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あかね雲

□ 黄金の王子と闇の悪魔 番外編短編集 □

※瞳が伝えてしまう


時期的に本編の《誇りの在り処》あたり。



「あ…ああっ……」
 体内で熱い飛沫を浴びせられる感触に、リオンは体を震わせた。
 固さを無くした熱量がリオンの体内をもぞりと移動する。
 引き抜かれ、体を震わせていると体を覆された。

 うつぶせで獣のように犯されていたのが、仰向けにされ、赤く上気した頬とを撫でられる。
 リオンは眩しい金の髪と青い瞳の十五歳の美少年である。
 そして、れっきとしたルイジアナ王国の王子でもあった。

 そのリオンを犯しているのは、黒い髪と瞳の二十代前半の男である。男はリオンの目から零れた涙をぬぐって問う。
「つらいか? 苦しいか? 男に犯され、女でもないのに体の奥に精液をぶちまけられて、屈辱か?」

 ここで、リオンがつらい苦しいやめてくれと、ただの一言いえば、それでおしまいだ。リオンは解放されるだろう。
 男の性欲処理に供されている現状から、解放される。――だが。
 リオンは黙ってかぶりを振った。

 それを見た男の瞳に、相反する感情がよぎった。
 苛立ちと、安堵。矛盾する感情は、そのまま男の内心を鏡のように表していた。
 男はリオンを踏みにじりたい。だが同時に、誇り高いリオンが屈服する様を見たくもないのだ。

 リオンは彼と取引をした。
 男はリオンをどのように扱ってもいい、リオンが耐えられなくなったらそこで終わり、という取引だ。

 男は体を折り、リオンの顎をつかむとそのまま乱暴に唇を塞いだ。
 口腔内に入ってくる舌を、リオンは黙って受け入れる。

 生温かく、他人の意思によって蠢く舌。初めて男に接吻された時には気持ちが悪いと感じたものだが、今は……何とも思わない。唾液がすすられ、他人の舌に口腔内を嬲られ、歯や自分の舌をこすられるのを、ただ受け入れている。

 唇が離れ、男が命じる。
「膝を抱えろ。突っ込みやすい姿勢を作れ」
 リオンが言われた通りにする。まるで引っくり返った蛙のような無様な恰好だ。欲望を受け入れるための姿勢をとると、すぐさま男がのしかかってきた。

 先ほどまで男の性器を受け入れていた後孔は、再びの挿入を許した。
 狭い局所をこじ開けながら、肉の質量がリオンの体に埋まっていく。
「あ……う……あ」

 抱かれながら、リオンは逃げていこうとする快楽を追いかける。
 男の肉がリオンの内壁をこする。その度湧き立つ小さな光を、目を閉じて追う。
 痛みに悲鳴をあげるより、一緒に快楽を追った方が楽。
 それは男に抱かれる中で悟ったことだ。

「うめき声じゃなく、喘げ」
「ジョカ……ああっ、ジョカ……っ」
 リオンは快感に染まった顔で男の名を呼んだ。長年の友人であった男の名を。自分が助け、自分を苦しめている相手の名を。
 生理的な涙をこぼしながらジョカを見ると、体内の質量が大きさを増した。

「――くそっ」
 短く罵って、ジョカは余裕のない動きで腰を振りはじめる。
 腰と尻がぶつかる音が室内に響く。
 内壁の敏感な部分を、容赦なく突き、刺激する肉棒。

「王子の尻はいいな。締まる……っ」
 リオンの後孔には男の性器が深々と根本まで刺し込まれ、ぐりっとひねるように刺激される。
 その度に中に残った精液が淫らな水音を立て、隙間から滴り落ちた。

「あっ、ああっ! あ、ン……ッ」
 抜かれて、また奥まで突き刺される。ぐじゅぐじゅと響く音。ジョカのせわしない息遣い。
 快楽の階段を追い立てられ、昇りつめる間際、内部に迸りを感じた。

「あ……う、………そんな……」
 リオンはまだ昇りつめてない。もどかしげに頭を振り、膝を抱えていた手を外し、自分で慰めようとした時だった。
 優しいといっていい手がリオンを包み込み、刺激し、最後の扉を開けた。
「あ……」

 寝台の敷布に、リオンが吐き出した体液がしみこんでいく。
 高まっていた熱が行き場を見つけ、体を虚脱させていると、噛みつくように唇を塞がれた。
「んん……ぅ」

 唇が外れると、先ほどまで深いところでリオンを責めていた男根が引き抜かれた。リオンは何も言われないうちから体を起こし、体液で汚れた性器に顔を寄せる。
 ジョカは、いつもリオンに綺麗に清めさせる。もちろん、口で。
 なるべく味を感じないよう嫌悪も感じないように心を麻痺させて、リオンはジョカの性器を口に含み、しゃぶりはじめた。

「ん……」
 ジョカが快感をこらえる吐息を吐く。
 ジョカの手が陰茎をほおばるリオンの金の髪をかき混ぜた。

「もっと舌を使え。くびれの部分に……そうだ」
 ジョカの熱く脈打つ性器。滑らかな粘膜の塊は表面の生臭い体液さえ舐め取ってしまえば、舌で愛撫する感触は悪くない。ただ……。
 口中でジョカの性器が質量を増していく。
 予想通り、ジョカが嬲る口調で言った。

「王子。口で出されるのと、後ろを使われるの、どちらがいい?」

 愉悦の滲む声だけで判断するのなら、楽しんでいるとしか思えない。
 なのに、リオンがちらりと目を上げて見たジョカの顔は、苦い感情が浮かんでいた。
 ――結局のところ、ジョカは優しいのだ。だから、リオンを嬲りながらも良心の痛みを感じてしまう。
 そんなことを考えて、答えが遅れたせいだろう。

「っ……」
 口中に温かいものが広がる。リオンは舌と口で愛撫して最後まで出させると、味を感じる前に急いで飲み下した。
 口から大きさを減少させた性器が抜かれる。どうやら今日はこれでおしまいらしい。
 リオンが口を拭っていると、ジョカが奇妙な眼差しでリオンを見ていた。気遣うような。
 ――どうしてだろう? 何を言いたいのか、わかってしまう。

「歩けるよ。大丈夫」
 ジョカはそっと視線を外した。

 最初犯された時、リオンは歩くこともできなかった。
 そのせいだろう、ジョカはリオンの体に劣情をぶつけたあと、決まってリオンの体を気遣う。いや実際には何も言わないのだが、目がそう言っているのだ。

 リオンはまじまじとジョカを見つめた。その青い瞳で。
「……なんだ?」

 目は心の窓とはよく言った。
 ジョカがリオンに優しいことばをかけることはない。むしろ、行いはその逆だ。日夜リオンを組み伏せ、犯し、リオンの体を物のように扱っている。

 だが、目がそれを裏切る。
 リオンを気遣う目。リオンの体調をおしはかる目。そして時折触れる手の優しさ。

「なあ、ジョカ」
 だから、リオンは、あえて気安い口調で彼にそう呼びかける。
 これまで通りの、友人に対する態度で。
 リオンはその美貌ににっこりと微笑みを浮かべて言った。

「体中がべとべとする。早く風呂に行こう」
「………………」
 長い長い沈黙があって、ジョカは額を押さえ、ため息を吐く。

「今更王子に普通の反応をしろとは言わんが……」
「本当に今更だな。いい加減諦めろ」
 どれほど犯され、淫らな行いを強要されても、リオンはジョカを恐れない。恐れてなどやらないと、決めている。

 ジョカはリオンに何か言いたい事があったようで口を開いたが、それが言葉になることはなく、口はそのまま閉じられジョカはがっくりと肩を落とした。

 ジョカがこうして日夜リオンを白い液で汚すようになってしばらく経つが、リオンの態度は変わっていない。
 だから、ジョカは戸惑っている。いっそリオンが普通に嫌悪や憎悪を向けたなら、戸惑うこともないのだろうが。

 綺麗好きのジョカは、情事のあと、決まって風呂に入る。もちろんリオンも一緒に。
 体を洗い、風呂に体を沈めると、ジョカの視線を感じた。
「……綺麗だな」

 リオンの美貌は、ルイジアナ一と言われた母譲りである。
 おまけに情事の直後で気だるい色気が漂い、濡れそぼった金の髪が肌に張り付いて、ジョカでなくても見惚れる美しさだった。
 ジョカの手が伸び、リオンの唇に触れる。リオンは目を閉じて、それを無言のうちに受け入れた。

 ジョカはリオンを犯している時も、そうでない時も、リオンによく口づける。リオンはキスが好きなんだろうという程度に思っていた。
 ジョカの指がリオンの口唇をたどる。その皺の一つ一つまで記憶しようと言うように。そして、そっと唇を重ねた。
 情事の時の貪るような振る舞いとはまるで違う、壊れ物に触れるようなキスだった。

 湯の味のする、重ねるだけの口づけ。
 離れてリオンが目を開け、青い瞳と黒い瞳が合わさった。
 瞳を通じて、ありありとジョカの感情が伝わってくる。

 ――苦しみと悲しみ。
 彼は優しすぎた。だから、リオンに手酷く当たろうとしても、どこかでそれを悔やみ、躊躇い、労わってしまう。
 いっそ、リオンがジョカを憎めばジョカも楽になるだろう。でも、リオンはいっかな変わらない。犯されても、奉仕を要求されても、従順に従いはするけれどもジョカを恐れはしない。怯えもしない。

 リオンはふっと笑うとジョカの頬を両手で包み、目と目を合わせて宣言した。
「私は、あなたを恐れないよ」

 ジョカはリオンの手を外すと、逃げるように視線をそらした。
 ――リオンが、殺しても心の痛まぬ相手ならば良かったのに。
 ジョカは、この王子を愛し始めている自分に気づいている。
 だからこそ、苦かった。

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