その日の夜、彼らの家で、戦後のミーティングが行われた。
仲間同士の情報の共有と整理を目的としておこなわれるこれは、パーティメンバー全員の集合を待って行われた。
その場には、留守で間に合わなかったダルクも、非戦闘員のパルも集まった。
打ち合わせが行われたのは六人掛けの食卓が置かれた食堂で、普段は食事する場所が即席の会議室になる。
全員集まった席上で、少女は端的に事件のあらましを語った。
「今日、空の精霊族の略奪を目的とした襲撃があったわ。とりあえず撃退はして、被害はゼロだったけど、取り逃がした」
「化け物、だそうだな」
不在で、事情を知らないダルクがたずねる。今回、外出していたおかげで、間に合わなかった彼である。
戦は拙速を良しとする。
ダルクが戻るまでの数分を無駄にするより、さっさと出撃したのだった。
答えたのはマーラだ。
「ええ……。人に憑依し、操るタイプの、見たこともない魔物です」
「……!」
「傷つけないよう彼女が手加減していたとはいえ、曲がりなりにも、クリスと斬り結べる腕です。憑依の被害者になった少年の従者にも確認を取りましたが、そんな凄まじい腕はしていないそうで、取りついた魔物の技量、と思っていいでしょう。そして……」
魔術師にとっては悪夢に等しいひとことを口にするのは抵抗がある。言い淀んだあと、マーラは爆弾を落とした。
「あの少年、魔法が効きません」
気づいていなかった少女は、軽く目を見張る。
後衛から、魔法のフォローがないのは気づいていたが、相手は束縛の魔法もかからないよう、前もって準備していたというのだ。何かの防御、または妨害工作がされているのだろうと思っていた。
戦場の鉄火場で、一々全ての事情の伝達をする余裕などない。後衛のフォローがないことを不安に思いながらも、己の役目として敵を押さえていた。
驚きはしたが、さほど衝撃でないのは、そういう種族を知っているからだ。
「《絶対魔法防御》?」
その種族は、そういう隠しスキルを持っていた。
鉱物種族の一種族で、どんな魔法も無効化するかわりに、彼ら自身は魔法を行使できない。
「あそこまで完璧ではないと思いたい……のですが、可能性はあります。色んな魔法を仕掛けてみましたが、ことごとく無視されました。捕縛はもちろん、攻撃魔法も精神干渉魔法もです。最初は、私が魔法に失敗したのかと思ったぐらい、平然と」
できれば、信じたくない。その気持ちが強い。
「魔法に、気づいた様子もなかったぐらい完璧に、無効化されました……」
「……こういうことか? 魔法が全く通じない上に、こいつと斬り結べる近接型の戦士で、更に宿主自体は単なる被害者だから殺せない、と?」
一同、唸った。
「……化け物だな」
誰かがぽつりと呟いたひとことが、集まった人々の心境を表していた。
その場に流れた空気を訂正するように、少女が口を開く。
「戦闘能力としては、そう高くないわよ。戦士としての力量は中の上」
一瞬、マーラがぴくりと眉を動かしたが、少女は気づかずに言葉を続ける。
「殺してもいいんだったら、できるわ。私ができるから、高レベルの戦士なら問題なくできると思う。注意点は……」
思い浮かぶのは、彼が放った魔法とは違うスキルだ。
魔法は精神集中と詠唱が必要となるので、あの距離まで詰めた時点で、ほぼ行使不可能だ。
人間そう器用ではないので、魔法の精神集中しながら剣にも集中する、なんて無理で、どうしても散漫になる。そして、機械ではなく考える知能を持つ相手は、その隙を優しく見過ごしてなどくれはしないのだ。
魔法戦士であっても、近距離戦では剣戟オンリーになる。
無理して剣と同時に魔法を使おうとした人間もいたが、もれなく地を這った。
よっぽど敵との間に力量差があるならともかく、そうでなければ近距離戦で魔法を行使するのは無理だ。
少女は一回だけ彼が見せた力を思いだしながら言う。
「種族の固定スキル、無詠唱で発動可能、見た限り、『遠当て』と同系統の、中距離攻撃用ね。掌から発射されていたから、掌を敵に向けるという一動作が必要になる。……だいじょうぶ。問題ないわ。次があっても、今回と同じで抑え込める。ただ……」
少女はそこで、言葉を濁す。
一応の戦力分析を終えると、『本題』が待っている。
――あの敵の一番の問題は、戦闘能力ではない。
「……憑依……」
それこそが、大問題だった。
誰かに、取りつく魔物がいないではない。
寄生虫を体に張り付けることで動物や人間を操る魔物はこれまでもいた。
しかし、その場合は寄生虫を取り除けば支配も脱せたし、寄生されていることが外側から丸わかりだったので、問題なかったのだ。
見分けることのできない、憑依型の魔物。
――まずい。ものすごーーく、まずい。
返す返すも、捕獲できなかったのが痛恨だった。
「勇者の称号持った人でないと、見えないっていうのが、キツいわねー」
「まったくです。今、この大陸に勇者の称号を持った人間がどれぐらいいるか」
称号を乱発しようにも、勇者の称号は、リスクが大きすぎる。厄介事吸引機であるあの称号は、受けた相手とその周囲への無限大の危険性がある。
「ただでさえ、暁の竜騎士団が全滅して彼らがカバーしていた地域が空白状態だというのに……」
頭が痛い問題である。
「おい、炎神は、何か言ってるか?」
ダルクが少女に尋ねる。
「なーーんにも」
少女はかぶりを振る。
少女は炎神の寵愛を受けている。これは、つまり、炎神の遊び道具認定されている、ということだ。
相手はカミサマである。少女の生活は筒抜けで、その刺激的な日常は炎神の退屈を紛らわせるのにちょうどいいらしい。
時々、こっちの都合はお構いなしで、いろいろと一方通行的に呼びつけられたり言われたりする。
新種の憑依型の魔物、なんて、確かに面白がって連絡してきそうだが、今のところ、まだなにもない。
マーラは提案した。
「それでですが、彼らのことは、秘密にしておきましょう。あまりにも、危険すぎます」
「……疑心暗鬼の種だものね……」
少女も、うなずいた。
他の仲間も。
「憑依して、人を操り、勇者以外見分けることができない魔物。誰か、聞いたことのある人はいますか?」
見回すが……全員が、かぶりを振った。
パルがぼやく。
「憑依をこなす魔物が現れた、となると、疑心暗鬼で大混乱になるぜ……」
乗っ取られても、判別できない。
見分けられるのは勇者だけ。
親しい人間ほど気づけない。
そんな新種の魔物がいると、公表したら混乱の元だ。
そこで、少女はおずおずと言った。
「あの、まだ魔物と決まったわけじゃ」
はあ、とため息をついたのは、ダルクだ。
「敵の言葉をうのみにするな。信じるな。肉体を失った種族だなんて言うが、頭から信じられるかそんなもの」
「そ、そうだけど~」
少女としても、ダルクの言葉のほうが道理が通っているので声が小さくなってしまう。
でも、何でか判らないけれど、胸がもやもやするのだ。
それを、マーラが押しとどめた。
「……いえ、待って下さい。クリス、あなたは、直接彼らと対話した唯一の人です。あなたは、彼らは嘘を言っていないと、そう思うんですね? あなたが?」
少女は、胸に手を当て、平らかにした。
彼の言動、表情を思い返してみる。その、ひとつひとつを胸に呼び起こし、真実かどうかを検証する。
そして、目を開けて、言った。
「―――うん。少なくとも、彼らが切実に助けを求めている、それは、嘘を言っていないと思う」
勘である。勘でしかない。
―――だが、誰も、勘でものを言うなとは、言わなかった。ダルクでさえも。
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