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あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

2-47 顕れた真実 1


 そうして町をうろついて小一時間もすると、樹木製の門が見えてきた。
 そびえたつ、という形容がぴったりの、背丈はアランの身長の三倍は優にあるだろうまっすぐな背の高い木が二本。
 木の間はアランの身長の少し上あたりで、青い布で結ばれ、その前にはいかにも門番という呈の人間がいた。ふさふさした毛皮。鳥獣系の、獣人族だ。
「……あれは、やっぱり」
「立ち入り禁止の、区画だろうな」

 少年はいくぶん速足で近づきながら、アランを振り返った。
 身ぶりで指示され、アランはポケットから蝶を取り出して頭にのせる。

「アラン様ですね」
 近づくと、獣人族の門番の青年は向こうから話しかけてきた。
「マーラ様より、承っております。どうぞ」
 不思議な事が起こった。
 門を一歩くぐると、視界が一変したのだ。
「……!」
 驚愕して、アランは足を止め、首をぐるぐると回転させる。
 門は、樹木製の、素通しのものだった。二本の木の間には何の障害物もなく、その奥の建物らしきものの姿もうっすらと見えていたのに。

 なのに、今目の前にある景色は、まるで別物だった。

 高い、高い、天を衝くほどに高い木が、どこまでもどこまでもそびえている。
 そしてその樹高にそぐって立派な枝ぶりの枝の上に、小さな家がいくつも点在していた。

 信じがたいほどに巨大な樹だった。限界まで顎を上向けても、梢の先が見えない。空の彼方まで続いているようだ。
 比して胴周りも太く、大人が二十人で手を繋いでも繋ぎきれないほど太い。
 ぜったいに、こんな巨大な木はなかった。
 こんな規模の木があれば、町に入る前から見えたはずだ。

「……ゲート……」
 ティルトは呟く。アランは振り向く。
「ゲート?」
「異なる二点の空間を繋ぐ魔法だ」
「僕らは、あの門をくぐった瞬間に遠く離れた場所に移動したってこと?」
 そんな便利な魔法が、存在するのか―――。
 頭がぐらぐらする思いでアランは尋ねると、ティルトは首を振って否定した。
「……いや。ちがう。人族のアランは魔力を持たない。魔力を持たない者がゲートを利用できるはずがない。結界……? 目くらましか? サンローランの町から見るときは目くらましがかかっていたのか?」

 門番の青年は、にっこりと微笑んだまま、答えない。

「風の精霊族の長老様が、お待ちになっておいでです」
 案内され、その後ろに従う。

 アランの頬を、ひやりとする空気が触れた。
 空気の匂いさえも、さっきまではちがう。
 清涼な空気。魔力のないアランでさえも、感じ取れる。
 神聖さが宿った大気は、息を繰り返すうちに、体の中から浄化されるようだった。
 アランは後ろの従者の青年二人を振り返った。きちんとついてきている。

「ここが、空の精霊族の棲み処かあ……」
 視界は正面の巨大な木がいっぱいに占め、入りきれずにはみだしている。
 その木に向かって歩きながら、アランは呟いた。
 空の精霊族である彼らは、空を飛ぶことができる。一般人のアランは、それぐらいしか、知らない。

 木のたもとに、その人は立っていた。
「こんにちは、アラン様」
 アランは呆気に取られる。その人は、昨日出会った、案内所の美女だった。
 青い髪と瞳をした、髪の色以外は人族と何ら変哲のないように見える相手。
「……空の精霊族、だったんですか」
「はい」

 考えてみれば、あの蝶。種族が違うとできない意志の疎通ができていた。森の精霊族と、空の精霊族。同じ精霊族だ。

「ここは、勇者さまが我が一族に下さった安住の地。勇者さま以外の人族が入るのは、とても珍しいことですよ」
「はい、ありがとうございます」
 アランは頭を下げた。

 これだけは聞いておきたい。
「翼は―――?」
「使用するときだけ、広げます。そう、こんな風に」
 女性の背から、光の束が広がった。
 馬鹿みたいな顔で見つめるアランの目の前で、傘を広げるように放射状に光は広がり、背を覆う。

「私たちは空の精霊族。翼を打ち振って空気を叩き、その力で空を飛ぶわけではありません。実体の翼は、いらないのです」
「はあ……」
 アランは感心して頷く。
 ティルトは口を開いた。
「―――他の精霊族の方は?」

「皆、樹の上に。申し訳ありませんが、皆、怖がっているのです。ご容赦を」
「あなたは長老……なんですよね? あなたを一人置いて?」
 アランの考えでは、そういうエライ人が見知らぬ相手と会うときには、こう、従者とか、護衛とか、連れているのが普通なのだが。
 彼女は、優雅に答えた。
「上に立つ者は、忌避される行為をその身に引き受けるのが役目です」

 アランは感心した。
 ティルトと話していてもよく種族ごとの考え方の違いを感じるが、彼女もだ。
 人族において、そんな精神は忘れられて久しい。身分制度の精神は形骸化して忘れ去られ、身分制度だけが延々と残り続けている状況だ。
 人族において、上に立つ者は、嫌なことは下っ端に押し付けるのが普通だった。

 アランは少年を振り返る。
「ティルト、何か聞きたいことは……ッ!」
 突然だった。
 魔族の少年は、彼女と距離を詰めると、即座に気絶させた。精霊族の長老はその場に崩れ落ちる。
 空の精霊族は、一様に魔法能力に優れ、身体能力に劣るという欠点がある。エルフほど極端ではないが。
 この距離まで詰めた状態なら、どれほど魔法に優れようと、無力化は容易だ。

「ティルトっ!?」
 状況を理解できないまま、アランが困惑のまま叫んだ瞬間。
 ティルトの拳が、アランの腹部に深々と突き刺さった。

 魔族においては、力こそが正義。
 力ある者に無条件で惹かれる性質を持つ彼らは、貴族だからといって鍛錬をおろそかにすることは決してない。
 その貴族の嫡男であるティルトも、幼少から厳しい戦闘訓練を積んでいる。
 何の力もない、非力な人族を無力化することなど、造作もなかった。

 ぐらりと倒れるアランの体を、小さな少年の体は揺らぎもせずに受け止めた。
「……ありがとう、アラン」
 想いのこもった一言だった。その一言だけは、紛れもない真実が込められていた。

 アランのおかげでこの場所に来ることができたという意味ではなく。嘲りでもなく。
 出会ってからこれまで、自分に親切にしてくれてありがとう、という、たったひとりの人族の友人に向ける謝意だった。


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Date:2015/11/21
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