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あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

2-50 失われた中にのこるもの


 アランが目を覚ました時、真っ先に目に入ったのは、緑の髪と尖った耳を持つ、優美な美形だった。
 ……エルフだ……。
 ぼうっとした頭でそんなことを思い、噂通りの優しげで気品ある美貌にうっとりする。

「目がさめましたか?」
 アランは直前の記憶を思い出し、はっとなった。

「ティルト!」
 思い出した……かれは!

「ティ、ティルトが……いきなり精霊族の人に暴力を……!」
「わかってます、すべてわかってますから」
 緊迫した表情で、マーラは遮る。
「彼は今、暴れています。今なら大した罪にはなりません。ですが、暴れれば暴れるだけ、罪は重くなる。どうか大人しくするように説得してください。あなたが説得すれば、聞くかもしれない。来てください」
 マーラがアランを覚醒させたのは、このためだ。
 緊張の面持ちで、アランはうなずく。
「わ……っ、わかりました」

 大樹の根元では、激しい戦闘が行われていた。
 視認もできない速度で戦っているのは、あの少年と、少女と、空を飛びまわる竜だ。
 少女の剣と、飛び回る竜の牙と爪を相手に、少年は一歩も引かない。

 少女が少年を殺さないよう、傷も付けないよう、時間稼ぎに徹しているとはいえ、大樹に近接しているため飛竜が炎を吐けずにいるとはいえ、このふたりと渡り合っているのだ。
「ティルト……」
 素人であるアランから見ても、少年の技量が凄まじいことはわかる。
 少年が戦っているところを初めて見たが、あんなに強かったのか――そう思い、すぐに自分のすべきことを思い出した。
「ティルト!」

 叫び声に、少年はぎょっとして振り返る。
「なにをしている? 駄目じゃないか!」
「ア、アラ、ン……」
「せっかく無理言って入らせてもらったのに女の人に暴力をふるって暴れて。さあ、僕も一緒に謝ってあげるから、剣を置いて」
「アラン……」

 ぎっと、少年は、憎しみが凝縮したような瞳でマーラを睨む。
 そして、自分の腕を強く握り締めた。
 ……戦っているのだ。
 宿主が宿した感情と。
 その間、少女たちは攻撃の手を休めていた。
 どう出るか。動向を注視する―――。
 数秒間に及ぶ葛藤。
「……貴様ら……。きさまらあああっ!」
 少年は絶叫すると、背を翻し、走りだした。
 大樹とは、反対の方向へ。

 走りながら絶叫する。
「炎の巨人よ! 敵を殲滅せよ!」
 少年が懐から何かを撒く。
 撒かれたそれは、瞬時に巨大化する。その身の丈は、人の身長の三倍を優に超えた。
 石でできた、真っ赤な巨人が現れる。その数、およそ十体。

 壁、兼、時間稼ぎ。
 少年を追いかけようとした少女は、進路を塞がれ、舌打ちする。
「マーラ、消火おねがい!」

 そう叫ぶ少女は、間違いなく、アランが妻へと願った、あの少女だった。
 恰好がまるで違うので、外見から来る印象もがらりと変わる。

 額には額当て。胸には胸当て、利き手の反対側にだけ肩当てをつけ、腰には剣帯とスカート。右手は剣を握り、下肢には体にぴったりした黒い下衣ズボンの上からすね当てをつけて、短いスカートからすらりとした足が伸びている。
 どこからどう見ても―――、冒険者の姿だった。
 その少女が炎を身にまとった石の巨人に向かおうとしているのを見て、思わず声をかけてしまった。
「き、危険だよ! あんな大きな……!」

 振り返った少女は、不思議なものでも見るような目で彼を見た。
「ひょっとして、私を心配してるの?」
「そうだよ!」
 少女は目を丸くした後、破顔した。
 アランはそれまで、これほど人を安心させる笑顔を見たことがなかった。
「―――アラン。教えてあげる。人を助けて命を落とす人間を、勇者と呼ぶんじゃないわ。人を助け、自分も生きて帰る人間を、勇者というのよ」

 人を力づけ覇気あふれるその笑顔は、まさに勇者の微笑――。
 見惚れるしかない微笑というものがこの世に存在するのだと、初めて知った。

 呑まれてしまい、アランは彼女が炎の巨人に立ち向かうのを、見ているしかなかった。

 そして、彼の心配をよそに、彼女はまるで心配がいらなかった。
 一発でも当たればひき肉になってしまいそうな巨人の攻撃をひらりひらりとかわしながら炎の巨人の足を切り落とし、腕を切り落とし、届く程度の高さまで身長を縮めると(といっても、まだ高さは二階建ての家ほどもあるのだが)地面を蹴って高々と飛び上がり、巨人の頭を唐竹割りにする。
 顔面を真っ二つにされた巨人は崩れ落ちる。地面に倒れる前に無数の小さな結晶となって砕けて消えた。

 少女は流れ作業のように、次々に巨人を倒していく。ぶんぶんと空中を行き来する石の巨塊など、まるで恐れる様子なく。
 当たらぬ確信があるかのように。
 石で出来ている巨人が、まるでチーズか何かに見えた。

 ―――大地の勇者。
 そのフレーズが頭に浮かんだ。
 そういえばそうだった。すっかり忘れていたが、彼女は、その、大陸最高峰の勇者なのだ。
 唖然として見つめていると、声がかかった。

「大丈夫ですよ。炎系の生き物と、彼女は、相性がいいですから」
 そう声をかけられ、アランは振り返る。
 先ほどのエルフが立っていた。

「はじめまして、ですね。私はマーラ」
「あ……あの蝶の。その節はどうもありがとうございました。その……ティルトは、一体……?」
 マーラは、表情を消した。

 それを見て、あの子は余程まずいことをやらかしたらしいと思ったアランは懸命に言い募る。
 彼はこの町の有力者のはずだ。減刑も、できるだろう。
「ど、どうか寛大な処置を! 彼はまだ子どもで、きっと何か変な勘違いか、誰かに騙されてやってしまったんです! お願いします、どうか!」
 エルフは、色々な意味の混ざった吐息を吐いた。

「……大丈夫です。誰も、あの子のせいだとは思っていませんから。あの子は、憑依されていたんです」
「……憑依……?」
 アランは、茫然とつぶやく。
 ……いつから?

「か、隠し事を、しているのは気づいていたけど……ぜんぜん、気づかなかった……」
「気づけなかったことに、ショックを受ける必要はありません。宿主と記憶と感情を共有するので身近な人間ほど気づきにくい。側にいる人間ほど、気づけないんです」

 親しい人間ほど、気づかない。
 親しくない人間は、違和感をおぼえても、「憑依されている」なんてことを確証を持って言えるほど親しくない。

「じゃ、じゃあ……ティルトは……」
 逃げてしまったのを、アランも見ている。
 あれはティルトではなく、「ティルトの体に取りついた誰か」で、ティルトの体を使ったまま、逃げてしまったのだ……!

「―――なんとか、行方を追います。ただ……」
 真顔になり、マーラはかぶりを振った。
「見つけたとしても、どうすれば体から追い出せるのか、わかりません」

「……!」
 衝撃を受けて、アランは立ちつくした。


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Date:2015/11/22
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