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あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

2-53 アランとの話し合い 1


「怪我はない?」
 それが、アランの第一声だった。

 当たり前と言えば当たり前の言葉なのだが、それに新鮮な驚きを感じてしまったのは、少女が『人から労わられる』経験に乏しいからだろう。

 前衛の戦士職である少女だ。パーティの中で一番体力があるのは彼女で、怪我に強いのも彼女なので、『労わる』経験は多くとも、その逆はほとんどない。
 多少の傷は放っておけばすぐに治るし、あんな敵、彼女から見ればただの雑魚だ。

 だからびっくりしてしまったのだけれど――そこで、過去のいきさつを思い出した。
 剣を持って暴れる姿をさんざん見せた後だ。彼女の言葉が本当だということは、彼にもわかっただろう。
「……ごめんなさい。私、あなたを騙してたの」

 何を言われるか、覚悟を決めて、言葉を待ったが――。
「うん」
 素直なうなずきが、返ってきた。

「聞いたし、見た。格好良かったよ、すごく」
「……はい?」
 予想していなかった内容に、言葉が引っくり返る。
 アランは、そこで表情を引き締めた。
「――ティルトのことだけど」
「……うん」
 彼女も、表情を引き締めた。

 取り逃がしてしまった。

「あの子は……取りつかれて、体を奪われてしまったんだって聞いた。本当?」
 少女は、こくりとした。
 アランは息を呑む。そして、決意とともに言った。
「――あの子を助けたい。どうすればいい?」
 少女は、顔を伏せた。

 憑依者を、体から追い出す方法。
 それが判れば、苦労はない。

 アランは、あの少年の大事な友人だったのだろう。おかげで、助かった。
 ――でも、それが憑依者から体を取り戻す助けになるかと言えば、疑問だ。

 少女の顔を見て、アランも気づいたらしい。
「あの子が自由になれるよう、私も、できる限りのことはするわ。だから、あなたは、あの町に戻って、元通りの生活に戻るのが、一番いいと思う」
「――それは、僕がティルトのためにできることは何もないということ?」
「ええ。残念だけど、そういうことよ」
 少女は、誤魔化さなかった。

 アランは、正面から言われて、息を呑む。
 全身、使いこまれた装備品で身を固めた冒険者の少女は、今まで見たことのない目をしていた。
 現実を突きつける目だ、とアランは思う。

 アラン自身には、魔物と戦う力も、ティルトを元に戻す力もない。
 綺麗事で覆い隠しても、埋まらない差。
 力がない。容赦ない、その、差。

 普通に考えて、アランにできることは、何もないのだ。格別賢いわけでもなく、強いわけでもない。冒険者の人々のように、魔物と対処する力があるわけでもない。
 少女の目は、優しく、哀れみを含んで、でも譲ることなくその現実を提示していた。

「……お願いだ。あの子を、助けてくれ」
「ええ。彼は、私が助けるわ。それが私の仕事だから。あなたは、それを待っていて。あなたは、町で、あなたの仕事をしてくれればいい」

 冒険者は、一般人より圧倒的に強いけれど、冒険者も一般人がいなくては生きてはいけない。
 冒険者の衣食住のすべては、彼らがいなくては成り立たない。その代わりに、一般人は危険な作業を冒険者に依頼する。
 どちらが上かではなく、どちらも必要な存在だ。お互い持ちつ持たれつで成り立っている間柄だった。……それが判っていない冒険者も多いけれど。

「……大地の勇者」
 ぽつりと呟くと、少女は一瞬、目を見張った。

「――君の評判を聞いたよ。たくさんの人がきみを褒めてた……。――でも、そうじゃない人もいた」
「……」
 どんな英雄も、賞賛だけを手にすることはできない。
 非難されること、罵られることは、慣れっこだった。

「この町に、昔から住んでいた人は言ってた。どうして、こうなってしまったんだろうって。昔と今とは違いすぎて、便利だけどつらい、でもなにがつらいのかもよくわからないから、誰にもわかってもらえない。それがますますつらい、って」
「……ええ」

 辺鄙な、訪れる人もそうそういない山村だったサンローランは、彼女の手により徹底的に改造しつくされて、もう原型をとどめてはいない。
 前から住んでいた村人より、移住者の方が、何十倍も多いのだ。

 もちろん、彼女は移住者を受け入れるとき、村人一人一人を回り、寛恕を乞うた。時として土下座もいとわず頭を下げ、許しを願った。
 そして、許されたから、今のこの町はある。

 でも――そうやって、許可を与えたことであっても、故郷がこうまで改造し尽くされ、面影など微塵もとどめぬ姿にされて、元来の住民たちの胸に去来する感情は、決して肯定的なものではありえないだろう。

 サンローランの町は、劇的に大きくなった。
 便利になった。
 前々からの村人には、特権も保障されている。
 ……でも、胸の湖面が、ざわめくのだ。
 雫一つ落ちるだけで、波紋が広がるのだ。

 大地の勇者の本拠地になり、この町は大陸でも最も治安のいい(入口で悪さをたくらむ人間は跳ねられるため)、最も堅固な(軍勢に襲われる事態に備えて堅牢な結界と城壁があるため)、最も安全な(たくさんの冒険者が駐在しているため魔物被害があれば、即対処されるため)町になった。

 いいことばかりと、人は言うだろう。
 ……でも、その変化は、急激過ぎた。
 急激すぎる変化は、人の心に、恐怖と郷愁と不安を呼び起こす。
 そしてまた、一見「いいことばかり」であるがために、人から理解されないという疎外感も。

 アランは肩を竦める。
「のどかで辺鄙な村の方が今よりいい、って言っている人を見て、ちょっとぞっとした。その人たちは、数年に一度魔物が出て、村人が襲われて、大けがしたり食べられていたりっていうこと、すっかり忘れてたから。僕が魔物の被害がなかったのかと聞いたら、はっとしていたよ」
「人は、そういうものよ」
 少女はしずかに言った。

「人が過去を思うとき、その過去に、嫌な部分やつらく苦しかった部分は含まれていない。都合よく綺麗な部分だけを取り出して、現在と比較して文句を言うの。慣れているわ」
 アランは彼女の腕をつかんだ。
「どうして慣れなきゃいけない!?」
「……!」
「いわれのない非難を浴びて、君だって心が痛むはずだ。良かれと思ってやって、実際に生活は格段に良くなったのに好き勝手なことを言われて、腹が立ったはずだ。……話を聞いて、ぞっとした。たぶん、僕が聞いたこれは、氷山の一角の、ほんの一かけにすぎなくて、君の周りには、君に言いがかりをつけて君を罵倒する連中で占められているんだろうなって思った」

 少女は、自分が青ざめていくのを感じていた。
 言葉がぐいぐいと突き刺さる。正鵠を射る言葉が、矢襖のように次々に突き立つ。
 捕まれた手は、そう強い力ではない。その気になればいつでも振り払える。むしろ、外す時にアランの手の骨を痛めないよう、注意しなければならないほどだ。
 なのに、その手が腕に食い込む。痛みを感じる。
 ありえない。

「冒険者なんてやめよう。君を非難する連中すべてに、教えてやろう。自分が非難している相手が消えたらどうなるのかさえ気づいていない相手に、思い知らせてやろう」
 言葉は、絶大なる誘惑だった。
 彼女の心の奥にあった不満、怒りを掘り起こし、囁きかける。
 もう、回数など数えていられないほど浴びせられた非難。少女の重荷を、その背負っている物の大きさを知ることもなく一方的に。
 彼らへの怒りを呼びさまし、思い知らせてやろう、と、囁きかけてくる……!

 周囲を見回せば、マーラも、コリュウも、距離を取って二人を見ている。彼女が敵と戦う間に、マーラがアランに何かを言ったのだろう。
 そうでなければ、説明つかない。
 こんな、出会ったばかりの普通の人に、こうまで見抜かれるなんて。

「最初はね、来て、この腕輪を返して、そして終わりにするつもりだった。……僕は、こんな高価なものをただ貰って知らぬ顔をしていられるほど、厚顔じゃないから。でも……」

 アランは、今日、初めて戦う彼女の姿を見た。
 見惚れるしかない勇姿だった。

 ――人を助けて命を落とす人間を、勇者と呼ぶんじゃないわ。人を助け、自分も生きて帰る人間を、勇者というのよ!

 彼女の戦いを見て、圧倒的に胸が高揚した。少年のころ、夢中になった恋のようだった。
 体中を熱い血が駆け巡り、気がつけば何もかもを忘れて、ただ見入っていた。
 美しくも猛々しく、鮮やかに剣をふるって敵を倒していく姿から、どうしても目が離せず、瞬きすらも惜しかった。
 ――あの瞬間、アランは、彼女に恋をしたのだ。

 ただ可愛いというだけでなく、話してみて好感が持てたからとか、相手が自分に好意を持っていてくれるようだからとかいう受動的な意味ではなく、はっきりと、手に入れたいという渇望を含んだ、『恋』を。

 アランは、体を固くしている少女の青い瞳をのぞきこむ。
「勇者なんて、苦労ばっかりだ。君の苦労を知りもせず、勝手なことを言う人間ばかりじゃないか。もう、君は、充分頑張った。君の、君自身の幸せを、考えてもいいだろう? 自分を幸せにできるのは、最後のところ、自分だけだ。自分で幸せになろうとしなければ、周りが何を言ったって何にもならない。君を幸せにできるのは、君だけなんだよ」

 答えられないでいる少女に、アランはきっぱりと言った。
「結婚しよう。君の財産も何もかもすべていらない。君は、身一つで来てくれれば、それでいい」

 こう、言えるのが――。
 アランと、ダルクの、決定的な差だっただろう。

 ただ待っていても、誰も哀れんで恋の果実を落としてなどくれない。自分で能動的に動かなければ、望んだ結果は来ない。
 気持ちを告げる、たったひとつの勇気があれば、話はまるでちがった。逆にいえば、それが無ければ、何も、始まらないのだ。

 コリュウも、マーラも、離れたところにいた。声が聞こえない距離から、気遣う目線で二人を見ていた。

 その視線を、痛いほどに感じながら――少女はうなだれた。

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Date:2015/11/22
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