ジョカ監禁中の出来事です。
珍しい事もあるものである。
リオンはジョカを眺めた。
いつもならリオンの遠慮のない注視に毒舌の一つや二つ即座に飛んで来るだろうに、いまは無言で憂鬱そうに、ジョカはため息をついている。
もう一度言う。
ため息をついているのである。あのジョカが。
あの、毒舌吐きまくりの、傍若無人で神経が存在しないんじゃないかというレベルの無神経で、やりたい放題のジョカが。
二人の間にはジョカが淹れた紅茶がそれはいい香りをしている。その他焼き立てのお菓子が正真正銘焼き立てであることをしめす微かな湯気を立ち上らせているのだが、ジョカはその両方とも手に取ろうとしない。
リオンの方はここでしか味わえない美味にとっくに茶菓子を平らげてしまっているので、無為に冷ますならちょっともらえないだろうかと思っているがもちろん口には出さない。
リオンが栄耀栄華の限りを尽くすルイジアナ王家の世継ぎの王子だからといって口にできないものは存在する。
焼き立てのお菓子、というのがそれだ。文字通りオーブンから出した直後の湯気までたっている菓子というのは、入念な毒味のあとに冷めた菓子とは別次元の味であった。
美味いのだ。比べ物にならないほど。
知らない頃ならともかく、知ってしまったからには虜にならずにいられようか。
週に一度、ジョカの元を訪れるのがさほど苦でない理由のひとつが、この出来たてほやほやの菓子だ。
広大な王宮ではそもそも移動している間に冷めてしまうし、毒味役の人間がまず食べ、遅効性の毒を考慮してしばらく待ち、それからでないと食べられないのだから、まさにここでしか食べられない味だった。
……話を元に戻そう。
その焼き立てお菓子を前に、ジョカは先ほどからため息を繰り返していた。
はて、さて?
リオンは首をひねってしまう。
この傍若無人な毒舌家が、何を落ち込んでいるのだろう。是非教えてもらいたいものだ。そして弱みを握って今までの鬱憤をやり返したい……いやいや弱っている人間に鞭打つのは……いやでも恨みは溜まっているので、やり返したいのだが。
リオンはとりあえず、直球で聞いてみた。
「なにがあったんだ(弱みを握りたいな)」
自分の本音はジョカから見ればダダモレであったことだろう。
そんなのに本音を明かす人間がいたらそっちがびっくりだ。
だから、リオンはジョカが返事をしたことに驚いた。
ジョカは言った。
「アイン。マルクス。ルキウス」
よくある名前だ。一人の名前だけなら、確信は持てない。でも三人揃えば、疑いようもない。
「私の宮の下働きの名前だな。それが?」
ジョカはぴたりと動きを止めた。
「……なんで、名前を覚えているんだおまえ……?」
「任官の時紹介された。普通は覚えるだろう?」
ジョカは頭を抱えた。
「……ふつう、王子様が自分の宮にいる何百人もいる召使いのなかでも下っ端のやつなんて覚えているかよ……」
「それで? 彼らがどうした?」
ジョカは笑った。
いつもの、意地悪い教師が生徒を試すときの笑顔だった。
「調べてみろ、王子。おまえは、お前の手駒をどれほど確保している?」
リオンはいま、彼が使える部下を思い浮かべる。
ジョカから、何度も何度も、言われた。
良い王になりたいのなら、王宮の中に、己自身の味方をつくれ。耳を作れ、目を作れ、と。
リオンが世継ぎの王子だから従う人間ではなく、リオン自身の味方を作れ。
さもなくばお前は騙される。臣下に騙され、臣下に捏造された臣下にとって都合のいい報告だけが耳に入る操られた王になるだろうと。
その忠告に従い、リオンはこの数年、王宮内に彼自身の味方を作ることに邁進していた。
「……判った。やってみよう」
くつくつと、ジョカは笑った。
もたらされた報告に、リオンは頷いた。そして、そのアイスブルーの眼差しを目の前に跪く人間たちへと向ける。
「……さて?」
平伏した数人の男たちは口々に話し始めた。
「で……っ、殿下、これは、何かの間違いです。わ、わたくしは、横領など……っ!」
自分に平伏する大の大人たちを前に、十四歳の少年は冷ややかに告げた。
「私に仕えて久しいお前の性根など、既に知りつくしている。証拠も揃っている。これ以上何が必要だ? ――連れて行け」
「良くやったな、王子様」
ジョカはくつくつと笑いながら言う。
「そうだな。あなたの窃盗が無関係の下働きに降りかからなくて済んで、良かったな」
ジョカはにやりと笑った。
ジョカは窃盗の常習犯である。
そしてその窃盗の罪を、下っ端の無関係の人間が着せられそうになっていた。……ついでに、上の人間がしていた横領についてもまとめて押し付けられてだ。
そこにリオンの調査の手が入り、冤罪が晴れると同時に、芋づる式に上役の不正が明るみに出た。
「あの捕まったやつ、お前の侍従だろう? いいのか?」
リオンは冷ややかに一笑した。
金の髪に青い瞳のこの少年は、そういう表情がよく似合う。
長年側仕えだった人間の気質は、承知している。
「下種な人間だった。わざわざ手を下すほどでもないから放っておいただけだ。排除する口実を与えてくれたことについては、感謝したいほどだな」
ルイジアナ王国で王権は強い。リオンが命じれば、咎なき人間も簡単に首が生き別れになる。
――だからこそ、自制していたのだ。
不愉快な人間ではあったが、不愉快なだけで殺すのはさすがにやりすぎだ。王族の、無制限に近い権力の行使は、熟考のうえ行うよう教育されていたせいもある。
「せいせいしている。が――あなたにのせられたのが少々癪に障るんだが?」
「お前にも為になったろう? お前にとって不愉快な人間を排除でき、冤罪から救われた下働きの人間三人はお前自身に忠誠を誓い、不正を働いた有象無象たちを検挙。ほら三つも利点があった」
「感謝はするが、それ以上はする気はないな。貸しでもないが、借りでもない。情報の対価は、じゅうぶんあなたも得たはずだ。あなたは指一本動かさず、私を使った。あなたの窃盗の罪を着せられていたあの三人を、私は救った。……こういうのを、相互に利益のあるいい関係――というのだろう?」
ジョカは愉しそうに笑いながら、リオンを見やるだけだ。
リオンはじっとりと睨みつけると、目の力を抜いた。
気になっていたことをたずねる。
「……私の動きは、合格点か?」
「その答えは最初にいったはずだが? 迅速さといい、証拠を集めて手繰る手際といい、上出来だ」
点のからいことでは定評がある(といってもリオンが言ってるだけだが)ジョカの評価に、リオンはふわりと浮きたつ胸をしずめるために、そっと息を吐く。
ジョカのことばを、無視してもよかった。
そうしなかったのは、自分でも説明しがたい一つの感情に気づいてしまったからだ。
――認められたい。
この、自分より遥かに年上で、自分に厳しく、腹の立つ毒舌ばかり言う人物に、認めてほしい。
なかなかやるなと、上出来だと、言われたとき確かにリオンは嬉しかった。
さんざん痛い目に合わせられたぶん、やり返したいと思っているのも嘘ではないが――この採点が厳しい上に口が激しく悪い師に、認められたいという思いも、嘘ではないのだ。
リオンが王族だからといって、媚びず、へつらわず、おもねらず、恐れない。そんな人間はジョカだけだ。
我ながら屈折しているとは思うけれど、リオンとしては、いつか彼の弱みを握って思う存分復讐を……ではなく。
――できれば、今のまま、言いたい事を言いあえる友人でいたい。
それがリオンの抱いているささやかな望みだ。
ただ、死んでも言う気はないが。
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