二人は、場所を郊外の山地に移し、話を聞くことになった(かなりの距離だが、飛行手段をもつ彼らにはなんていうことはない)。
内密の話ですが、と区切った上でグリーンが語ったところによると、数年前、竜族の卵が盗まれたのだという。
「彼……ラズナーがその捜索に出された竜のひとりで、私はその協力を頼まれました」
竜族はその巨体がネックである。
多くの異種族が分布する世界であるが、現在覇を競っているのは人族と魔族であり、この二種族は大きさ、形ともにほぼ同一である。子まで成せるほどに。
また、この二種族の大きさは多くの種族にとって「つかいやすい」か、「多少の不便はあっても我慢できる」ものであるので、家具や家の大きさは、この二種族のサイズが標準となっているのだ。(もちろん、単一種族の国などではちがうが)。
そのため、竜族が情報収集のために町に入っていくのは無理、の一言であった。
……密集した下町などでは着地するだけで家が壊れる。
そのため、冒険者であるグリーンが協力を求められ、ペアとなることになったのだ。
「―――失礼ですが、勇者さまはどういった経緯でそちらの竜と知りあわれたのでしょう?」
「クリスはね、ボクとボクのお母さんが死にかけていた時に、助けてくれたんだ!」
コリュウはざっとクリスとの出会いを語った。
その話を聞いて、疑いはとけたかといえば、さにあらず。
口には出さなかったが、グリーンの目に疑いがよぎったのがわかった。―――コリュウの母を殺したのはクリスでは……?
少女はそれに気づいたが、もちろん、気にせず無視した。
こう言っては何だが、さっきの疑惑だって解けてはいないだろう。一旦棚置きになったのは、ひとえに、クリスが彼らより強いから、である。
ここでクリスを力ずくで捕縛できるほどの力はなく、かといって官憲に訴え出るほどの証拠もない。
ないないづくめだからこそ、引っ込まざるをえなかったのである。
―――まあ、私の敵じゃないしなあ……。
さきほどグリーンは傍観していたが、たとえ一対二であろうと、勝てる自信はあった。
もし証拠をねつ造し、冤罪を着せようとしたところで、ここはゼトランド王国。
あの魔王の国の中である以上、マーラが魔王と連絡を取って助けてくれと言えば済む。
権力ばんざい。
「竜族にとって、卵はとても大事なものです。何をおいても取り返さねばなりません」
それは、少女にも理解できた。
竜族は繁殖力が弱い。その卵が盗まれたなんてことは、大問題だ。
一方、竜使いになりたい人間にとって、卵は垂涎の的だろう。孵化させて、誠心誠意を持って世話すれば……コリュウを見れば答えは自明だ。
たとえ誘拐されて本当の親元からさらわれたのだとしても、知らない以上、子は無心に『親』を慕うだろう。そういうものだ。
―――孵化していて、子どもが親を慕っていたら……つらいな。
そういう意味でも、早く取り戻さなければならないが、どうやら探索は芳しくない様子だ。
「竜族の卵の孵化にかかる時間は一年ですが、それはあくまで孵化に最適な温度ややり方を知っている竜族の手元でだそうで……。条件がよければ今はもう、とっくに孵化しているでしょうが、中にはまだのものもありました」
それでは、見た目にもわかりやすい子どもの竜であるコリュウは素通りできないだろう。
「ありました? 取り戻せたの?」
「はい。こちらのラズナーが探索に出てから五年。先日、やっとの思いで一つ見つけました。こちらがそれです。今から親元に届ける予定です」
そう言って見せてくれたのは、小さな木箱だった。
成人男子の握りこぶし二つ分ぐらいの大きさで、頑丈そうな小箱である。
「出産を終えた親は、もちろん探索に加わりました。もう連絡をしてありますので、国元に戻っているでしょう」
少女は木箱を見たが手は出さず、尋ねた。
「それで? 私に何を依頼したいの?」
「竜族の卵について、ご存知のことはありませんか?」
「ないわ。悪いけど」
「では、もしこれからのち、何か情報が耳に入ったら、教えていただきたいのです」
「それは構わないわ。連絡先のギルドを教えてちょうだい」
飛び回ることの多い冒険者は、所属するギルド宛てに手紙を出すのが普通である。
ラズナーが口を開いたのはその時だった。
「―――そんなことをせずとも、そちらの竜の子どもに送話させればよいだろう」
魔法をまったく使えない少女は首を傾げる。
「送話?」
竜族であり、魔力も高いものを持っているが、指導する竜族はおらず、エルフたちは本人もとい本竜の希望通り航続距離をのばすことと飛ぶことに特化して魔力を鍛えているコリュウも首を傾げた。
「送話?」
「…………飛竜だろうがどこの族だ。竜族としての教育が足りん。一度里に帰って教えを受けてこい」
常識知らずと言われたコリュウは傷ついた顔になり、少女は切れた。
「―――それ以上、コリュウを侮辱したら、その翼を片翼にしてあげるわよ」
ここは巨体の竜が飛び立ちにくい森の中、しかも間合いは僅か二三歩。
この状況では、小山のような竜より、ちっぽけな少女の方が強い。
ラズナーはぐっとつまったが、それでも言うべきことは言った。
「魔力の基本的な使い方も知らず、竜族なら誰でもできることもできずに困るのは、この子の方だぞ」
正論に、さすがに少女も黙った。
そこで爆発したのがコリュウだ。
「いやだよ! クリスと離れるなんて!」
コリュウはクリスの肩にとまり、頬をすりすりする。クリスはそのくすぐったい感触に相好をゆるめながらも、たずねた。
「……竜族の国って、どこにあるの?」
「この大陸にもいくつかある。飛竜の国は、大陸の北東端にあるはずだ。族も、そこに行って聞けばわかるだろう」
竜族には三つの系統がある。
飛竜(空竜とも呼ぶ)。
地竜(ちりゅう)。
そして、極めて珍しい精霊竜である。(これは、体が物質でできていない竜全てを指す)。
体格から見て、この竜は地竜。そして、コリュウは飛竜だ。
そして、飛竜の中にもたくさんの分派がある。生まれた時に母が死んだコリュウにはわからないが。
少女は自分にすり寄るコリュウの鱗を撫でる。
……いつかは、帰さなければならないとは思っていた。
少女は人族であり、コリュウは竜族の、しかも年端もいかない子どもである。
何事もなくても、いずれは必ず別れなければならない日が来る。そう……寿命がちがうのだから。
そうでなくとも少女はいつ死んでもおかしくない職業である。
自分が死んだとき、コリュウが戻れる場所は必要だった。
少女は頷いて言う。
「近いうちに、一度はそこへ行ってみる。それは約束するわ」
「……クリス~~っ。ボクは行きたくないよ~~」
泣きが入っている可愛い子どもを、少女は説得した。
「別れようっていうんじゃないわ。一度たずねるだけよ。コリュウも、お母さんの親族とかお父さんとか、興味あるでしょ?」
「それは……」
「わたしも、コリュウと別れる気なんてないわ。一度、里帰りするだけ。……ね?」
「……うん」
コリュウは素直な良い子なので、こうまで言われては逆らえずに頷いた。
「じゃ、私の耳に何か入ったら教えるってことで、情報料は、情報の質でその時決めるわね」
「―――金を取るのか?」
非難めいた口調でいった竜に、グリーンはまずいという顔になり、少女は面白がる顔になった。
「取るわよー、もちろん。あなただって霞を食べて生きてるわけじゃないでしょ。私がここまで駆け上がるまで、どれだけの時間と努力が必要だったと思うの? あなたは、そのわたしを、タダで使おうというの?」
たかだか人族の少女が、竜族を子ども扱いできるまでになるのに、どれほどの鍛錬が必要か。
少女のくぐりぬけてきた修羅場を知らない者でも、想像はできる。
「私の強さは私の財産。それを無料で使おうっていうのは、他人の財産をかすめとろうっていうのと同じよ」
困窮した人に時折無償で、手を差し伸べることはあるが、それはあくまで少女自身の意志(ようするに道楽)に基づいて行われる。
人から強要されるいわれはない。
グリーンも脇から口を出した。
「そうですよ、ラズナー。彼女は最高ランクの冒険者です。無償でないのは当たり前です。彼女を無償で使ったら、逆に他の冒険者が困りますよ」
ものには値段がある。
冒険者にも、それぞれのランクに応じて「相場」があった。
いいものを不当に廉売すれば、一時的にはいいかもしれないが、長期的に見れば、決して、いい結果を生まないのだ。
少女の道楽についても、彼女の所属する冒険者ギルドはあまりいい顔をしていないのが現実である。……だって、来るんだもん。「勇者でさえ無償でやってくれるんだからお前はもちろんタダでやれ」っていうお馬鹿さんが。
ちなみに、少女はそういう苦情をギルドから持ち込まれると、平謝りしていたりする。所属ギルドのトップランカーの少女であるが、自分が悪いとわかっていることには弱かった。
グリーンがつくろうように話をまとめた。
「もちろん、情報料はお支払いいたしますので。ただ、このお話は内密にお願いします」
「内密? それだと、ろくな情報が集まらないけどいいの?」
冒険者は、情報が命だ。
少女も懇意の情報屋を何件か抱えているし、その人脈から有意義な情報がもたらされることも多い。
てっきり、そういう『大地の勇者』の情報網を駆使して探してほしいという依頼だと思ったのだが……。
「探すものを伝えなければ、当然、情報は来ないわ」
「ええ。わかっています。ですが……竜族の卵が盗まれたなどという前代未聞の情報が流れると、真似する人間が出てくるでしょう。そちらの方が怖いのです。偶然、竜の卵にまつわる情報が勇者さまのお耳に入ったらでいいのです」
じつになんとも空漠とした、非常に少ない確率の、雲をつかむような話だが、相手が勇者となると、ちょいと話が違ってくる。
―――勇者の恩寵。
余人には知られていない隠しスキルだが、勇者の称号を持っている人間には、神の恩寵がつきまとう。
勇者が「こうであれ」と願うことに対して、恐ろしく都合よく向こうから舞い込む事が多いのだ。ただ、一方的にいいことばかりではなく、世界のバランスのためか、比例して厄介事が舞い込む事も多いのだが。
そのスキルを知っているのかと思いつつ、少女は頷いた。
グリーンが小箱をしまおうとしたとき、少女の肩にのったままのコリュウがにゅっと首を伸ばした。
「ねえねえ! たまご、みせて!」
少女はやれやれと苦笑まじりに、相手を見る。グリーンも苦笑して、鉄の留め金を外した。鍵などはないようだ。
「こちらがそうです」
小箱の中には淡い緑色の燐光を帯びた、楕円の卵があった。
漠然と、鳥の卵を大きくしたような姿だと思っていたのだが、ちがう。
質感はゼラチンに近い。鳥の殻のように固くなく、柔らかそうだ。
卵の周囲には布が詰められて緩衝材になっているのだが、その布でわずかに卵がへこんでいるのだ。ある程度の弾力はありそうだった。
少女も竜の卵を見るのは初めてで、これが、と興味を引かれて見ている。と……。
「どうぞ。触ってもよろしいですよ」
「そう?」
じゃ、と、少女は指先で触ってみる。
思った通り、弾力のある感触だった。
へーこれが、と手を引こうとしたとき、コリュウの声が耳朶を打った。
「クリス!」
グリーンを突き飛ばすのと振り返るのと抜刀するのとそれを切り捨てるのとはほぼ同時だった。
「偽装木(フェイクツリー)……っ」
木々そっくりに擬態していて、通りがかった獲物に突然種を打ちこむ魔物である。
固く丸い種は獲物の命を奪い、その養分で成長するのだ。
油断している時に突然秒速五十発もの礫を放ってくる恐ろしい魔物だが、その脅威のほとんどは不意打ちの危険性ゆえだ。
正体を現した今では少女の敵ではない。
少女は次々飛来する茶色の礫をまとめて叩き落とし、距離を詰めて幹を両断すると、ちんと剣を鞘に納めてコリュウに声をかけた。
「焼いちゃって」
コリュウがそのとおりにすると、断末魔の声を上げながら魔物は灰になった。
植物性のこの植物は、植物そっくりに生命力が強いのだ。植物が挿し木で増えるように、切っても破片から再生する事も多く、始末するには炎が一番手っ取り早い。
さてとグリーンを振り返り、少女は顔を引きつらせた。
木箱が地面に落ちていた。
「た、卵は……っ」
体を起こした青年は、慌てた様子で卵を探す。
彼は緩衝材の布の間にうずもれた緑色を、両手ですくいあげると、絶望的な顔になった。
「ひ、ひび……!」
叫ぶ声は悲鳴だった。
少女はますます顔をひきつらせる。
さっき、私が突き飛ばしたセイデスカ?
……セイデスネ?
ついでにいえば、「勇者の恩寵」と対をなす「厄介事遭遇症(命名クリス)」も脳裏をよぎった。
幸運にはそれと同じだけの不運を。
プラスとマイナス。リターンとリスク。
ハイリターンの影にはハイリスクがある。それが世界の法則だ。
少女は、厄介事の渦が轟音を立てて自分を呑みこもうとしているのをひしひしと感じていた……。
そして、同様のことを、エルフのマーラもダルクも感じていた。
話を聞き終わり、ふたりとも額に手を当て、思うことは双方同じだ。
………………またか。
「で、でね。卵にひびが入って、竜族の医者のところに急遽運ばなきゃってことになって、ラズナーが念話で連絡取って、いちばん近い医者のところに、コリュウが運ぶことになって……医者もこっちに向かって飛ぶからって」
陸竜と飛竜では、速度に明らかな差がある。
ラズナーより、子どもでも飛竜のコリュウの方が飛翔速度は速い。
小箱を布で包んで首元にぐるりと巻き、一目散にコリュウは空を駆けていった。
そして、その後をラズナーと、それに騎乗したグリーンも追いかけて行った。
ひとりの竜族の生死がかかった重大事を、子どもひとりに任せるわけにはいかないからである。
―――そして、冒頭にもどる。
残されたクリスは、たっぷりとダルクの説教をくらう羽目になったのだった。
フルコースのダルクの説教が終わると、マーラが声をかけた。
「……クリス」
「はい」
神妙に、少女は頷く。
マーラは盛大にため息をついた。
「どーして気づかないんです? 明らかにおかしいでしょうが」
「……はい?」
「あなたこそが、いちばん、気づかなきゃいけない人ですよ? その竜使いの話がおかしいってことに」
少女は目をぱちくりする。
それはダルクも同じだ。
おかしい? なにが?
話につじつまが合わない点はなかった。
少女に誘拐犯の汚名を着せたのは腹立たしいが、事情を聞けばなるほど、詮議しない方がおかしいぐらいのものだ。
マーラはぶつぶつと考えをまとめる。
「……ということは竜族が……しかしなんのために……出生数を上げるための実験? いやでも……」
呟いた後、頷く。
「とりあえず、コリュウと合流しましょう。どこにいるのかわかりますか?」
「それが……」
竜族の医者の方もこちらに向かって飛ぶため、合流地点はどこやらわからない。
「念話……っていうので、ラズナーは合流地点がわかるそうなんだけど」
「念話ですか、ああ、その手がありましたね。じゃあ直接聞いてみましょう」
少女は驚いた。
「マーラ、できるの?」
マーラは苦笑した。
「クリスもときどきやってるでしょう」
「え、え、え?」
魔法をまったく使えない人族の少女は戸惑った。
「ときどき、クリスの危機や思ったことをコリュウが察知することがあるでしょう?」
「う、うん……」
先日も、おかげで命が助かった。
それは仲のいい老夫婦などで時々ある「以心伝心」というものだと思っていた少女はびっくりする。
「あれ、念話なの?」
「の、原始的な形ですね。関係が深いので、漠然とですが、伝わるんです。念話はそれを発展させて、明瞭な言葉が、関係性が薄くても伝わるようにしたものです。コリュウは、修行すれば習得できますよ」
「じゃ私はコリュウといつでも話せるようになるの?」
「いえ。あなたは魔力がないので、コリュウが一方的に話したり、心を感じ取ったりするだけになりますね」
「そっか……」
すこし、残念だった。
「いいなあ、マーラはコリュウと話せて……」
魔法が使えたら、というのは、魔法を見るたび思ってしまう事だ。
いいなあ、魔法が使えて。
そう思っている少女だが、魔術師ふたり(ぷらす竜一頭)の意見はことなる。
―――いいじゃねえか、あんだけ強いんだから。
→ BACK→ NEXT
- 関連記事
-
スポンサーサイト
Information
Comment:0