しょっぱなからHシーンがありますのでご注意。
ジョカがリオンに「堕ちた」ことを認めるまでの一コマです。
時期的には本編の《誇りの在り処》あたり。
――こいつの神経は、果たして極太なのか、それとも無いのか、どっちだろう?
ジョカは自分の隣ですかぴーと安らかな寝息を立てる少年を見るたび思うことをまた思った。
豪胆なのか、はたまた恐ろしく鈍いのか。逆にとんでもなく鋭いのか。
……なんだか最後の選択肢が合っていそうなので、ジョカは考えるのをやめた。
まともに考えたら、腹が立つではないか。
自分の隣で熟睡できているのは、ジョカが殺せないことを見抜いているから、なんて。
――馴れ合っている時間が長すぎた。
リオンが十二のときから、三年。ジョカにしてみれば、午睡の夢のような短さだ。なのに、情が移るには、充分だった。
ジョカは、隣で眠るリオンの髪を撫でる。
太陽の光を集めたような金髪は、金髪が多いルイジアナでも滅多にいない色合いだ。大概が、幼児期から大人へと成長する過程で色が変わってしまう。
ジョカも、美しいと思う。
そう思う人間は多いようで、リオンはジョカがこの髪を褒めると、またかという表情になる。これだけの金髪だ。浴びるほどの賛辞を受けてきたのだろう。
白人にしては肌理の細かい肌。くっきりした眉に通った鼻筋。その下の薄い唇。睫毛は長く、目を閉じていると一層その長さが際立つ。頭も小さい。
目を開けば、そこには空の青を移したような清冽なアイスブルーの瞳があることを知っている。万人が美しいというだろう美貌は、今すっかり牙を抜かれて弛緩して、無邪気な寝息を立てていた。
警戒心のかけらもなく、すうすうと寝入るふっくらした唇。
あどけない、という形容すら当てはまる無邪気な寝顔をしばらく見ていると、催してきた。
熱い肉に包まれて中に精を放つ感触を思い出しただけで、すぐに股間は固くなってくる。
ジョカは犯すことを決めた。
◆ ◆ ◆
唇をついばむ。――起きない。
毛布を剥ぎ、下着ごとズボンを引き下ろす。――起きない。
昨日も犯したばかりの場所に指を入れる――起きない。
余程熟睡しているらしい。
いや、熟睡させたのは当の自分だが。
タヌキ寝入りではない。本気で寝ている。どの辺で起きるかと逆に面白くなってきた。
指を入れると中はまだ湿っていた。昨日、終わった後に風呂で掻きだしたその湯がまだ残っている。
まだ柔らかく、指はすんなり入る。これなら、傷つけることもないだろう。
指を増やし、潤滑油を塗りこめてもまだリオンは起きない。
疲れさせた張本人であることは棚上げにしてよくまあ寝ているなと思いつつ、ジョカは足を担ぎあげ、入口にあてがい、いきりたっているもので貫いた。
「――ッ!」
狭い口を割り開くように性器を挿入すると、流石に覚醒した。――当然だが。
リオンはぎょっとしたように目を見開き、ジョカを突き離そうとする。
「動くな」
ぴしりと命じる。
訳もわからず、とっさに暴れかけた体はそれで動きを止めた。
――ジョカに逆らうな。そう叩き込まれているからだ。
ジョカは暴れないことを確認し、深みまで穿つ動きを再開させる。
ゆっくりと、犯していく。
「あっ、ああ……」
リオンは寝台についたジョカの寝巻きの袖をつかんだ。
目を強く閉じ、唇を引き結んで耐えている表情が、どれほど男をそそるのか、この王子様は知らない。
根元まで挿入して、ジョカは動きを止めた。
全体が熱い肉に包まれる。
粘膜と粘膜が擦れ合う音と感触。キュッと締め上げられる感触が心地良く、出し入れすると更にそれが強まる。
苦痛を与えたいわけじゃない。ごりごりと感じる場所を擦ってやると、そのたびにリオンの体は軽く跳ねた。
「あっ、や、ああっ」
寝ているところを犯されて、状況をつかめなかったリオンの頭も、揺すられるうちに鮮明になったらしい。
寝台の上に押さえ込まれ、腰を打ちつけられながら呟いた。
「……朝っぱらから、元気だな……」
「朝だからだろ、逆に」
男の生理現象だ。
小さな穴を犯しながら囁くと、リオンは諦めたように目を閉じた。
粘膜同士の接触による水音と肉を打ちつける音が部屋に響く。
「あっ、うっ、ああっ!」
前立腺を刺激するたび、声が上がるがいかせないよう手で戒める。
限界が近い。
ジョカは腰を引き寄せると、こらえてきた欲望を解き放った。
ジョカが射精すると、リオンは物憂げな美貌で起き上がろうとした。
「まだだ。うつ伏せろ」
リオンは素直にそれに従った。
ジョカは、相手に痛みを与える性行為を好まない。リオンを抱くときだって、傷つけないよう気を配る。――通じているかどうかは、定かではないけれど。
ジョカはリオンの引き締まった白い背中を見下ろし、背骨を下に撫でる。
敏感な性感帯を刺激されて、リオンの体が少し跳ねた。
片手で握るリオンの性器はすでに張りつめている。射精はさせない。
背後から顔をつかまれ、首筋を舐め上げられて、リオンは顔を歪める。
「あ……っん…っ」
人間なんて、誰も彼も変わらない。皮でできた血袋だ。
こうして舌を這わしても、感じるのは同じ塩の味。――の、はずなのに。
柔らかくなっている後孔を指でこじ開け、一息に貫くと、リオンは息も絶え絶えに願った。
「いか……せて……っ! いかせて…ください……っ!」
あっさりとねだられて、若干つまらん気分になりつつもジョカは手を離す。
シーツに精液が染み込んでいくのをなんともはしに見やる。
――調教って、ムズかしい。
リオンの腰を掴み、打ちつける動きを再開する。肉と肉がぶつかる音と、水音が混ざった淫靡な音。そして荒い息遣いと、喘ぎ声。
全てに興奮する。
「あ…は…ん……っ! ジョカ……ジョカ……っ!」
リオンがつかんだシーツがぐしゃぐしゃになる。後ろから犯しているのが残念だ。顔を見たいのに。
リオンが男に犯されているときの、快楽に歪んだ顔が見たいのに。
どろどろのぬかるみをかき分けるように腰を打ちつけ、その締め付けに夢中になる。
「ひゃ……あ……っ、あん……っ!」
上がる艶っぽい声に、ますます煽られる。
やがて満足したジョカが精を放つと、リオンはぐったりと寝台につっぷした。
が、すぐに起きた。
汗で張り付いた髪をかきあげながら振り返る仕草は、何とも言えない色気がある。
「ジョカ……」
そのまま、ジョカの膝に手をかけて乗り上げる。
リオンの手が、精を吐きだして萎えていた性器をもちあげ、口に含む。
「ん……っ」
たっぷりとした唾液が陰茎にからまり、ジョカは下腹部に力を込めた。
快楽を与えるのではなく、汚れた性器を清めるための口淫。
リオンは基本的に従順そのもので、教えたことは逆らわないし素直にやる。
大人しく体を開いて受け入れるし、口でするのも上手くなってきたし、嫌がる様子もない。
かといって、それで調教になっているのかというと、ジョカとしては首をひねる気分になるのだった。なぜなら。
体を繋げたあとは、風呂に入る。魔法で湯を用意することは簡単で、風呂好きのジョカと一緒にリオンも入るうち、すっかり彼も風呂好きになったようだ。
「ん……な……あ……」
くちゅりくちゅりと、水音がする。
ジョカが出した精液を掻きださなくては体を壊す。風呂の壁に両手をついて突っ張る体。背のしなやかな稜線の行き着くところに、ジョカは指を指し込んで掻き出していく。
狭く湿った後孔に指を根元まで入れる。桃色の入口が広がり、指を柔らかく飲み込む様を見れば、喉が渇く。
「あ……あ……ん……!」
こぽりと白濁した液体がリオンの太腿を伝っていく。
指を引きぬき、ほっと体を弛緩させたところに熱いものをあてがった。
ぎょっとしたように体が強張るが、逃げようとはしない。諦めたように、目を閉じる。
「ん……んん……っ」
根元まで収めるとそのまま突き上げ始めた。
「ほん……とに、元気だな……」
「あんな顔で寝てるお前が悪い」
「……どういう顔だ?」
「無防備な顔で寝るな。襲いたくなるだろ」
何だそれ。
言葉にせずとも、雄弁に言いたいことは伝わった。
呆れたような沈黙は少しの間で、堪え切れず上がる嬌声の間に埋もれていく。
内部を抉りその締め付けを楽しみながら胸の突起に手をやる。指の腹で転がすように摘まむと、中がまた締まった。
耳に口づけ、そのまま舌を差しこみ、首筋からうなじを舐め上げると、明らかに寒気とは違うもので体が震えた。
リオンの肌に顔を埋めたまま、ジョカはひっそりと笑う。
貫いたもので中のいい場所をこすってやると、そのたびに手の中の白い肢体が跳ねた。
男で、しかも白人であっても、まだ少年のリオンの肌は肌理が細かくこうして密着していると吸いつくようだ。
「気持ちいいか?」
「きもち……いい……っ」
顎を掴んでこちらを向かせ、深く唇を重ねる。舌を絡ませ、その唾液を吸う。生理的な涙を含んだ青い瞳に、またぞくりとする。
手にしたリオンの性器も張りつめている。
限界が近い。動きを早め、奥深くに解き放った。
湯あたりしてぐったりしたリオンの体を今度こそ洗って、中も掻きだして、ジョカは寝台に運んだ。
「……あつい」
「ほら、水」
冷たい水を差し出すと、リオンは当然のように飲んだ。
そしてまたぐったりする。
――もっと、手ひどく、屈辱しか感じないように抱けばいいのに。
なぜ、できないのか。
理由は自分でも、判っている。何となく。認めたくはないけれど。
「……お腹がすいた……」
横になって休んでいたリオンが、ぽつりとつぶやく。どうやら、食欲が戻るぐらいには元気になったらしい。
「食べられるか?」
「食べる……」
朝方からその気になってしまったので、食いはぐれているのはこっちも同じだ。
食卓に食事を並べると、リオンは具合の悪さより食欲が勝ったようで、起き上がった。
食卓につくと、食欲を満たし始める。この年頃の、体育系の少年の食欲は、飢えた狼もまっさおだ。リオンも例外ではない。
幸せそうにぱくついている間に、すっかり具合の悪さはどこかにいったようだ。
マナーの身についたリオンの食事する姿は、人を不快にさせない。
勢いよく食べていく姿は、見ていて小気味いい。ジョカは黙ってそれを見ていた。
湿って黄色味を増した金の髪。印象的なアイスブルーの瞳。
……綺麗だな。ぼんやりと思う。
最初から、顔は好みだった。性格もまあ……好みといえなくもないかもしれない。神経が図太すぎるところは、どうだろう。
実は食事にも気を使っている。
栄養バランスという考え方がいまだない時代である。野菜、タンパク質、脂質、そして味。全てにおいて、バランスのいいものを出している。
育ち盛りのリオンにとって、ちょうどいいものを。
「――ジョカ?」
食事がめっきり進んでいない様子に、リオンは訝しがって尋ねる。
そこに恐怖の微粒子は含まれていない。
至って普通の、平易な声だ。
――だから、それがおかしいというのだ。
「……寝込みを襲われてズコバコやられて、なんで普通なわけ? おまえ……」
「実にお上品な言葉だな。人の寝ている間に勝手に犯す人物らしい」
リオンはにっこり笑って皮肉を返す。
右手で焼き立ての白パンをちぎって口の中に放りこみ、呑みこんでから答えた。
「あなたが、怯える方がいいというのなら頑張ってやってみるが、そういう訳でもないだろう? あなたの性格からして、同居している相手に怯えられたら鬱陶しいと言いそうだ」
「言いそうだな」
ごもっとも、とジョカも頷く。
「なら、別に今まで通りでいいだろう」
ジョカは頭を押さえた。
「――その結論は妙だと思うのは俺だけか?」
いや、ジョカの望む反応が欲しければ、やりようはいくらでもあるのだ。
もっと手ひどく、高圧的に接すればいい。逆らえば暴力をふるい、行為の間も痛めつける。そうすればリオンは自然と怯える。
が。
向いてない。
人には適性というものがあって、どうやらジョカは、嗜虐行為を楽しむ才能がないらしい。
リオンに性的虐待をしても、どうしても相手の快楽に気を使ってしまう。痛みがないよう、快楽があるよう――。
調教とやらをしてみようかと一時は思ったが、あれはあれで、難しいことがわかった。
なんせ、リオンは抵抗しないのである。
セオリーとしては、リオンが嫌がるのをじわじわと馴らしてく、そういうものではないか? それが醍醐味ではないのか?
ところが、あれやれ、これやれ、と言うと、リオンはあっさりその通りにするので、えーとじゃあどうしよう? という現状だ。
この辺が素人の限界である。
ジョカは不穏な眼差しでリオンを見た。
リオンは何かを感じたようで、身を引く。
想像してみる。
仮に、苦痛ばかりの性行為をリオンに押し付けたとしよう。リオンは受け入れるだろう。
この秀麗な顔が苦痛に歪み、涙をこらえながら受け入れて――ところが、ジョカはそれを想像しても、一瞬は胸が高鳴るがすぐに萎えるのだ。一物が元気になるどころか役立たずになる。
相手を痛めつけるような行為を、好む人間もいれば受けつけない人間もいる。ジョカは後者だった。
嫌悪を我慢してやってみる、という道もあるが――逆に、どうして我慢してまでそんなことをしなければならないのか。
傷は魔法で治せばいいのだし、そういう意味ではジョカは最も世界で相手を痛めつけるような性交渉をしやすい人間なのだが、性格的に、向いてない。
そして、この王子様は、とっても図太かった。
ちったあ泣いたりわめいたり、抵抗したりするのかと思いきや、あっさりとジョカの求めに応じて体を開いた。
それならそれで、手酷く抱いてやろうかと思いきや――できないのである。
理由は、うすうす、想像がついている。
ジョカは手を伸ばし、湿ったままのリオンの髪に触れた。
小さく呪文を唱えると、さらりとした感触に戻る。リオンは驚かない。この順応力あふれた王子様は、すでにジョカが魔法を使うことに、慣れていた。
ジョカはふう、と吐息をついて、食卓に頬杖をついた。
リオンが疑念を抱いた様子で、しかし黙って、ジョカを見ていた。ちなみにその手はせっせと食事を胃袋に放りこんでいる。
リオンを虐待できない理由。
ルイジアナ王家直系であり、憎んでも飽き足らない相手、意識を保ったまま八つ裂きにしてやりたいほど憎いはずの相手を、傷つけられない理由。
……わかっているのだ、ほんとうは。
気づけばリオンは食事を終えて、心配そうに、ジョカを見ていた。
ふと、ジョカは苦笑した。リオンが驚いたほど、優しい顔だった。
「なんて目をする」
「え……」
「俺は、お前をとらえ、夜毎凌辱しているんだぞ。なぜ案じる?」
「人を心配することに、理由が必要か?」
即答に、ジョカは苦笑を深めた。
――言ってしまえば、楽になれるのだろうか。
まだたった十五の、ジョカから見れば赤子に等しいような年の少年に――、認めてしまえば、楽になるのだろうか。
「……そうだな、被害者が加害者を心配するときは、必要なんじゃないか?」
いいや、楽になりはしない。ジョカの憎悪は、そこまで軽くない。
リオンは微かに笑ったようだった。
「被害者? だれが?」
ジョカは瞑目する。
――では、どうすれば楽になれるのだろう。
答えが、見つからない。いや、見つかってはいるけれど、実行できない。
四方が壁に包まれ、出口のない箱に閉じ込められているかのよう――そこで、ジョカは考えを無理矢理止めた。
駄目だ、考えてはならない。
これ以上考えたら病む。やっと……やっと、あそこから出てきたのだ、考えてどうする。
箱。小箱。牢獄。閉鎖空間。考えるな、思い出すな。自分はもう、あそこから出られたのだ。
……あの狂気を思い出すな。
ジョカは、深く、ゆっくりと呼吸を繰り返す。
――楽になりたい。
すべてを過去にしたい。終わったことにしたい。
楽になる方法は、わかっている。実行する力もある。あと、残るのは、実行する「意志」だけだ。
――滅んでしまえ、こんな腐った国。
ジョカには、この先、この国が辿るであろう道筋がはっきりと読めた。
全てを己に頼りきっていたこのルイジアナ。
その国から自分がいなくなれば、この国の待つ運命はひとつだ。むろん、無数の分岐はあるが、余程の才覚を持つ指導者がいなければ、早晩この国は沈む。
ルイジアナ建国より三百年余。その間、細かなひずみが無数に国のそこここに溜まっているのだ。ジョカの力によって解決してきた歪み。ジョカに頼ることによって、押し付けることによって、解決したつもりになり――実際は先送りにしてきた問題。
それが、一気に噴き出すことだろう。
なら、今ここで自分がそれを実行したところで、いいではないか。あの闇の牢獄で味わった苦痛を解き放ち、楽になってもいいではないか。
滅ぼせば楽になれるだろう。でも、ただひとりがそれを止める。
「ジョカ」
気がつけば、リオンが手を握っていた。
いつ、椅子から立って、対面にいる彼のところまで来たのか、気づかなかった。
温かな両手が、ジョカの手を包んでいる。
……その願いを、果たさせてくれない、張本人。
人の、ぬくもり。
人肌は、人をほっとさせる。
ジョカの態度が変なのを見て、精神的に不安定であることを知っているリオンは動いたのだろう。
この王子様の態度は、変、の一言に尽きる。
委縮しているわけでもないし、格別好意に溢れているというのでもない。異常なことに、極めて異常なことに、「以前のまま」なのだ。何故か。
男なのに男に凌辱され、毎日性処理の道具として使われて、なのに態度は以前のまま。
おかしいだろう。
ちょっと足し算のできる人間ならわかるぐらいに、この王子様はおかしい。
以前の――友人であった頃のままの態度で、ジョカに接し、ジョカに話しかけ、ジョカを心配する。
そのこだわりのなさというか、精神の強靭さは、呆れるほどだ。
神経が焼き切れているか、神経が極太か、神経がそもそもないのか、どれかに違いない。
繰り返すが、鋭いとは考えたくない。
それが正解と考えるとシャクにさわってしょうがないので、考えたくない。なんだかそれが正しそうなので特に。
ジョカは、リオンに握られた手に、目を落とした。
……あたたかい。
手と手を通じて、リオンの気遣う心が、伝わってくる。
こんな風に、誰かのぬくもりを感じたのは、いつ以来だろう。
……認めるだけで楽になれるのなら、とっくに認めている。それぐらいには、ジョカは自分の心の動きに無知ではなかった。
でも、ジョカは、ルイジアナが憎い。
この国が、憎い。その憎しみを思うだけで、息が滞り、胸がひりつくような痛みに襲われる。
ジョカが、もう少し年若なら、リオンに土下座してでも頼んでいるだろう。どうか殺させてくれ、滅ぼさせてくれと。そうしないと胸の狂気は収まらない。なんならその後で自分を殺してもいいから滅ぼさせてくれと。
ジョカは楽になりたい。
とめどない憎悪の泉は、己自身も溶かす強酸だ。憎悪に全身を浸しているのは、つらすぎた。
――楽になりたい。
心に絡みついた憎悪の鎖を浄化したい。
方法は判っている。力もある。あとは、意志だけなのだ。
堂々巡りの思考の迷路。
苦しいのだ。
楽になりたいのだ。
――でも、リオンを、殺したくないのだ。
ルイジアナを滅ぼせば、ジョカは楽になれる。でも、そのときリオンがどうなるかなど、幼児でもわかる。
だからジョカは動けなくなってしまう。
ジョカは、リオンの手の間から右手を引き抜き、その首をそっと撫でる。
――ジョカが少し、力を込めれば、こんな首はすぐに落ちる。
ジョカを救い、そして、ジョカを苦しめている人間。
天秤の両方に、等しく、乗るものがある。
殺意を込めた一撫でに、さすがにリオンの体が強張った。
今まさに、ジョカがリオンを殺あやめようかと、天秤を揺らしていることに、気がついた。
わずかな事象にも揺れる天秤が少し、傾くだけで――リオンの首は落ちる。
ジョカを魅了してやまないアイスブルーの瞳が、恐怖に染まる。そして、すぐにジョカを見上げた。涙の膜がかかった瞳。
彼は死ぬのが怖い。当たり前だ。
蝶よ花よと育てられてきた温室育ちのぼんぼんだ。
恐怖を感じて当たり前。死を間近に嗅いで恐怖に目がかすみ、涙を浮かべ、だがジョカを正面から見る。
ジョカは待った。
命乞いのことばを。
だが――リオンは黙ってジョカを正面から見据えたまま、何も言わなかった。
「……命乞いをすれば、助けてやるぞ?」
嘘ではなかった。嘲りでもない。
命乞いをされてもなおこの少年を殺せるほど、強い意志はない。懇願されれば、天秤は殺さない方に傾く。
しかし、リオンは、頑固にかぶりを振った。
「……いやだ」
死の匂いを嗅いで、それでもなお彼の偏狭さが、間近にある救済の道を拒む。
リオンの誇りが、惨めに命乞いをする事を是とせず、同時に子どもっぽい意地が闇雲に拒絶させる。
そして、それでも、手は離れない。むしろ、ますます強く握られる。
人肌のぬくもりを、彼に与え続ける。
結局、ジョカはリオンの首から手を引いた。
この場合の「正解」は、ジョカに命乞いをすることだ。ジョカはいま、精神的に不安定で、それをリオンも知っていて、もののはずみで殺しかねないのだから。
口を開き、数語のことばを紡ぐだけで、ジョカは動けなくなる。ゆらゆら天秤が揺れる不安定な状態が止まる。もののはずみで殺されかねない状態が回避される。
意地も誇りも結構だが、命を買えるのだ、時には臨機応変もアリだと、割り切るのが一番正解だが、それができないのが、若さなのだろう。
……ジョカを解放したことも、若さ以外のなにものでもないけれど。
――どうして、この王子様を殺せないのか。
わかっているのだ、とうの昔に。
傷つけたくない。苦しめたくない。彼が泣くのも、死ぬのも嫌だ。世の中の美しいものだけを見せ、抱きしめて甘やかしたい。
なんてわかりやすい。
そんな感情は何だと問われれば、自分のことでなければ即答するだろう。
ジョカはリオンに恋をしていた。
……うん、性格って大事ですね。
普通ならじゅうぶん虐待している扱いなんですけどね? 慰み者にしているわけだし。しかしツタ並みの神経のリオンにとっては平気の平左。彼をジョカが虐待するのは至難の業。
本人も困ってますが、○○しろ、と言ってあっさり「はいわかりました」と言われたら後はどうすればいいのやら。
反発されればいいものの、従順にされると逆にどうしていいのかわからんという……。そこで無茶ないちゃもんをつけれる性格をジョカはしていなかったり。嗜虐趣味でもないし。
おまけに、ジョカはリオンに惚れてますから。
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Thema:自作BL連載小説
Janre:小説・文学