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あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

2-35 デートが終わりましたが sideB


 順調に一回目のデートを終えたアランは、家で待っていたティルトを見て少し驚いた。

「待ってたの?」
 青黒い肌の、貴族の称号を将来担う少年はアランをじっと見て、言う。
「……守護の魔法がかかっている。どうしたんだ?」
 なんのことだ?
 一瞬そう思い、アランはすぐに思い出した。
「ああ、すごいな、わかるんだ。彼女から、コレ貰った」

 と、手首にはめた白い腕輪を見せる。
 腕輪自体は樹皮を編んで作られたもので、ほとんど価値のないものだが―――少年は顔色を変えた。
 アランの腕を取り、仔細に眺める。
「これを?」
「うん」
「―――そうか……」

 何やら寂しげな複雑そうな顔をして、少年は手を離した。
 アランがその態度に何かを感じてか、尋ねてくる。
「……どうしたの?」

 疑惑から確信に変わった事柄は言わず、ティルトは半分だけ口にした。
「いや……その腕輪は、すごくいいものだ。そんなものをアランに渡すぐらいだから、きっと、彼女は、本気でアランのことを好きなんだろうなと――」
 ……こんなものをぽいとくれるのだから、もう、彼女の正体は、間違いない―――。そして、アランのことを思っている事も。

「……やっぱ本物なんだ、これ……」
 魔力がこもっているといっても感じ取れないので、少し半信半疑だった。少女の言葉を疑ったというより、昔から、魔法道具だといってガラクタを売りつける詐欺があるのだ。
 少女の母がその被害者である可能性を考えていた。
「本物だとも。……アラン。試しに殴るぞ、いいな」

 ちょっとまった!
 と言おうとした時には、風を唸らせて、魔族の少年の一発が頬にめりこんでいた。
 ―――が。

「……痛くない」
「だろう? それを作ったのはエルフ族。しかも、中位以上の守護魔法が籠もってる」
「……たかい、よ、ね? 返さないと……」

 魔族の少年は目を瞬かせた。
 魔族の常識では、ありえない反応だったからだ。
「気にせずに貰っておけばいい。彼女にとって、その腕輪よりアランの安全の方が大事だからくれたんだろう」

 大体、大地の勇者のパーティにエルフがいることは有名だ。
 仲間に頼んで、作ってもらったのだろう。

「―――アラン」
 腰のある声が響いたのは、その時だった。
「あ、おやじ」
 奥から現れた先代は、難しいむっつり顔で、アランを見ていた。

「……おまえな、あの子を嫁にするつもりか?」
「……あーまあ、いずれそうなったらいいなと思っているけど」
「俺は反対だ」
 言い放たれた言葉に、アランも、ティルトも目を丸くする。

「いいか、お前はこの店の主人なんだぞ。あんな礼儀知らずで大喰らいで両親のいない子を嫁にできるか」
「大喰らい……はまあそりゃそうだけど、礼儀知らず……って。なんかやったの?」
「どれでも一つパンを食っていいっていったら、遠慮なく普通のパンの一番デカいのをとりやがった。少しは遠慮するべきだろう」

「…………」
「…………」
 眉間にしわをよせて、本気で疑問に思っている様子で、ティルトは尋ねた。
「アラン、人族ではそれは、礼儀知らずなのか?」

「え、えーと……」
 アランは額に手を当てる。
 どういえばいいのやら。
「えーと、人族では、遠慮っていう文化があってね、なんでもどうぞ、って言われて、一番いいのを選んじゃいけないんだよ」
 少年は目を丸くする。そして、少年らしく生真面目に尋ねた。

「何故だ? だったら最初から、なんでも、なんて言う言葉は使うべきではない。正直に、これこれのパンのなかから、と言うべきだろう。なんでも、という言葉の意味は、どれを選んでもいい、という意味ではないのか?」
「……そ、そう、なんだけど、ね」
「それに、高級なパンを選んだわけではないのだろう? 高級パンの一番大きいのが一番いいものなのだろう? だったら、普通のパンを選んだ彼女はじゅうぶん、その、『遠慮』をしていたのではないのか」

 ずけずけと正論で攻めてくる少年に、アランはついに説明を投げた。
 父親に目をやって言う。
「……と、ティルトは言っているし、僕も同感だけど」
「あ~、いいですか、ぼっちゃま。お判りになられないでしょうが、うちは、町ではちょっとしたものでして。それが、両親のいない女の子をというのはやはり、外聞というものが悪いのです」

 ティルトは、これは笑うべき場合だろうかと真剣に悩んだ。

 まず間違いなく―――あの長い黒髪の彼女は、大地の勇者だ。
 この大陸全土を見渡しても五組しかいない最高ランクのパーティであり、勇者の称号をもつ彼女は、自分などとは比べ物にならないほどの富豪でもあるはずだ。

 自分の求婚にちらとも心揺れなかったのもわかる。
 彼女は、自分などよりよっぽど確かなものを、独力で築き上げている戦士であるのだ。

 一国の王族と並び立てる名声を築きあげ、資産と言ったらこの町をそっくり買えるぐらいの彼女に、町家のパン屋が、「身分違い」と言っている!
 ……これは、笑うべきところではないだろうか。
 ティルトは真剣に悩んでいた。

 とりあえず、大事な友人である彼に言っておく。
「アラン」
「なに?」
「アランが彼女から貰ったその腕輪な、この店より高いぞ」

「―――」
「―――」
 阿呆面をさらして絶句するふたりに、ティルトは言う。

「魔法道具は、術者の力量とかけられた魔法によって効力がちがう。効力がちがうから値段も天と地ほども差がある。その腕輪はエルフが作ったもの。そして、込められた魔法も中位以上。そんじょそこらに転がってるものじゃない」

 彼女はどうやら身分を隠しておきたいようだから言わないが―――いっそのことばらしてしまえばいいのにと思いつつ、ティルトは少女と、アランの為に言う。

「身分違いでも、それだけの持参金を持って嫁入りしてくれる相手なら、問題はなかろう?」

 欲と打算のまざった眼差しでアランの腕輪を見る先代に、アランはさっと腕を引いて隠した。
「これは、あくまで借りものだからっ! 彼女と付き合っている間だけ借りてるものだからな、親父っ」

「う、む……」
「大体さっきまで何も言わずにいて、いきなりすぎるんだよ。ご両親が亡くなっているのだって、彼女のせいじゃないだろ?」
「う……む。ま、あ……な」

 アランはほっと眉根のしわを解く。
「今度彼女のことそんな風に言ったら、本気で怒るからな! もちろん、彼女に対して似たような事を言っても怒る」
「……わかった」
 不承不承、という形ではあるが、先代は頷いた。

 そして、アランはティルトに向き直ると、膝を折って視線を合わせる。
「ごめん。不愉快だっただろ」
「不愉快?」
「ティルトの大好きなあの子のこと、親父が変なふうに言ってごめん」
 誠実な言葉だった。

 だが、ティルトの感想はというと。
「いや、笑うのを一生懸命こらえていた」
 掛け値なしの、本音である。

「……はい?」
「私は貴族だ。だから、人族が財産や身分にこだわるのも少しはわかる。だが、アランを思ってそんな守護の腕輪をくれた相手に、それはないんじゃないか?」

 耳が痛い先代はそっぽをむき、アランは苦さを含んだ笑みを浮かべて、頷いた。
「……うん。ほんとに、それはティルトの言う通りだと思う」


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Date:2015/11/19
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