ジョカ監禁中の出来事です。
「あ~、女とやりたい……」
いささかどころでなく下品なつぶやきを耳にして、ちょうど部屋に入ってきたリオンは足を止めた。
リオンは眩しいほどの金の髪に青い瞳の細身の美少年である。知性と意志の強さを映し出す瞳が印象的だった。十四歳で、この時期特有の、背ばかり伸びて肉付きが伴っていないアンバランスな体つきをしている。
リオンは声をかけていいものかどうか一秒悩み、そして相手はすでに気づいているだろうと結論付けてそのまま歩を進める。
扉を閉めようかと思ったが、室内は完全なる闇に包まれているので採光のためにとりあえずそのままにした。
女ひでりを自ら告白した当の人物は、物凄い恰好だった。
長椅子に半分だけ、寝ている。
ルイジアナには珍しい黒髪黒瞳の青年だが、長椅子に「足だけ」のせ、上半身はそれからずり落ちて背を床につけているのだ。
「ジョカ。そんな恰好、体が痛くなるぞ」
リオンが声をかけても、ジョカはそのいささかならず礼儀に反しまくっている姿勢のまま、振り向きもしない。
王家の王子に対して不遜極まりない態度だが、リオンもジョカの無礼には慣れていた。
彼にとって、礼儀を遵守しようという相手ではないのだ。リオンは。
リオンも、他人が同じことをしたら即座にそのアイスブルーの瞳でざっくりと斬り、「無礼者」とぽつりと断罪し、後処理は周囲のお付きの人間に任せるのだが、ジョカにそんなことはできない。
二年も付き合っているので、無礼な態度には免疫ができているともいう。
「女に会いたい……」
更なる呟きに、リオンは深刻な同情にかられた。
彼――ジョカは、王宮の奥深く、閉ざされた一室に住まうこの国の守護神である。
王族の中でもごく一部(今は国王とリオン)以外、誰も場所も存在すら知らないこの部屋は、ルイジアナ王国最大最高の秘密だ。
何か王族にとって困りごとがあるとこの部屋を訪ね、そして中にいる人間に解決を頼むのだ。
その人物こそが、ジョカだった。
ルイジアナ王家の秘中の秘であり、その存在を知らされるのは、王家の直系男子の中でも継承権一位の人間のみ。
よって、この部屋を訪れるのは必然的に男だけということになる。
それはつまり女好きの男が、何年何十年、何百年と女性に会っていないということであり――少しどころでなく、哀れな話であった。
なら、女性の小間使いをあてがえばいいのだが、それはできない。
ジョカは、ルイジアナ王家の直系以外は、殺してしまうからだ。それは彼に架せられた「呪い」の一つであり、ジョカが一人きりでここに住んでいる理由でもある。
「……私に、姉か妹がいればよかったんだがな」
「ん?」
「そうすれば、あなたにあげられたのに」
リオンは、ルイジアナ王国の直系の正嫡の長子である。王位継承権第一位であり、十二の時にルイジアナ王国の守護神であるジョカに引き合わされて以来、週に一度彼のもとを訪れていた。
リオンの言葉にジョカは長椅子に腰掛け直した。そして聞き返す。
「……はい?」
「私に妹か姉がいれば、あなたにあげるのに」
ジョカは先程のことばが聞き間違いでないことを確認し、嫌そうに言う。
「…………お前、人を物みたいに言うなよ」
「王家の姫の仕事は、有力者に嫁いでその架け橋となることだ。ちがうか?」
「それはそうだが……」
「ルイジアナの守護神であるあなたに嫁いでその精神的安定に寄与することは、十二分に王家の姫を嫁がせる利益になると思うが?」
「そもそもお前の一存でそんなことできないだろう」
リオンはふっと笑った。自信と傲慢さがにじみ出た顔だった。
リオンは王族らしく表情にも立ち居振る舞いにも自信と傲慢さが表れた少年だが、珍しい種類の美を持つ少年でもあった。彼の場合、傲慢さがマイナスではなくプラスになるのだ。
「私は正嫡の第一王子だぞ? 父に直接意見を具申することも簡単にできる立場だ。そして私が説得すれば、父は折れるさ。その時よほど条件のいい縁談が持ち上がっていない限りは」
専制制度では、国王の意向は強い。
国王が是といえば、大抵の事は通る。
そしてリオンは自分の才幹に絶対の自信を持った少年で、父親を説得できる確信がある。
――しかしその場合、ジョカの存在はルイジアナ王国秘中の秘であるからして盛大な婚儀などできず、可哀想な生贄の姫は病死したことにでもなって、ジョカのもとに送り込まれるに違いない。
ジョカはもう、ぱかりと口を開けて言葉もない様子である。
リオンは気乗り薄なジョカの態度に、首をかしげた。
「何が問題なんだ? やるという表現が嫌なら、嫁がせるのに」
「いや、本人の意思はどこにあるんだと」
リオンは芯から理解不能という顔になった。
怪訝そうに言う。
「王家の姫の結婚に、本人の意思? 何を言っているんだ?」
「――これだから王族は!」
定番の台詞とともにジョカは天を仰いだ。
「だから、何を言っているんだ?」
「あのな。仮にの話だがな。お前に妹がいたとして。その妹をこんなところに追いやるなよ」
「そうか? あなたは結婚相手として、決して悪い相手ではないと思うが」
責められてもひるむ気配もなく、若干十四歳の少年は平然と返した。
リオンは大人相手にも対等に会話できる知性の持ち主だった。
「まず、あなたは若い。実年齢はともかく、外見はとても若い。それだけでも老人とめあうよりはいいだろう。そしてあなたには他に妻もいないし、親もいない。面倒な後宮内の順位付けがないわけだ。そして、あなたの人柄も悪くない」
「そうかあ?」
思い切り声をゆがませて異議を唱えるが、リオンは気にも留めなかった。
「あなたは、自分より下の者には優しいからな」
その分、リオンに対しては非常に口が悪いが、逆よりはるかにマシだ。
ジョカは自分と対等もしくは上の人間には毒舌を遠慮なく振舞うが、下の人間には優しい。ルイジアナ王家の世継ぎの王子であるリオンには毒舌家で皮肉屋だが、下の人間には優しいのだ。
残念なことだが、世の中逆の人間の方がはるかに多い。
「他国の王族や貴族の中には、下の者を虐げることを楽しみとする人間も少なくないからな。それらを考えれば、総じて、あなたは結婚相手としては悪くないと思うが」
「――うわあ」
どこまでもドライに物事を分析した言葉に、ジョカは表情を固定してつぶやいた。
「聞いているといい事ずくめに聞こえるけどな。現実を見ろ現実を。お前の可愛い妹を女ひでりの男のところに送り込んだらどうなるかわかるだろうが」
「? 結婚と言うのはそういうものだろう」
「言葉を綺麗に飾ればいいってもんじゃない。お前が言ってるのはな、妹を俺の慰み者にするために差しだすってことだろうが」
「結婚とはそういうものだろう」
「……だめだ、話が通じない……」
「私から見ればあなたの方が理解不能だが。結婚と言うのは、性行為をすることが前提であって、むしろ無い方が問題だろう」
ジョカはリオンを説得することを完全に放棄した。
ジョカにしてみれば結婚は本人の自由意志が大事であって、決して誰かに命じられたからという理由で行うものではない。
しかしリオンにとっては命じるものなのだ。
ジョカから見れば「妹を生贄に差し出す」は、リオンから見れば単なる「政略結婚」になる。そして王家の姫が政略結婚するのは当たり前なので、何もひどくない、と。
これを価値観の相違という。
「……でもな。たとえそうなったとしても、俺は断る」
「なんでだ? 愛情の問題だというのなら、一緒に暮らして抱き合っていれば自然と湧くだろう?」
ジョカはリオンを、静謐の森の気配がにじむ瞳で見つめた。
その黒い瞳には、リオンを責めるような何の感情も浮かんでいない。ただただ、しずかだった。
ジョカは、ぽつりと言う。
「……こんなところで暮らすのは、可哀想だろう?」
リオンは口を閉ざした。
長椅子に座ったまま、ジョカは黙ってリオンを見やる。
ふたりの間には薄闇がわだかまっている。
窓のない部屋。
光源はリオンが開けたままの入口から射し込む光だけだ。
この部屋で、ジョカは三百二十年の時を過ごしたのだ。
ひとすじの光もない、この部屋で。
たったひとりきりで。
――予想はついている。
ジョカからはっきりと聞かされたことこそなくても、予想はついているのだ。
不思議の力を持ち、ルイジアナを守護するジョカ。
そして彼が暮らしているこの部屋は、窓がない。
これだけで、彼の立場について推察するには十分すぎた。
リオンは口を開き、言おうとして……何も言えずに閉じた。
謝罪を、口にしかけて、やめた。
ルイジアナ王家正嫡の第一王子。ルイジアナ王国次期国王には、彼に謝罪する権利などない。
謝るぐらいなら解放しろという話だ。それをしないのなら、単なる自己満足の謝罪にすぎない。そんな詫びに、何の価値があるだろう。
詫びることさえ許されない。
それが、リオンの立場だった。
これに始まった話ではありませんが、ジョカとリオンの価値観はずれまくっています。
もし、リオンに妹、もしくは姉がいて、王家の姫がジョカに嫁いだら?
それはリオンからすれば「ヒドイ事」でも何でもありません。
単なる政略結婚です。しかも相手の人柄は良好。何も問題ありませんな。
でも、ジョカ視点では「妹を女ひでりの男に慰み者として差し出す」ことなのです。
酷いなんてものじゃありません。言語道断、外道の行いです。
そういうズレまくった二人の感覚のお話になりました。
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