彼らは、ここ一番での彼女の直感力を信じている。特に、『人』というものの関係において、彼女の直感はかなり信頼がおけた。
ダルクが尋ねる。
「マーラ。聞いておきたいんだが。空の大神を召喚するのは、何かまずいことがあるのか? 空の精霊族は、頼んだらそれをやってくれるか?」
彼が聞いているのはこういう事だ。
どこまで譲歩できるか?
近いうち、彼らはまた、接触してくるだろう。そのとき、交渉材料としてどれほどこちらが提出できるか。
マーラは考え込む。
「……空の大神は、クリスに寵愛を与えた炎神とは違い、世界創造の日以来、今日に至るまで、地上に召喚されたことはないとされています。ご自分ではたまに来ているみたいですが」
神の呪いは、神にしか解けない。常識だ。
クリスが声を上げる。
「もし、『私』が頼んだら、空の精霊族はしてくれるかな?」
「―――わかりません。なんせ、これまで一度もしていないことですから……」
「ん。じゃ、今度聞いてみる」
「で。クリス。前に会ったことがあると、意味深なことをあの少年が言っていましたが、前に会ったこと、あるんですか?」
「……ない……と思うんだけど。コリュウは?」
「何でボク? クリスと違って見分けられないんだから、会っていてもわかんないよ」
「う~~。私、実は……前に住んでた村の記憶、あんまり、思い出したくないの……」
少女は頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
「思い出すとすごーく落ち込むから。私のせいで、滅んじゃったみたいなもんだし……それに、その頃は勇者じゃないんだから会ったって覚えてないし」
「ああ、そうですねえ。会っていても、こっちは気づいていないし覚えていない、という可能性を忘れていました」
「少なくとも、これは断言できるわ。あんな、憑依型の魔物も種族も見たことない。仮に……会ったことがあるとしても、私の方は覚えていない」
断言すると、テーブルに沈黙が落ちた。
「……どうにも、打つ手がないな。放っておくしかないってことか?」
「……情報が足りなすぎます。あの少年が言ったことだって、どこまで本当か」
敵の言うことを鵜呑みにするのは、最上級の馬鹿のやることだ。
そして、現状、こちらにはその「敵から貰った情報」しかない。
少女は異種こもごものメンバーを見回し、脳裏で現在の財政状況を確認すると、毅然として言った。
「各自、自分のツテを使って、彼らについて、調べてちょうだい。私も、そういう魔物や種族の話を調べてみる。報酬を要求されれば、ひとり百万までは自由に決済してくれて構わないわ。総額で一千万までは支払えるよう、資金を確保するから」
マーラは眉間に皺を寄せ、ダルクは天を仰ぐ。
金を惜しんでは情報など集まらない。人間、見返りなしで協力してくれる相手など、滅多にいないのだから。それは、わかっているが……。
このパーティで、会計を担当しているのは少女である。
パーティを結成した当初、コリュウと少女の二人パーティで、コリュウに家計簿などつけられるはずもなく少女が担当したのを、そのまま引き継いでいる。その彼女が宣言した以上、パーティの財務からそれぐらいは捻出できるのだろうが……。
だが、それにしたって、破格なことは確かだ。
「……えらく張り込みますね」
その言葉は、単なる感想以上のものではなかった。彼だって、情報の重要性はわかっているのだ。
先ほどの戦闘でも、追いだす方法がわかっていれば、ああも一方的に打つ手なしの状況に追い込まれることはなかった。
少女は、かるく、目を閉じた。そして、しばらく、口を開かなかった。
その反応に、一同は驚く。マーラの言葉は、非難ではなく、感想程度のもので、それを彼女だってわかっただろうからだ。
そして、顔を上げる。
「―――予感がするのよ。いつか、遠い日に、彼らは、私にとって、最も恐ろしい敵となって立ちはだかると」
確信を帯びた横顔だった。
コリュウとマーラは顔を見合わせる。
「……彼が?」
「ええ。単なる勘だけど、どうしても無視できないほど強く警鐘が鳴っているの」
ふむ……と、マーラは顎に手を当てた。
油断したつもりはないが、これまで、彼はあの敵について、かなり甘い見方をしていた。その意識を切り替える。
あの種族は―――見分けがつかない、という点において、非常に厄介ではあるが、話が通じないという印象はなかった。
こちらには見分けができるクリスもいるし、会話もできるし、交渉もできる。戦ったとしても、今回同様、勝てる。
なにより、いざとなればこちらは、向こうの望むものを提供してもいいと思っている。つまり、利害の対立がないのだ。
世の中、「交渉」ができない相手が一番恐ろしい。
利害の対立がなく、交渉で解決できるのなら、どれほど強大な力を持っていたとしても、闇雲に恐れる必要などない。
だから、どこか甘く考えてしまっていたが……マーラは頷いた。
「――わかりました」
彼女の勘は、かなり信頼度が高い。そして、これまで彼女がこうまで確信を持って、誰かについて言ったことはなかった。
少年が敵にまわるとして、一番恐ろしいのは、戦闘能力などではなく、社会的能力だ。
ダルクも同じことに思い至ったのか、呟く。
「各国の王たちの動向と、聖光教会の動向に、これまで以上の注意を払わないとな……」
この町の味方でいてくれた各国の王が、突然敵に回ったら、軍勢でもって、攻められるかも知れない。
「敵にまわられてもいいように、準備だけはしておきましょう。……そして、逃げられてしまったあの少年ですが、従者の口から、少年の親には事情が伝わるでしょう。親にはくれぐれも口外しないようにと念を押しておくとして――」
ちらりと、マーラは少女を見た。
「アランと会って、話したんですよね?」
視線が泳いでしまった少女である。
「……あー、うん」
予想外の形で、再会してしまった。
炎の巨人はやたらと固くて頑丈以外はさほど取り柄がないが、なんせ倒すのに手間取るので、逃げるための時間稼ぎなど、まさに今回のようなときに愛用される定番モンスターである。
作成も強さの割には簡単な、魔法生物の一種だ。
少女にとってはああまたか、というような、お久しぶりとでも言いたくなるぐらいの相手だった。
それでも十体もいれば手こずって、どうにかすべて始末したときには逃げるのに充分な時間を稼がれてしまい、すべて片づけた後、見ればアランがそこにいた。
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