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あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

2-44 サンローランの町


 サンローランの町は、この近隣随一の都市である。

 異種族混在の街として、大陸中にその名を轟かせているその町は、ラクリア王国唯一の自治都市でもあった。

 大陸全土から人を集め、大きな商業収入を上げているその町は、税収も莫大なものがあった。
 その税収の見返りとして、自治権を勝ち取ったのである。
 とはいえ、税率としてはささやかなものだ。
 それでも、国庫に多大なる貢献をするほど、商業が盛んなのである。

 この大陸で他にエルフの魔法を買える場所は無く、無数の異種族たちの特異能力を「金を出すだけで」購入できる場所も他にないとなれば、大陸中から人間が訪れる。

 そして人間は、食事をし、買い物をし、寝床を必要とする生き物だ。
 多くの人間が集まればそこには需要が生まれ、需要を満たすための商業チャンスが生まれ、雇用が生まれる。

 しかし、それと背中合わせの危険があった。
 聖光教会の強硬派がそれである。
 彼らがその町が産む利益を餌に領主をけしかけ、領主がサンローランを無理やり領地にして重税を吸い上げようとしたら――その危険を背景に、一年前、少女は王国上層部に、面談を申し込んだ。

 王国の上層部は、その申し出を受けた。
 もう彼女は、吹けば飛ぶような一冒険者ではなかった。
 滅多に出ない最高位の冒険者であり、この地域全体の安全保障の柱のひとつであり、勇者の称号を持っている。
 一国の国王とも堂々と面会を望むことができ、そしてそれを受け入れられる存在だった。

 その席で、少女はあの町がこの国に存在することで生じる利益を説明し、自治権を要求した。
 そもそも、彼女がいなければ、あの町は生まれなかった。
 ほんの五年も遡れば、あそこにあったのはただの何の変哲もないひなびた農村であり、その税収など微々たるものだった。

 それを思い出させ、少女があの町を作り上げたも同然であり、彼女を敵に回すという事は、その後援である無数の異種族を敵に回すということを理解させた。
 そもそも、あの町があそこにあらねばならない理由など、何もないのである。
 条件が受け入れられなければ、条件を受け入れてくれる他国に移住することを匂わされ、宰相は折れた。

 エルフ族の魔法は、容易に町ごとの移動を可能にする。そして、エルフは、彼女の求めに、いくらでも力を貸すだろう。

 それがわかったので、欲をかいて最高位の冒険者――この国一帯の守護者と、莫大な税収を生みだす町を無くすより、自治権を認めた方が得だという計算から、宰相は頷かざるをえなかった。

 現在、サンローランの町は、今までにないほど異色の町として知られている。
 行政の機構上は、大幅な自治権が認められている事。これには徴税権も含まれ、集められた税の中から半分を国庫に納める。
 そして、町自体としては挙げるとキリがないほどだが――まず、最初に訪問者が訪れて驚く事は、都市壁が、「樹木」で出来ていることである。

「ふ、ふええええ……」
 アランは、その町の姿を見たとき、そんな声を上げるしかなかった。

 『都市壁』の高さは相当なもので、およそ成人男子の身長の三倍超はあるだろう。
 かなりの高さである。
 そして、その壁は文字通り、『樹木』で出来ていた。
 木製ではない。樹木製である。つまり、生きていた。生きた樹木が絡まり合い、壁を構成しているのである。
 遠くから眺めたときの壁色は、緑が七割、茶が三割だ。絡まり合った太い茶色の紐は、どこが幹でどこが枝なのかさえ定かでないが、茶色の胴体のそこここから緑の葉がのびて、都市壁を覆っている。
 葉の一枚一枚の大きさは、ごく普通だ。アランも間近で見てみたが、彼も良く知る普通の樹木の葉だった。
 それが、とんでもない規模で密接に絡まり合い、壁を作り上げているのである。

 ――森の精霊族の、棲み処。

 この町に初めて来た人間は、まずその外観に圧倒される。無言のうちに。
 アランも例外ではなく、ぽかんと見やるうちに、馬車は見る見るサンローランの町へと近づいていった。

「アラン。いつまでその呆けた面をさらしているつもりだ?」
「あ……ああ、ごめん」
 馬車の窓から出していた顔を引っ込める。
 この馬車は、ティルトのものである。
 自分よりずっと幼い少年に頼るのは気が引けるのだが、アランがクリスに会いたいと言ったところ、全面的な協力を申し出てくれたのだ。

 繰り返すが、人族の移動手段で、最も早いのは、馬である。
 早馬が一番だが、馬を持たない人間の現実的な移動手段としては、乗り合い馬車になる。
 しかし、アランの住む町と、サンローランとを結ぶ乗り合い馬車はない。直線距離は短いが地形が悪く、馬車など通れない非常な難路になるのだ。

 普通に迂回路を歩いて行こうと思っていたアランだが、ティルトはあっさり言った。――馬車を出そう、と。

 固辞しようとしたのだ。最初は。
 だが、魔族は直球勝負なだけに押しが強い。あれよあれよという間に押し切られ、気がつけば、その日のうちに馬車に乗っていた。
 普通の乗り合い馬車ならとても通れない難路だが、「魔族」の「貴族」の馬車ともなれば、話は違うらしい。難路だと聞いていたのだが、乗っていても一体どこがだろう?と首をひねってしまうほどだった。

 まあ、貴族の馬車というのは庶民のそれとは別世界のもので、振動も優しいしいろいろとアランには想像もできない改造がなされているのだろう。内装の調度品も迂闊に触ったら汚れてしまいそうで手を触れる事も出来ないレベルで、出てくる食事も夢のようだった。

 貴族の御子息であるティルトの外出にはもちろんお供がいて、二人ほど、屈強な青年が護衛兼御者として付き添ってくれた。
 これも、アランにはむずがゆい。
 どう見ても、アランより彼らの方が良家の使用人らしく風采が立派で、身なりも整っているというのに、あくまで彼らはアランを立てて、「主人の大事な友人」としてお客様として扱ってくれるからである。

 サンローランの「門前」では、全員が下りた。
 たとえ、やんごとなき身分の貴族であろうと、サンローランでは無条件で入門は許可されない。どんな種族の、誰であろうとだ。
 馬車から下りると、お付きの青年二人が即座に裏にまわり、荷物を持ってきてくれた。
「申し訳ないなあ……」
「気にすることはない。彼らはそれが仕事だし、私自身が、一度サンローランには行ってみたかったからな」

 ティルトは感心するように都市壁を仰ぎ見た。
「……空にも結界がある」
「え? そうなの?」
 他の都市と同じく、空は素通しに見えた。

「ああ。……飛行の魔法を使えるほど高位の魔術師は珍しいが、使えたとしても、無許可で侵入はできないだろう。透明の魔法の網が張り巡らされていて、空中で宙づりになる。力技で破るのは、この結界を作り上げたエルフ全員との魔力の力比べになる。……竜族でも無理だ」

 アランは感心した。
「すごいな……」
「――それだけ、防御に力を注がなくてはならないということだ」
「え?」
 ティルトは黙ってアランを見つめたが、何も言わなかった。
 聞きたくなかろうと配慮したのだ。

 宝石よりも貴重な希少種族が集まった都市。
 その最大の敵は、彼らを狙う人族の奴隷商である、なんて。


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Date:2015/11/21
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