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あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

2-26 生まれて初めてのデートです……が


 生まれて初めてのデート、なのだけれど。

 その前哨戦で少女は挫折していた。

 デートの準備、すなわち身支度。
 恥ずいよ、恥ずかしいよ、どうしていいのかわからないよ~。
 ―――相変わらずの少女の嘆きに、説教するのはもちろん、パルである。

「テメーはじゅうぶん可愛いんだ! 身だしなみをキチッとして、装身具の一つや二つすりゃあ見違える! 選んでやるからとっとと来い!」

 と、尻を蹴飛ばされる勢いで、アクセサリーを扱う小物屋に行く。道案内は、もちろんパルだ。

 パルが胸ポケットからこっそり指示を出し、あれこれと木の実をつないで色を付けた首飾りや、きれいな色の石を磨いて繋いだ腕輪などを買う。

「……ん。ま、合格だ。とにかく、お前は元がいいんだから、ちょっと手を加えるだけでいいんだよ。楽なもんだろーが」

 長いぬばたまの黒髪にきちんと櫛を通し、質素ながらも可愛い装飾品を身につけ、あとは清潔感さえキープすれば、ほら。

 道行く男も、女も、振り返るほど可愛い。

 胸ポケットからそれを眺めるパルは周囲の反応を見て気を良くする。
 少女は背筋もピンとのびているし歩く姿勢もいい。生気に溢れ、颯爽と歩く姿には人の目を引きつけるものがあった。

 買い物を終えて宿に戻り、少女は鏡で自分の顔をしげしげと見やる。冒険者稼業を始めて以来、女性らしい習慣とは無縁になった少女である。
 彼女は、今になってやっと、年頃の少女が普通にすること――鏡にうつる自分の姿で一喜一憂する――をやっていた。

 少女の場合、エルフのマーラが、水鏡などではない、他人が己を見る時のようにくっきりとした鏡像を映し出す鏡を作ってくれた。
 それでもって、自分を見たが……。

「……ねえパル。私、可愛いかな……」
 少女は冒険者稼業をしていて、よく「可愛い」と言われたが、言葉は、永遠不変のものではない。状況によって意味が変化する。
 「可愛いお嬢チャン」と言ったら、それは褒め言葉ではない。侮辱であり、揶揄である。

 よって、少女は自分が可愛いとはあまり思っていなかった。
「何言うんです、あなたは可愛いですよ!」
「そうだよ、クリスは可愛いよ!」
 ―――マーラとコリュウは援護射撃をするが……、元々、このふたりは少女に甘い。
 少女が岩石みたいな顔をしていても可愛いと強弁しそうなふたりである。

 少女はパルに水を向けた。
「パルはどう思う?」
「可愛いよ。うんうん、マジ可愛い。俺っちの見立ては確かだよなー」
「ダルクは?」
 思いっきり、不機嫌なオーラを駄々流しにして無言で佇んでいたダルクだが、顔を上げた。

 そして、眉を寄せる。
 もともと、少女は可愛いのである。
 長い艶やかな漆黒の髪。大粒の青い瞳。
 いつもの武張った装備のことごとくを外して村娘の飾り気のないドレスに身を包み、普通の村娘がしていてもおかしくない程度の質素な装飾品を身につけている。

 ―――それらすべては、自分ではない他の男の為だと思うと腹が煮えるが、それはそれとして、客観的に、可愛いとは、思う。
「……可愛いぞ」

 見るからに不承不承、という呈(てい)の一言だったが、逆に説得力はあったらしい。
 少女はほっとして、顔から力を抜いた。
「よかった。……お化粧の仕方とか、私、全然知らないなあ……」

 サンローランの町になら女性の友達はいるものの、これまで美容? ナニソレ? だった少女である。
 化粧道具ひとつ、持っていない。

 お洒落やお化粧やかっこいい男の子について気ままにお喋りする「女の子の時間」なんて、今まで持ったことがない。

 少女は、一般人とはケタのちがう金持ちなので、化粧道具自体は買えばいい。だが、「道具」と「腕」が結果を左右するのは化粧の分野も同じだ。
 いくら最高級の化粧道具を買っても、使い方さえよく知らないのでは、上手く化粧できるわけがなかった。

 戦士としてのスキルは高くとも、女性としてのスキルは限りなく底辺の少女であった。

「まあまあ。いざとなったら、飛翔呪文で戻ればいいじゃないですか。さほど離れていないんですから」
 この町はサンローランの町から歩いて半月の位置にあるが、それは山をぐるりと迂回するからで、飛翔呪文ならものの一時間もすれば着く。

 女としてのスキルが駄目駄目なことを痛感して落ち込んでいる少女であるが、マーラはそれを微笑ましい思いで見ていた。

 なんといっても少女はまだ若い。そして充分に可愛い。
 これまで剣だの鎧だの冒険だのばかりで潤いがない状況が変わり、お洒落に興味が湧いたのは、いい傾向である。

「好きな男ができれば、女の子は変わりますねー」
 そうつぶやくと、ダルクは、恐ろしく不機嫌な顔になった。



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Date:2015/11/17
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