少女は、掌を陽に透かした。
夕暮れ時の、終わる間際の輝きのように眩しい太陽の光を、そうやって遮る。
装備品をすべて外したただの村娘の格好で、クリスは橋の欄干にもたれていた。
長い黒髪が、風に吹かれてそよぐ。
健康的に日焼けした肌も、草紅で染めた指先を除いて化粧気のほとんどない姿も、純朴な村娘そのものだ。
継ぎの当たった木綿のドレスは飾りのほとんどない質素なもので、丈夫なのが取り柄の無骨な厚手の生地でできている。
靴もまた、皮革でできた、手作りらしい粗末な靴である。
そうして一つ一つの要素を確かめればどこをどう見ても純朴な田舎娘そのものなのだか、彼女を付近から浮き上がらせる『何か』があった。
知らずのうちに目を引かれ、足を止めて、でも見てみると何故目を引かれたのか自分でもわからない、という様な。
魔族の国から、彼女の本拠地であるサンローランの町に戻ってきたのはつい昨日のことだ。
本来なら他国に出向く仕事の際には数日休養期間を置くのだが、金銭感覚の身についたエルフであるマーラはにっこり笑っていった。
「ローンの返済日が迫っています。預金は充分ありますが、それが引き落とされた後、あなたの『道楽』のせいで残高が少々こころもとないです」
……ということで、少女はすぐに仕事をする事になったのだった。
そこには、マーラの配慮もある。
あの村を出て以来、少女はずっと、胸の奥に重石を感じていた。
息を吸っても、吸った気になれない。
気持ちが重く、ずっと曇り空。
人間、暇だとろくなことを考えない。
休養という名目で暇な時間を作れば、ますます落ち込むのではという、心配りだ。
それがわかっていただけに、少女は断れなかった(実際、懐具合はマーラのいった通りであるし)。
マーラが受けた依頼は、本来なら少女が受けるような格のものではない。
サンローランの近隣のイファという町で、十代の少女の失踪事件が相次いでいた。
誘拐および人身売買組織の関与が疑われているが、今のところ手掛かりは何もない。
平たく言えば、おとり捜査、を依頼されたのだった。
どこをどう間違っても少女がやるような格の仕事ではないが、逆にどこをどう間違っても、少女ならミイラ取りがミイラになる危険はない。
橋の欄干にもたれ、憂鬱そうに、家で何か嫌なことがあって戻りたくないという風体で、少女は佇んでいた。
そうしてみると、少女はなかなかに可愛い顔立ちをしていた。
妙に気を引かれる空気も相まって、先ほどから少女に目を止める男は多かった。身にまとう深刻な雰囲気に腰が引けて、声をかける相手はまだいないが。
「――ああしていると、可愛いんですけどねえ」
離れたところで少女を見ているマーラが呟くと、ふんと鼻を鳴らしたダルクも同意した。
「中身は怪獣だがな」
「それはひどいですよ」
マーラがたしなめ、ダルクもそれもそうかと思いかけた―――が、続きがあった。
「怪獣だなんて。最低限、怪竜か怪物というべきでしょう」
「………………」
ダルクは沈黙した。
「……本気で言っているのか、それともわざとかどっちだ?」
「はい、なにが?」
ダルクはマーラの顔を数秒眺め、首を振った。
「……いや、いい」
マーラは人族の常識に疎い。だが、ときどき、ダルクは、常識に疎いと思われていることを逆手にとって好き勝手言っているんじゃなかろうかと疑う時があるのだった。
一方、少女は演技ばかりでない憂鬱そうなそぶりで、欄干にもたれていた。
その胸ポケットには、パルがいる。
隠蔽魔法で姿を隠して待機していて、万が一少女が拘束されたりして自由に身動きが取れない状況になっても、パルがいれば脱走牢破りなんでもこいだ。
「――なあ」
パルに話しかけられても、少女はそちらを見ず、口だけを動かす。
「なに?」
「……なんであいつらに、種を譲ったんだ? あんなこと言う奴らによ。あの種を売りゃあ、今抱えてる借金ぜんぶ完済できるってのに……」
少女は、口元を少し緩める。
「……パルは知らなかったっけ。私ね、あの村の人に、いのちを助けられたの」
「……ええ?」
そもそも、いかに酔狂がすぎると評判の少女とは言え、あんな辺鄙なところに住んでいる住民にまで手を差し伸べて回ったら身体がいくつあっても足りるものではない。
それが、魔王城にまで乗り込む羽目になったのは、とある事件のせいだった。
パルが留守にしていた、ほんの数日の間に起きたことだ。
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