響き渡る大音声(だいおんじょう)に、叱られている張本人の少女は首を縮めた。
「その首の上に載ってるのは何だ! 飾りか! 帽子掛けか! 莫大な賞金の引換券か! そうそう厄介事を拾ってくるなと口を酸っぱくして言っているのに、この耳は節穴か!」
「ご、ごめんなさ~~~い!」

 一方的に少女が悪いだけに、このパーティのリーダーである彼女も、ひたすら腰が低くなる。
 ダルクは懐からハリセンを取り出すと、スパコーンと一発。
 少女の後頭部を張り倒した。
「ごめんですめば護民官はいらん!」

 ちなみに、どうしてハリセンなのかというと、エルフのマーラに少女が嘘八百を吹き込んだのを知ったダルクが、一同揃った場でじゃあハリセンなら少女を張り倒していいんだなと言い、少女はマーラの手前それを拒否できなかった……というじつに微笑ましい経緯がある。
 かくしてマーラのハリセンとスリッパの誤解は現在継続中で進行しているのだが、それを知るものは誰も解こうとしないため、今のところ誤解が解ける見込みは皆無である。

「マ、マーラあ~~っ」
 少女は自分に優しい緑髪の青年に泣きついたが、さすがの彼も今度ばかりはかばえない。
 困った顔で、言った。
「ま、みっちりダルクに叱られなさい。命は取られないから安心ですよ」
「ううううう~~~っ!」
 かくして、クリスの説教フルコースが確定した。

 ちなみに、少女のまわりには常に、何があっても、明らかに少女の方が悪かろうが少女の肩を持つマザコン一直線のコリュウがいるのだが、今はいない。
 なぜなら、彼は、現在、お空の上にいる。

 本日の夕刻のことである。
 宿に少女が駆け込んできた。滅多に見ない、慌てた顔で。

「みんな、お願い助けてっ!」
「今度はなにをやった!」

 間髪いれずに叫んだのは、度重なる経験ゆえである。
「コリュウが」
「コリュウが?」
 そういえば、とそこで気づいて見回すが、あの小さな緑竜のすがたは無い。
「竜使いの人に頼まれて、出掛けた」

 ぴき、と。
 ダルクの動きが止まった。
 同じ部屋で話を聞いていたマーラも、目を見張る。

 希少な職業ランキング、なんてものがあったとしたら、恐らく第一位は魔王だろう。なんせ世界にたった十二人しかいない。
 しかし、その次か、次の次あたりには、恐らく来るだろう超希少な職業―――それが竜使いだった。
 マーラもダルクも、冒険者として普通よりずっと多くの物事を見聞きしてきたが、竜使いにはこの少女以外、会ったことがない。

「……ほんとに? 竜使いなんですか?」
「うん」
 少女ははっきりと頷く。
 そして、ダルクの反応を戦々恐々と窺いながら、重い口を開く。

「……で、で、でね……。……お、怒らない?」
「―――とっとと吐け」

 少女は目を閉じ、丹精した己の田畑を呑みこまんとする洪水を前に、もう後は天に祈るしかない農民の様子で言った。
「…………竜の卵、壊しちゃった」
「……………………お前はなにをやっとるんだこの馬鹿がーーーーーッッ!!!!」

 超特大の雷が落ちたことは、言うまでもない。

     ◆ ◆ ◆

 竜族。
 世界のなかで、最強の一族にして、最弱の一族。
 個体の戦闘力にかけては並ぶ者ないが、同時に、生物としての戦闘力……つまり、「繁殖力」については、極めて弱かった。
 個体の能力がどれほど高かろうが、繁殖力が弱ければ、自然界においてその生物は衰退していくしかない。
 それは厳然たる、誰にも揺るがしようのない自然界のルールだった。

 竜族もその法則からは逃れられず、緩やかな衰退の一途をたどっている……のだが。
 そんな最強にして最弱の一族の卵を割った!
 持てる能力では間違いなく最強だというのに繁殖力の低さゆえに勢力を減じつつある一族の!

 マーラの顔も引きつる事態だった。
「い、一体どこでそんなことを……」
「さ、さっきね、その、竜使いの人と会って……」
 町中をぶらぶら探索するのは、旅の大きな楽しみの一つだ。

 一行は魔王城を出た後、山道を経てこの町に夕刻着いた。
 宿を取り、眠る前のひとときを町の散策に使おうと少女とコリュウは出ていったのだ。(ちなみにダルクとマーラも誘われたが魔術師である彼らは疲労で休んでいたかったので断った)。
 いのちを狙う暗殺者がダース単位でいる少女だが、コリュウもいることだし大丈夫だろう……と、思ったのだが。

 肩の上に小竜を乗せたとびきり目立つ少女は、道行く人からの好奇の眼差しもなんのその、ちっとも気にせずに町をそぞろ歩きしていた。
 町は夕暮れに染まり、そろそろ夜の時刻だが少女は少しも気にしなかった。コリュウもだ。
 竜族のコリュウは夜目がきくし、人族の少女は所持スキルで目よりもずっと多くの情報を認識できている。

 しかし、一般人にとっては夜は危険な時間だ。
 夕暮れ時の町は早く用事を済ませて家に戻ろうと足早に急ぐ人々であふれ返り、性急な賑わいを見せていた。
 そんな人波を割るように、上空から竜が舞い降りたのである。

「―――町に、いきなり竜族が?」
「うん。広場みたいなところに下りたの」
「……何があったんでしょうかねー。ああ、続けてください」
「で、まっすぐ私のところに来て」

 舞い降りた竜は、コリュウのような流線型の、ひたすら細長い体格ではなかった。
 速さよりも力強さを感じさせる逞しいフォルムで、大きさはさほどでもない。
 高さは平屋の家屋ほどで、胴周りは大人三人が手を繋いだ程度。体色は、空の青より澄んで明るい色のライトブルー。

 竜族のなかでは、「小柄」と区分けしてもいい大きさである。これぐらいの大きさなら、町の休憩場所として設けられた小さな広場にも充分入る。
 そこに居合わせた人々が足を止め、ぽけっと突っ立っているなか、その背から人が飛び降りた。
 そして、まっすぐ少女に向かってきた。

 ―――実のところ、少女は竜族と対面したのはこれが初めてではない。
 この大陸の各所に竜族の国はある。人族の国で暮らすぶんには竜族は珍しい種族だが、大陸規模で見ればそんなことはない。竜族の個体数は、さほど少なくないのだ……「まだ」。
 実際の個体数でいえば、人間のエルフ狩りの標的になってここ百年で急減しているぶん、エルフの方が少ないだろう。

 竜から下りてきた人物は、黒革のマスクをして、顔の鼻から下を覆っていた。
 顔が隠れているためわかりにくいが、年齢は三十代ぐらいだろう。
「……あなたはその竜のマスターか?」
「ええ。そうだけど、あなたは?」
 少女は、ピンと背筋の伸びたかたちのいい立ち姿で、竜使いの青年に落ち着いて言葉を返す。

 ……青年が、ほんの少し動揺するのがわかった。
 青年がこちらに視線を向けた瞬間、少女が感じた波動。
 空気の刷毛でさっと肌の表面を撫でられたような、普通の人なら「気のせい」で済ませてしまうような微弱な感触だが、冒険者ならお馴染みの感覚だ。

 いま、彼は少女の技量を感じ取った。
 技能鑑定(スキルチェック)は、冒険者の基本技能だが、己より相手の力量(レベル)が上だと無効化する。
 青年から見て、少女の力は何一つ見えないはずだ。

 この大陸で、少女に技能鑑定を仕掛けて成功できる相手など、十指で足りる。
 年こそまだ十八だが、くぐりぬけてきた修羅場の数は生半可ではない。勇者の称号は、伊達ではないのだ。
 竜使いの青年は、体を二つに折って、深く頭を下げた。

「―――御無礼、お許しください。勇者さま。お初にお目もじいたします。私はグリーン。こちらのパートナーはラズナーと申します」
「私はクリス。こっちはコリュウよ」
「よろしく!」
 元気良く、コリュウは挨拶する。
 子どもの特権。同じ竜族だということで、顔いっぱいの好奇心が輝いていた。

 竜族と会うのは初めてではないけれど、珍しいことも確かなのだ。
 コリュウは、翼で空気を一打ちする。高い位置にあるドラゴンの顔の前まで浮かび上がった。
 明るい空色のドラゴンは、轡をつけていた。そこから伸びる手綱を人がつかみ、背に乗るらしい。
 でも……口のまわりと中をぐるりと頑丈な黒革と金属が巡る様は、なんというか。
「……痛くない? だいじょうぶ?」

 ラズナーという名前のドラゴンは瞳に笑みを宿した。
「大丈夫だ」
 そして、ぐっと小声になった。
「……それより、早く背に乗るがいい。あの女の注意をグリーンがひいていてくれるうちに」
「え?」
「はやく」
「なんで?」
「さっさとしなさい。あの女は相当の力量と見える。早くしなければ時宜を失う!」
「だから、なんで?」
 コリュウはさっぱりわからない。

「―――たとえ竜族といえども、私の大事なコリュウをさらうつもりなら容赦はしないわよ」
 一瞬、ラズナーの動きが止まった。
 内緒話が聞こえる距離ではなかった。ラズナーは驚いたが、もちろんコリュウは驚かない。

 コリュウが視線を向けると、石畳の上を、長い黒髪をなびかせながら、少女が歩み寄ってくるところだった。
 青い瞳は戦意を宿し、その歩みには迷いがない。手はすでに剣の柄にかかっていた。
「……どういうつもりか知らないけれど、たかが生後百年ほどの竜族が、私と戦うつもり? 竜族は世界最強、その評価が真実あてはまるのは一部の古竜のみ……。例外もいるっていう証拠を作ってほしいのなら、いつでも相手になってあげるわよ」

 全身から立ち上る闘気は、少女のその言葉が、決してうぬぼれではないことを示している。
 たかが、竜族。
 そんな命知らずの言葉を吐ける度胸があり、同時に吐くことが許されるだけの力を持つ人間のひとりが、彼女だ。
 コリュウは急いで空中を泳いで少女の前に立つ。

「ちょっと待って! このおじさん、何か誤解しているみたいなんだ!」
 少女が目を瞬かせる。
「……誤解?」
「うん、ボクに、なんか、逃げろって……」
「―――ああ、成程。そういうことね」

 少女はあっけなく理解し、臨戦態勢を解いた。その様子に、コリュウは目をぱちくりする。
「……えーと。わかったの? ボク、なんのことだかさっぱりわかんなかったんだけど……」
「ええ。―――あなたたちは、私がコリュウを誘拐したとでも思ったのでしょう?」
 後半は、頭上の竜に言ったものだ。

「……今も、その疑いは解けていないぞ」
 ちっぽけな人族の少女に喧嘩を売られ、たかがとまで言われて、いたく竜族の誇りを傷つけられたのだろう。ラズナーは不機嫌な声だった。
 少女の後ろで竜使いの青年も口を開く。

「竜使いになるべく、竜族の卵を盗む者がいます。竜族も、幼少のころから育てれば、親代わりの相手に懐くでしょう。その飛竜があなたを慕っていることは、何の証拠にもなりません」
 コリュウはむっとした。
 少し遅いが、やっと、どういうことか判ったのだ。

 自分はまだまだ子どもだ。長命な竜族の基準からだけでなく、人族の目から見ても子どもだ。
 そんな子どもの自分が、異種族のクリスと一緒にいるのを見て、誘拐されたのかと思ったらしい。
 事情は判ったけれど、大事な人に誘拐犯の汚名を着せられて、もちろんいい気はしない。
「ボクは誘拐なんてされてない! クリスは死ぬところだったボクを助けてくれたんだ!」

 少女は悠然と笑う。
「―――と、コリュウは言っているし、さて、一般的正義に基づく対処としては、私が誘拐犯だっていう証拠を見せてもらいましょうか? 話はそれからよ」
 ぐっと詰まるふたりに、コリュウは親切心で声をかけた。

「ねえ、謝っちゃった方がいいよ? クリス、めちゃめちゃ強いよ?」
「なにを……おまえは竜族としての誇りはないのかっ!」
「……えーと、だって、おじさんよりクリスの方がずっと強いし……」
 コリュウは困った様子で、自分にとっての掛け値なしの真実を言ったのだが……どうやらそれが竜の逆鱗に触れてしまったらしい。

「なら、確かめてやろう!」
 言うなり、その前足で少女を殴りつけたのだ。

 少しの容赦もない一撃だった。
 風がうなり、石を砕く威力の一振りが竜の巨体から放たれる。竜もまた、少女の力量を感じ取っていたのだ。手加減などできる相手ではない、ということぐらいは。
 見た目通りのひ弱な少女なら、一発でひき肉になっていただろう。
 しかし、その軌道上に少女はおらず……かわりに、カカカンッと石畳の上に硬いものが連続して落ちる音がした。

「この距離でクリスとまともに戦えるの、竜族でも中位以上の相手だけだってばー」
 コリュウの呆れた声が響く。
 右の前脚の爪がすべて断ち切られていた。鉄をも両断する爪が、まるで水のように斬られ、地に落ちていた。

「伸びる部分だけにしておいたから。多少は痛いだろうけど、それぐらいはがまんしてちょうだい」
 人間が、深爪した程度には痛いだろう。
 だが、それぐらいの痛みは当然のペナルティとして受けてもらうほかない。
 弱肉強食、生き延びたいなら自分より強い者に喧嘩を売るな、は、東西を問わず、古今も問わない、世界で最も普遍のルールなのだから。

 愕然としてこちらを見やる竜族と、竜使いに、少女は油断なく目を向けている。
 実のところ、竜族と少女の戦いの相性は、かなり悪い。……竜族側に。
 竜族は、その竜鱗ゆえに、どうしても傾向が攻撃に傾く。要は、魔法も弾くわ、剣も通らないわの鱗が生まれつき天然で与えられていて、その上防御魔法を覚えようという者はなきに等しいということだ。

 回復魔法もまた、滅多に怪我もしない状況では、憶えようとする者は少ない。
 ―――では、竜鱗をやすやすと貫く魔剣が相手なら?
 世界でたった十二、いや少女がこの間一本ヘシ折ったので十一本しかない魔剣は、竜の鱗でさえも薄紙同然に切り裂く。

 斬られたら、竜族には回復魔法を習得している者も防御魔法を習得している者も少ないのだ。
 また、竜族の体は大きい。
 比較して少女は小さい。
 少女から見ればいくらでも攻撃する場所があるも同然だった。

 ただし、この相性は絶対的なものではなく、状況によって変化する。
 少女は魔法を何一つ使えない。
 竜族がその翼を用いて遥かな高みに位置取りし、そこから一方的に魔法を連発すれば、今度は少女の方に圧倒的に分が悪い。
 しかし、今のこの間合いではそんな「れば」は何の意味もない。
 今から空に飛び上がろうとしても、少女に翼を切り落とされるのがオチ、そうでなくてもここは魔族の町だ。

 周りには無数の無関係の一般市民がいる以上、それを巻き込むような攻撃はできない。しようものなら、竜族協会から大目玉をくらい、さらに各地の冒険者組合から犯罪者として「討伐可」認定をされてしまう。
 竜族協会は竜族の利益のためにある協会だが、無辜の一般人を多数虐殺したとなると、とてもとてもかばえないし、また、かばってくれない。
 その状況で身内だからとかばえば、そちらの方が竜族の利益を損なうからだ。

 要は、彼は、戦いを挑む最初の一歩、つまり「勝てる状況づくり」を激しく間違えたのである。

 竜族は、持って生まれた肉体の性能が高すぎて、またほとんどの相手ならそれ任せの力押しで勝ててしまうため、戦いの研鑽を積む機会が少ない。
 これが、年齢を積んだ竜となると、そうばかりはいかないということを苦い経験から学んでいるため、一筋縄ではいかない相手となるのだが。

 竜族は世界最強の種族であるが、個体としての竜は、けっして最強無敵ではない。
 ―――この竜は、少女を相手に、今まさにそれを学んでいた。

 少女は戦士。
 戦士職の戦場である近距離(ショートレンジ)のこの間合いで、竜族が勝つのは、至難の業だ。
 ラズナーは唸る。
 先ほどの一撃を、「手加減」してくれていたのだと、判らないほど彼は愚かでもなかった。

 あの一撃に斬撃を合わせ、その爪だけを斬り飛ばすなどという芸当ができる相手なのだ。
 なおも戦闘をつづければ、おそらく、少女は容赦なく、彼を斬るだろう。
 屈辱とともにその事実を理解し、ラズナーは唸りながらも言葉を絞り出す。
「……謝罪をしよう。証拠もなく疑って、悪かった」
 少女はその謝罪を容れ、剣をおさめる。

 一区切りがついたとみて、竜使いの青年が口を開いたのはその時だった。
「たいへん、御無礼をいたしました。どうかお許しください、勇者さま。そして……どうか、お力をお貸しいただけないでしょうか?」
「報酬によるわね」
 実は装備のローンで借金まみれの少女である。
 竜使いの青年は一瞬意外そうな顔をしたがすぐに消した。
「はい。それはもちろん。お礼はいたしますので」




ちょいと寄り道。すぐに終わります。

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Date:2015/11/15
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