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あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

2-31 生まれて初めてのデートです 3


 その腕輪は、適当に少女が装身具屋で買ってきたものに、古びて見えるよう多少の細工をして、マーラがちょちょいのちょいで作ってくれた物である。原価は、この食事より安い。

「……こんな高いもの、もらえない。というかね、厳重に隠してしまっておくか、身につけておくかしたほうがいいよ? 君が知らないだけでさ、すごーーーく、高いんだから」

「……どれぐらいするの?」
 と聞いてしまったのは、借金持ちの身の悲しさであった。
「まあ……黄金づくりで宝石ちりばめた腕輪と同じぐらいかな」

「……そうなんだ……」
 そんな濁った答えになってしまったのは、それが、さほど高いとは思えないからである。
 あ、なんだ、大したことないな。
 と思ってしまう辺り、少女の金銭感覚はかなりズレてる。

 そういう少女の装備品は、ケタが二つほど違う。良い装備というのは、恐ろしいほどの金食い虫であり、莫大な収入の最高ランクのパーティでさえ、ローンで買う代物だ。
 他の何は削っても、装備だけは削れない。命に直結しているものなのだから。

 少女は拝み倒した。
「お願い、もらって。でもっていつも付けてて。会ったとき、転んで怪我してたでしょ?」
 先日、帰ってからマーラを問い詰め、雷を落とした少女である。

 ただでさえ、少女には暗殺者がごまんといる。
 もしそのとばっちりが来たら……そう思うと心配でたまらず、マーラに腕輪を作ってもらったのだ。

 エルフ族の命の恩人である少女は、その気になればいくらでも魔法道具をタダで作ってもらえる立場だが、それは悪いということと、絶対に「じゃあ自分も」という輩が出てくるということで、きちんと代金を支払っている。

 マーラがちょちょいのちょいで作ったこの腕輪も少女は代金を払おうとしたのだが、マーラは「貴方に初恋人ができたお祝いです」ということで受け取らなかった。

「……森の中で暮らしてたっていうし、ひょっとして、君の一家、『精霊族のお友達』?」
 稀に、精霊族と友誼をむすぶ人々がいる。
 そういう稀な相手を、『精霊族の友人』と呼ぶ。

 一般の町人が魔法道具を手に入れる機会など、それぐらいしかない。
「さあ……母が持っていたものだから、謂われは判らないの」

 アランはため息をついた。
 ……価値を教えてあげたのに、やっぱりやめた、じゃなくて、どうして押し付けるんだろう、この子……。

 アランは、価値を教えたとき、当然、「そんなに高いの?」という驚きの顔と、「やっぱりやめる」という反応を予測していた。というか、誰でもする。

 ところが、この少女は予想外の反応を次々繰り出してきた。

 価値を教えてもピンとこない様子でお願いしてでも持たせようとするのは戸惑うばかりだ。
「……こういうの、家にたくさんあるの?」
「ううん? コレの他には、私が持っているものだけだけど?」

 アランは困った顔で諭した。
 いくら恋人といっても、できたてホヤホヤ、数日前に初めて会ったばかりの関係で、貰えるものではない。
「あのね、これ、さっきも言ったように本当に高価なものだからね、困った時に、お金に換えるとかした方がいいよ」

 断言する。アランに非はなにもない。
 これは、ごく良識的な反応である。
 一般人と、大地の勇者である少女とでは感覚が違いすぎる。

 少女にとっては、こんな魔法道具なんてマーラに頼めば片手間にいくらでも作って貰えるものだ。加工の代金だって、少女から見れば大したことはない。自分の装備の何百分の一の代金である。

 置かれている立場が特殊すぎて少女はすっかり忘れているが、魔法の最優秀種族のエルフというのは、普段、人族と接触する機会など滅多にないのである。

 そして、魔力付与の魔法は、高レベルの魔術師でかつ、補助系に長けた種族しか使えない。
 人族もまた補助系が得意な種族だが、魔力適性値が低すぎる。この大陸全土でも、人族で魔力付与の魔法が使えるほど高レベルの魔術師は、五人いればいいほどだろう。

 種族的に見て補助系が得意な種族はそれなりにいるが、高い魔力があり、更にその研鑽を積んで高レベルの魔術師になった者、となると……、そんな魔術師は、大陸的に見ても希少なのだった。
 ―――ただし、少女の周りにだけ一極集中で五十人ほどいるが。
 白霧の大陸で魔力付与ができる魔術師が半分、少女の隣に引っ越してきたと思ってもらえれば、ほぼ間違いない。

 そんなわけで、エルフのマーラが片手間で作ったこんな腕輪でさえ、人族の間では極めて高額で取引されるのである。
 自分の身近にエルフ族がいて、いくらでも魔法道具を作ってもらえる立場のせいか、一般人にとっての魔法道具の希少性とありがたみを分かっていない少女であった。

 が―――押し問答を続けるのに、少女はあっさり焦れた。
「アランっ!」
 裂帛の一声。歴戦の冒険者の声に、反射的に背が伸びる。
「わたしは、あなたに、持っていてほしいの! わかった? どーしてもっていう私のお願いをどーしても断るほど、あなたは私が嫌いなの、どうなの!?」

 その迫力に、アランはあっさり白旗を掲げた。
「……イエ、いただきます」
 少女は頷いて、さっさとアランの手を取ると、手首にそれを通した。

「あなたが、どーしても気が重いっていうんなら、こう思って。私に借りているだけ、って。それならいいでしょ?」

「……申し訳ないなあ……」
 苦笑しつつ、手首にはめられた腕輪を、アランは撫でた。

 この女の子の行動は、やることなすこと一々新鮮で、予測できなくて、驚きでいっぱいだった。
 それが不快な感じがしないのは、アラン自身が暢気なせいもあるけれど、この子の言動に爽やかな風が通っているせいだろう。

 アランは笑って手首の御守りに手を当てて言う。
「じゃ、これは借りるよ。できれば、返す日なんて永遠に来ない事を祈るけどね」

 そう言われ、その意味を理解して―――少女は顔を真っ赤にした。
「どうしたの?」
 最初から、結婚を前提に、と告げていたアランは小首を傾げた。

「う、……あ、あの、ね」
 一般の村娘は、身持ちが固い。
 適齢期にさしかかった少女と付き合う、となったら、それは結婚を前提とした交際がふつうである。
 無論、婚前の交渉はなしで、結婚式の日に初夜を迎える――のだけれど。

 しばし、頭の中でのたうちまわり、少女は聞いてみた。
「あ、あのね、私、まだ結婚とか考えられなくて……。気持ちが育つまで、待ってもらって、いいかな?」

 この子が男慣れしていないことなど、見ればわかる。
 普通の町娘より、数段、うぶだ。
 すぐに赤くなるし、百面相するし、それぐらいのことは承知の上だけどなあ……と、アランはあっさり頷いた。
「うん。最初からそのつもりだし」

「そ、そう?」
「でも、ひとつだけ聞かせて。付き合ってっていったとき、頷いてくれたってことは、僕のこと少しは好きだって自惚れてもいい?」

 先ほど、アランをどやしつけたのと同一人物とは思えない様子で、少女は体を縮こませる。
「……うん……」

 アランは、とびっきりの笑顔を見せた。
「たくさんデートしよう。君のお休みいつ? 僕は時間に融通きくから、君に合わせるよ」

「わ、わたし、は……」
 ―――いつまで、嘘をつきつづける?

 心の奥からの声が、胸を射抜いた。
 ―――お前は、ただの村娘じゃないだろう? いつまで、嘘をつきつづける?

「お、お休みは、つぎ、いつ貰えるのかわからないの。ほ、ほら、仕事で失敗しちゃったし、今日、無理言ってお休み貰っちゃったし。だから、今度いつもらえるのか、聞いてみるから」

 赤くなった顔でそういう少女は、本当に可愛かった。
 目でその愛らしさをじっくりと観賞し、その女の子と付き合っている幸せを噛みしめる。

 その時料理が運ばれてきて、二人してしばらく食事に専念した。
 少女は美味しそうにご飯を食べる女の子であったので、これもまた微笑ましかった。

「そういえば、普段はどうしてるの?」
「あ、私がご飯を作ってるけど」
「どんなの?」
「いろいろだけど……野菜系と、肉料理系を必ず一品ずつは作るわ。お肉屋さんで買うときもあれば、〆るときもあるかな……」
 コリュウが大物を獲ってきた時、捌いて食卓の料理にするのは少女の役目である。
 野菜系はもちろんエルフのマーラのためだ。
 肉料理系は、カロリー消費の激しい職業であるため、である。

「あ、〆られるんだ」
「うん」
 農村に住む村娘なら、大概が持っているのが「家畜を〆る」というスキルだ。
 クリスも、その技術は村で覚えた。
 だが、町に住んでいる少女の中には、できない子も、多いらしい。

「村長さんって、いいもの食べてるねー」
 と、言われて、少女は悟った。
 毎日毎日三食肉料理を食べるのは、高収入にして過酷な肉体労働職の特権だ。
 一般人の食卓からは考えられないほど、少女の食卓は豊かである。(逆に言えば、そうでなくては日々の仕事はこなせない)。

 そんな食卓が貧しい少女のものとは考えにくく、よって少女の奉公先である町長の食事……と思うのは、当然のことだった。

 少女は頭を抱える。
 ……たぶん、いや、絶対に、この町の町長でも毎日そんな贅沢な食事を三度三度とってはいない。
 アランには誤解してもらうとして、いろんなところで嘘のほころびが出てくることに、頭が痛い。
「どんなのを作るの?」

「鳥の脂の乗った部分をスライスして、さっと焙って甘辛いソースをかけて、葉野菜と一緒にパンにはさんだり、豚肉を数日お肉を漬けておいて、それを香草で包んで焼いたり……」
「……美味しそう。是非今度作ってほしいな」
「じゃ、今度作って持ってくる」
 少女は微笑んで請け負う。

 これまで、料理で仲間たちから不評をこうむったことはない。
 本職とまではいかないまでも、結構腕はいい方だと思っているのだ、自分では。

 食事をすると、デートコースの話になった。
「このあと、どこか、行きたいところある?」
「うーん。私この町のこと、ぜんぜん知らないから、面白そうなところ案内してくれると嬉しいな」
「うん。田舎町だけど、いろいろ観光名所なんかもその気になればあるんだよ。……ま、サンローランには劣るけど……」
 ぎくっとした。

「サンローラン?」
「知ってるだろ? 異種族がいっぱい集まってる町。そんなにたくさんの種族があの村に集まるなんて、十年前には思ってもみなかったよ」
 ―――すみません、私のせいです。
 少女は突っ伏しそうになった。



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Date:2015/11/18
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