時間は少々遡る。
魔王と激闘の末敗北を喫し、少女が捕虜となった後、解放された三人は車座になって相談していた。
「コリュウ、あなたは前衛やれますか?」
「……むり! ボクの鱗、魔剣に対してはほんとに相性悪いから。あの魔王がどれぐらい魔剣を使いこなしているかは判らないけど、もしクリスと同程度だったら、ボクの鱗は何の盾にもならないよ」
あの少女が振るったとき、魔剣がどれほどの切れ味を見せたかを思い出し、一同は黙った。
確かに、少女は竜鱗を紙のように裂いたのだ。
マーラがダルクに目をやるが……。
「……俺も魔術師だからな。あの馬鹿と延々剣戟を繰り広げ続ける相手と対峙なんてしたら一秒で斬り殺されるぞ」
同じパーティだ。ダルクも、少女の技量については良く知っている。
これまで組んだ誰よりも、前衛としての能力は高い。
前衛に課せられた役目は二つだ。
ひとつ、後衛の盾。
ふたつ、切り込み隊長。
どちらも少女は申し分なく、敵の攻撃を一手に引き受け無数の傷をその身に背負い、同時に、俊足の歩法で敵地に飛び込んで無数の敵をなぎ倒したものだった。
目に焼き付いているその剣技、歩法を脳裏に蘇らせる―――あっさりと、答えは出る。
とても、無理だ。
近接の距離で少女とダルクが戦ったら、一秒で斬り殺される自信がある。その少女と、互角以上に戦える相手なのだ。
体術でも剣術でも相手の方が遥か上、しかも下手な武器で受けようものなら、剣ごと真っ二つの魔剣までそろっている。とても前衛としての役目などこなせない。
パーティメンバーからの悲観的かつ実際的な話を聞いて、マーラの額にしわができる。
現在、彼らは魔王城にとどまった少女の救出計画を立てていた。
あの魔王を、たったの三人(小人族のパルは戦力外である)でいかに倒すか。
あの魔王の戦力は数時間に及ぶ戦闘でほぼ暴いたと言っていい。
……が。
敵は、難物だった。
魔剣を用いての肉弾戦闘、それと同時並行の魔法攻撃、さらにとどめに全回復魔法!
およそ弱点らしい弱点が存在しない。特に相性のいい相手はないが、悪い相手もいない、難攻不落の要塞を思わせる全方向型タイプである。
そして、今、彼らにはあの少女がいない。
前衛となり、敵の攻撃を受け止めてくれる人間がいない。
普通の相手ならばコリュウがその役目を果たせるが、コリュウは魔剣相手だと恐ろしく相性が悪い。
高速で飛びまわろうにも、あの少女と長時間にわたって斬り合いを続ける相手である。瞬発力、反射神経、剣技、どれをとっても少女と同等以上のレベルだといっていい。
……そして、コリュウはとてもとても少女と対峙して斬られずに済む自信がない。
「……さっきの戦闘であの魔王がどれだけ魔法を使ったのかカウントしていましたがね、底なしに近いですよ。いくらなんでもおかしすぎる。魔力回復アイテムを持っているか、魔力回復のスキルを持っているか、装備品にその能力があるか……」
そういうマーラも装備品の一つに
自動魔力回復能力があるが、マーラの持っているそれにより回復する量は、さほど多いとは言えない。
数時間にわたる戦闘の間、消費量が回復量を遥かに上回り、エルフであるマーラの全魔力を使い果たしてしまった。
種を明かせば、魔王は「奇跡の水」を使ったのだが、この時点でユニコーンの存在を知る者は無い。
コリュウもダルクも魔王を止められない。立ち塞がったところで斬られて終わりだ。
ぜい弱なマーラは言うまでもない。
マーラは唇をかむ。
「やっぱり、魔剣が痛いですね……」
「助っ人呼んでくるか? 要はあの馬鹿と立ち合いができた相手なら魔王とも対峙できそうなんだろう?」
魔剣持ちはこっちも同じだ。
何ができて何ができないか、経験値は積んでいる。
なら、かつて、少女を手こずらせた相手を助っ人として呼べばいい、そうダルクは提案した。
使いこなせば鉄をも両断する魔剣であるが、少女も剣士として絶対無敗を誇ったわけではない。
様々な工夫と技量でもって、少女の前に立ち塞がった高レベルの戦士―――金を積み、彼らに今度は味方になってもらえれば、と提案したが、マーラはかぶりを振った。
「何日かかると思っているんです!? 待てませんよ!」
突然声を荒げたエルフに、驚きながらもダルクは応じる。
「……ま、まあ、そりゃあひと月かそこらはかかるだろうが、仕方ないだろう? 負けたんだから」
ダルクも、今晩少女がどういう運命にあうかは理解している。
理解しているが、この場合は仕方がないだろう。
相手は、勝ったのである。
略奪は勝者の権利であり、それはこの世界の常識からいって、魔王協会統一法第二条を持ちだすまでもなく当たり前のことだ。
そして、少女はそんなことも理解していない愚かな初心者ではない。無闇な抵抗などせず、受け入れるはずだ。
貞操より、命の方が重い。
それは男として当たり前の認識である。
必ず助け出すから、ひと月ぐらいは甘んじて待っていてもらおう―――そう思っていたのだが。
マーラはかぶりを振る。
「そんなことを言っているんじゃないんですよ! 貞操だけなら諦めもつきますが……っ、え?」
怒りを忘れたように、ダルクを見る。
「まさか……知らない、んですか?」
「……なにをだ?」
「彼女は人族で、魔王は魔族ですよ?」
「……それがなんだ?」
本気でわからずにダルクは首を傾げる。
「……第二条の項目がどのように使われているのかも知りませんか?」
「は?」
マーラは頷いて、簡略に説明した。
「魔族は強い人族を食べることで力を増します」
「―――え」
「魔王に挑戦しようなんて馬鹿なことを考えるほどに強いパーティのなかに人族がいたら、食べられるのが常なんですよ!」
ダルクがぎくしゃくと隣を見ると、コリュウも当たり前のように頷いている。どうやら、知らなかったのは、彼だけらしい。
「…………その、食べるというのは、男女の行為じゃなくて」
「そのまんまずばりの、血肉をむしゃむしゃ食べることです」
やっと腑に落ちて、ダルクは叫んだ。
「―――助けないと!」
戦場の習いとして暴行を受けることまでは負けたのだから仕方ないと納得させることができても、殺されて食べられるとなると話はまるでちがう。
さっきからのマーラの焦りがやっと理解できた。
「あの子はかわいい女の子です。妻になれ、と言っていましたし、食べるとしても褥を共にしてからになるでしょう。だから今晩は大丈夫なはず! どうしても今日中になんとかしないと……!」
そこまでは同意する。同意するが……。
「だが、あれをどう攻める?」
ダルクの常識から言えば、戦って必ず負ける相手にかかっていくのは勇気とは言わない。
単なる馬鹿だ。
少女がいれば勝算があった。
だが、前衛がいないこのパーティは、あっけなく弱体化する。他の相手ならコリュウが前衛になれるが、魔剣を持つ相手では……。
ダルクの言葉に、マーラは顔中に焦燥のにじみ出た顔で考え込んだ。
そこに、言葉をぶつけたのは、今まで沈黙していた小人のパルだ。
「なにも荒事に持ち込まなくても、頼んでみたらどうだい? あの御仁、けっこう話は通じる相手だと思うぜ?」
ダルクとマーラは、顔を見合わせた。
これまで、その可能性を考えてもみなかったのだが……少なくとも、負けるとわかっている相手に特攻を仕掛けるよりは、遥かにマシだろう。
「……ダルク、いくら出せます?」
少女を解放してもらうにしても、タダでは取引にもならない。
そして、いちばん手っ取り早く、普遍的な捕虜を取り戻す手段とは、身代金を積むことである。
「……とりあえず今手持ちにあるのは一万、町まで戻れば銀行に十万」
普通の町人と大差ない、情けない財務状況である。いや、手に職つけた職人の方が金持ちだろう。
報酬のほぼすべてを装備品に注ぎ込んでいた。
「私はサンローランの仲間たちに声をかければ一億までは出せます。……試す価値は、ありそうですね」
マーラは不退転の決意を込めて、言い切った……。
魔王は意外にも話のわかる相手で、解放はできないけれど食べたりしないし手も出さない、と約束してくれた。
くれたはいいが、彼らは一室に閉じめられた。
時間をもてあまし、ダルクはマーラに聞いたものである。
「魔族が人族を食べて力を増すって、なんでだ?」
マーラは哀れみに似た表情で、ダルクを見返した。
「ほんとうに、知らなかったんですね……。結構公然の秘密ですよ。……まあ、人族の中で知っている人は、少ないかもしれません。不愉快になりますからね」
ダルクは首をひねる。
「いや……そもそも、人族なら誰でもいいのか?」
「まさか。一般人を食べたって、力は上がりませんよ。ですが強い人族は、危険です。特に、魔王に挑戦して負けた人族は、どんな目にあっても自業自得ですからね。誰も助けてくれませんし、彼女ほど力に溢れた人族は滅多にいません。人食いに抵抗のない魔王なら喜び勇んで彼女を食べてるところですよ」
ダルクは少し考えてみた。
……あまりの気持ち悪さにやめた。
「その……もしの話だが、俺もか?」
「あなたは半魔族ですから。食べても食べられても力が増えたりすることはありませんよ。手っ取り早く強くなる方法、とか勇み足で人肉食べたりしないでくださいね、意味ないですから」
ダルクはほっとした。いかに強くなれると言っても、さすがに人肉など食べたくないし、食べられる心配もしたくない。
そして、首をひねる。
どうして魔族は人族を食べると力が増すのだ?
そういうものだから、と言ってしまえば済むのかもしれないが、ダルクとしては言いたくない。
そもそもおかしいではないか。
常日頃、自分たちはいろんなものを食べている。生きているのだから当たり前のことだ。
けれども、その力を吸収して強くなる、なんて食材は見たことない。
ダルクは聞こうとして、やめた。
そういうものです、と言われるのがオチのような気がしたのだ。
代わりに別のことを聞いた。
「これまで、あの馬鹿を食べようとした魔族がいるのか?」
「いましたよ。全員返り討ちにしましたが」
いかに法で禁じられていても、罪を犯す人間はけしてなくならない。
たとえ魔王協会統一法があっても、強い人族を食べれば力が増す、という現実がある以上、不心得者の魔族を完全になくすのは無理というものだ。
ただ、ここ最近、そう、ダルクが加入して以降はない。
彼女たちのパーティが力をつけ、同時に用心深くなり、返り討ちになる確率が増したからだろう。
勝算もなく、勝ち目のない相手にかかっていくのは愚か者のすることだ。
「だから知っていたのか……」
ダルクの呟きに、マーラははんなりと笑う。
その笑みの意味を、ダルクが知るのは―――ずいぶん後のことだった。
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