2-43 決意
少女が出て行き、それに伴ってコリュウも出ていった部屋で、黙っていたパルは、すらりと優美な肢体のエルフに聞いた。
「……あんたは、それで、いいのかよ?」
「なにがです?」
微笑しながらの、動揺の見えない顔だった。最上質の水晶のように澄み切った。
その表情だけで伝わるものが、男にはあって、パルは頭をかいた。
「……わかった。あんたがそう言うのなら、俺っちも手伝う」
マーラが決めたように、パルも決めた。
この、愚かなほどに一途なエルフが哀れで、心を決めかねていたのだが、彼がそう決めたのなら、それでいいとしよう。
マーラは緑の髪に触れる。寝込んでいる間ずっと洗えなかったが、先ほど水精霊を呼んで洗髪したので、さらりとした感触だ。
看病してもらった間、うなされながらも、目を覚ました時はいつも少女がいたのを、おぼろに覚えている。
「誰かを好きになると言う事は、幸せな感情ですね。この大陸に来て、やっと、それがわかるようになりました」
「…………」
「基本的に、エルフというのは、感情の起伏に乏しいんです。変化のない森の中で、食べる必要もなく同じことを毎日繰り返すだけの日々を過ごしていれば、自然と、ね」
―――それだけに、異種への反発も激しいのだ。
あの子どもを追い出したときも、罪悪感などかけらもなかった。異物をやっと排除した、元の平穏な日々が戻ってくる、それぐらいだった。
無感覚の悪意ほど、恐ろしいものはない。
その頃の自分たちの愚かさを思い、マーラは自嘲とともに唇を歪ませる。
悲劇を食い止めるには、何の特別な才覚もいらない。
ただ、差し伸べる手がひとつ、あればいい。
あの半精霊族の子どもがいなければ、彼らは、森への侵入すら許すことはなかっただろう。
あの森に住み、精通し、エルフの張った結界すべてを覚え……そして、エルフの抜け道をも知っているあの子どもがいたから、襲撃は成功した。
その抜け道を教えたのは、エルフだ。
出て行け、という意志を込めて。自発的に出て行ったという事にしたくて。あの子どもに教えた。
……行いへの報いとしか、いいようがない。
「私はこれまで百年以上生きてきましたが――この数年が、最も、生きている実感があります。人は、平穏だけでは生きる喜びも感じられないものだと、初めて知りました」
苦痛と、苦難があってこそ、一つ一つの喜びが一層大きく鮮やかに心に響く。
マーラはうっすらと笑う。山のような苦難の果てに救いを見出した聖人が、その救いを目の前で攫われたような笑みだった。
「彼女が、幸せになってくれるのなら、私は、何も、望みません」
その時だった。
マーラは急に顔を上げた。
虚空の一点を見つめ、目を閉じる。
ややあって、目を開けた。
「……そう、来ましたか」
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