マーラは、無数の真紅の石を目の前に、考え事をしていた。
場所は、彼らがサンローランに持つ家の、彼の部屋である。
机につき、彼は机上に赤い石を並べて考えていた。
石の大きさは小指の爪ほどで、一目見たらどきりとするほど美しい緋色をしている。
この色を見たことのある者はすぐに気づくだろう。
それは炎の精霊力が凝った色。
火炎狼の色だった。
「マーラ、ご飯だよー」
とんとん、と扉がノックされ、返事を待たずに開けられる。
顔をのぞかせたのは、小さな飛竜である。
彼は空中を滑るように泳いで、マーラの机の上に放り出されている無数の石に気づいた。
数は、数百もあるだろうか。
「あ、火炎狼の石?」
「ええ……。ダルクは結晶化に失敗したので、私だけですが」
火炎狼のような、純粋な精霊力が凝ってできたモンスターは、精霊力を固化して石とすることができる。
人族の魔法使いに気づかれないよう、注意した。
別段悪いことをやっているわけではないのだが、気づかれると鬱陶しいのだ。
炎の結晶石は行くところに持っていけば高く売れる。そのため、やり方を教えろだ、一人占めは卑怯だずるいだと絡まれたことがあるのだ。
やり方を教えても、ダルクでさえ二回に一度しか成功しないのである。
わざと下手なやり方を教えているんじゃないかだの、できるようになるまで教えろだの……まったく、あの少女と出会っていなければ、人族への好意など、あったとしても雲散霧消しているだろう言いがかりの数々をつけられたことがあるのだ。
「売る? 作る?」
「……どっちに、しましょうかねえ……」
一つ一つの石は小さい。
火炎狼は精霊力が凝ってできたモンスターの中では中位だからだ。これぐらいのサイズだと、ひとつ500Gほどか。子どもでも、頑張って小遣いを貯めれば買える額だ。
それでも、数が数だ。
これだけあれば、それなりの金額になる。
こうした余禄は、基本的に個人の懐に入る。パーティの収入、ではなく、マーラの財布に入るのだ。
あるいは、エルフである彼にはもう一つ、別の道があった。
この精霊石を利用して、魔法道具を作る、という。
「炎系は、彼女と相性がいいですし。何か、魔宝珠でもと思ったんですが……」
「うん、いいんじゃない?」
魔宝珠とは、魔法使い系の最後の切り札である。
どうしたって魔法使い系は、魔法の詠唱時間がネックになる。
マーラは無詠唱魔法を習得しているが、それにしたって体内で魔法を精製し、魔法名を発声しないと魔法は現世に発現できないという欠点がある。
どんなに短い魔法でも、三秒はこれにかかる。
そして、少女なら一秒あれば十回は斬れる。
戦闘中の三秒は、恐ろしく長い。
そのために、彼ら魔法使い系は魔法を閉じ込めておく、という技術を開発した。
特殊な宝珠に魔法を閉じ込めておき、それに触れて念じるだけで、魔法が解放されるのだ。
迷宮から脱出するための糸玉の形をした魔法道具も、この宝珠技術から生まれた道具である。
「火炎系なら、彼女を巻き添えにする心配はありませんしね……。私の持つ最上級炎系呪文でも魔宝珠にしようかと、思ったんですが―――」
「うん、すごくいいと思うけど? どうしたの?」
どうにも言葉の節々が重い彼に、コリュウは怪訝な顔だ。
「―――彼女が結婚して冒険者を辞めたら、そんな道具は不要になるなあと、思って……」
やっと、マーラの口の重さを理解した。
憂鬱に沈んだ表情を、本人に見せてやりたいとコリュウは心底思う。
クリスが冒険者を辞めたら、マーラも辞める。そして、たぶん、白霧の大陸に帰るだろう。
魔法道具を作るか、金に変えるか。
二択でその事を思い、わかってはいたけれど、心が沈んだのだ。
「……ご飯、食べよ?」
「ええ」
一時棚置きにして、マーラは立ち上がる。
その背に、コリュウは呼びかける。
「待って」
コリュウは呼びとめておきながら、すぐには口にしなかった。
コリュウはその金色の目をくるりと回す。数秒考え、そして、たずねた。
「……ねえ、マーラって、クリスのこと好きだよね?」
「あたりまえでしょう。好きでなきゃこれだけ長い間一緒にいたりしませんよ」
「……そういう意味じゃなくて、好きだよね?」
吹き出しそうになったマーラである。
コリュウは、子どもの、嘘のない真っ直ぐな瞳で見つめてくる。
「ねえ、好きだよね?」
「…………どうしてまたそんなことを思ったんです?」
「誤魔化さないで」
コリュウは逃げ道を塞いで、追い詰めてくる。
「好き、だよね?」
なにも、答えられなかった。
息を呑み、マーラは、コリュウの瞳を見つめていた。
数秒の、時が凝縮された沈黙。
答えがないという答えを得て、コリュウは言う。
「……それでも、マーラは、クリスの幸せを、願うんだね……」
→ BACK→ NEXT
- 関連記事
-
スポンサーサイト
Information
Comment:0