少女が(じつにわかりやすい)百面相をしている間。
彼も彼女を見ていた。
そして、思う。
……可愛いなあ。
少々とうが立っているのが難だけど(村娘は十五前後で結婚が普通)、こんな女の子が町にいたら、絶対に求婚者が鈴なり状態になるに違いない。
町はずれに住んでいたって話だから、そのおかげで声がかからなかったんだろうな――町長の縁者だっていう話だから、素性もしっかりしているし、働き者っぽいし、何より、この態度からして、脈がないってわけはないし……うん。
頑張るか、頑張っちゃうか!?
心の中で葛藤すること一秒足らず。
しかし、そこで悲しい現実を思い出した。
「……ごめんね、せっかく来てくれたのに。これからお得意様に配達しないといけなくて」
「そ……うですか。すみません、いきなり立ち話を始めてしまって」
寂しげな顔に、胸がぎゅっと掴まれたようになった。
―――この子、ほんと、可愛い……。
そこらにごろごろしているレベルじゃないよなあ……。
よしいけ俺! がんばれ俺!
ここで勇気を振り絞らないでどうする!
「よかったら、ここで待っててくれる?」
「え?」
「話があるんでしょ? ちゃんと聞きたいからさ、店のパン、一つどれでも食べていいから――親父、そういうわけだから!」
開いたままの扉の奥、店番をしていた父に声をかけると、少女は慌てた。
「あ、いえ、そんなの……!」
「いいのいいの。じゃ、悪いけど、すぐ戻るから」
残された少女は、仕方なく扉をくぐった。
ふわり、と鼻先をくすぐったのは、香ばしい焼き立てのパンの香りだ。
少女は店内で見回した。
ぐるりと飴色の棚が並び、扉からみて真正面のカウンターの上に、店番らしい五十代の男が佇んでいる。
この時代、パン屋には山ほどの種類のパンがずらりと並ぶ―――なんてことはない。
商品は食パンだけ。それが、小麦の質ごとに分かれていた。
ふわふわの、雲を食べている様に柔らかい高級パン。
普通の小麦をつかった上等なパン。
普通より悪い小麦を使った普通のパン。
ふすま(混ぜ物)をして焼いた、一番安くて不味いパン。
この四種類が並んでいた。
そしてその中でも分かれる。長く、大きな一本まるごとと、その半分と、四分の一に。
「あのう……」
「ああ、いらっしゃい」
店番をしていた先代は笑顔を向けた。
悲しいかな、可愛い女の子に対しては三割増で態度がやわらかくなるのが男のサガである。ついでにスマイルはタダだ。
黙っていればいかにも怖そうな顔なのだが、笑うと途端に目尻が下がって、とても愛嬌のある顔になる。
「息子の友達かい? ああ言っていたし、どれでもひとつ、持っていっていいよ」
「そうですか? ではありがとうございます」
少女は、ひょいとひとつパンを取った。
普通のパンの、一番大きなものを。
「……」
微妙な空気が流れたが、少女は気がつかなかった。
「どうやって持って帰るんだい? 籠は持っていないようだが……」
買ったものを入れる籠を片手に、普通の主婦は買い物に行く。
「あ、食べちゃいます。ここで」
「……え?」
少女は、かなり、大食漢である。
冒険者の心得として、食べられる時にはとことん食べる、を体現している。
パンを拳大の大きさにちぎると、ぱく、ぱく、ぱく。
ものの数秒で消えた。
「……………」
それを何度か繰り返し、驚くなかれ、四人家族の一日分のパンは、十分ほどで胃袋の中に消えてしまった。
「…………お、お譲さん、いい食べっぷりだねー」
少女はにっこりと笑顔で頭を下げる。
「おいしかったです、御馳走さまです」
「く、苦しくないかい?」
彼も長年生きてきたが、人の腕ほどの長さのパン一本丸ごとを十分で食べきる女の子など初めて見た。
「はい。いつももっと食べますから」
笑顔で答える少女にさらに顔が引きつる先代だった。
ちなみに、少女の普段の食事は自炊である。
主に作るのは少女で、コリュウ以外の全員のご飯をつくる。
コリュウの食事はワイルドで、自分で鳥だの動物だのを採って食べるのだ。そのほか、半月に一度ほど、買った家畜を丸かじりしている。
自炊の場合、いかに大食漢だろうと工夫すれば食費はさほどかからない。サンローランの町では、四六時中貰いものがある少女であるし。
ただ一つ、難を言えば、冒険者稼業が順調すぎて、しょっちゅう遠征するので、自炊の食事より、旅先で料理屋で食べる事のほうがむしろ多いぐらいだということだが。
ちなみに、依頼で出張する場合は、出張料ほか旅費、労賃を一日いくらで貰っているため、遠方の場合、招聘するのに城一つ買えるぐらいの莫大な費用がかかる彼らであった。
「お嬢さんは、どこに住んでいるんだい?」
「……町長さまの家で、住み込みで奉公しています」
作られた身分を、そのまま口にする。
「町長さんの?」
先代の見る目が変わった。
そんな名家に奉公できる家の子なのか―――と、軽く見ていた認識を改める気配。
少女はそっと、息を吐く。
よくある反応だ。嫌というほど。
それ一々目くじら立てるほど、少女も子どもじゃない。立場を変えれば、少女自身、同じようなことをきっと、やっているに違いないのだから。
「あの……さっきの方のお名前は、何と言うんですか?」
「ああ、倅(せがれ)かい? あいつ、お嬢さんに名乗らなかったんかい? アラン、だよ」
「アラン……」
少女は、微かに微笑み、やっと手に入れたその名前を、そっと口中で呟いた。
宝石を舌で転がすように。
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