デートから帰ってきた少女は、寝台に突っ伏した。
「どうでした?」
と聞いてきたマーラに、返ってきたのは、
「…………疲れた……」
という一言だった。
「感情の振り幅が大きくって……、いちいちおたおたおたおたするしっ。返答に困ることいろいろ言ってくるしっ。あ、あたまを撫でるし女の子扱いしてくるしっ!」
かれに頭を撫でられると、嬉しい。でも逃げ出したくなる。なんでか判らない。
最初に会ったとき、彼は少女の頭を撫でた。
人体の中で最大の急所である頭を、初対面の相手に撫でさせたことなどない。あれは痛恨のミスで、もし相手が一般人に偽装した腹に一物抱える相手であったら、その場で死んでいた所だ。
一般人すぎて、警戒が薄れてしまったのか。
あるいは、心が疲れきっていて隙が生じたのか。
あるいは―――人の恨みと憎悪を買いすぎる人生に疲れて、無意識のうちに終わりを呼びこむ行動をしてしまったのか。
結果として、何もなかったからいいものの……一歩間違えれば死んでいた所だと自分を戒める一方で。
そうやって、ただの子どものように一方的に慰められたことに、心が安らいだことは、否定できない。
「……はあ……。えーと、デートは不調だったんですか?」
「誰もそんなこと言ってないでしょっ!」
「言っているようにしか聞こえませんでしたが」
「言わなきゃいけないって思って、何度も言おうとしたんだけど、言えなかったの! 何度も何度も勇気を振り絞ったけど、……言えなくって……、すごく、疲れた……」
ぽすん、と白い枕に少女は顔を埋めた。
「……世の中の女の子って、すごいなあ」
「はあ?」
ぽんぽん話が変わる。支離滅裂だ。
八つ当たりをされているのだと、マーラはやっと気づいた。
ある意味とても女の子らしい。それだけマーラに心を許している証拠でもあるだろう。
「……だって、一日のなかで気分が物凄く急上昇して急降下してそれを何度も繰り返すんだよ? それだけで疲れちゃったよ……」
「―――ああ、成程」
マーラは頷いた。
「いいことじゃないですか」
「……いいこと?」
「恋って、そういうものですよ」
そういうと、少女はう~~と顔に枕を押し付けてしまった。
人が目を背ける無惨な死体を見ても、醜悪なアンデッドを見ても、冷静に眉ひとつ動かさずに対処できる少女が、こうもうろたえ、狼狽し、感情を揺らすことなど他にないだろう。
本人はその感情の振幅に疲れてしまったようだが、感情をキープし、常に冷静な状態を保つことに熟練してしまった少女の、そういう変化は、とても微笑ましく思える。
マーラは、以前もした質問を、またした。
「彼の事が好きですか?」
「……わかんない。会うと動揺するし、いろいろ困ったこと言ってくるし、自分が自分でないようになるのが、嫌」
おやおや、と、マーラは笑みを噛み殺すのに精一杯だった。
「でも、そろそろ、サンローランに戻らないといけないですよ」
「うん……わかってる。近いしね、普通の奉公人の休暇は週に一度だから、その日だけこの町に来ればいいし」
この町にとどまっていても、アランに会えるのは週に一度だ。だったら、サンローランに戻った方がいい。
彼女たちは、魔物に苦しむ人々の、最後の駆け込み場所だ。
彼女たちを指定しての依頼料は、高額だ―――それでも、最後の最後に頼る先は、彼女らしかいない。
そんな依頼が入ったという連絡が、入ったのだ。
冒険者は、高収入だが、命の危険も大きい。
少女は冒険者となってわずか三年で、位階を駆けあがった。これは、奇跡に等しい事だ。
竜族の助力。エルフ族の魔法。小人族の探索力。どれが欠けても、ここまで急激な成長はありえなかっただろう。
そして、この地域で、彼女らの受け皿になれる後続の冒険者は、いまだ育っていない―――。
マーラは、ふと、彼女が引退した後のことを考え、すぐにやめた。
もともと、彼女らが成長するまで、この地域には最高位の冒険者はいなかったのだ。
その昔に戻るだけの話であり、エルフであるマーラにとって、人族の運命など関わった僅かな親しい人々を除けば、どうでもいいことだった。
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