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あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

2-55 エピローグ 1


 ミーティングの席で、仲間からの視線をひしひしと感じながら、少女は口を開く。
「アランとは――お別れしました」
「……別れたの?」

 意外そうな顔で言ったのは、コリュウだ。
「冒険者辞めて結婚しようって言われたけど……無理だよー。無理だって。だって、私自身が冒険者でいることを望んでるんだから」
 逃げたいと思っても、結局のところ、逃げられやしないのだ。
 それに――。
 あの少年を思う時、胸がざらりとするのを感じる。
 剣を交えたとき、体を駆け抜けたあの感覚を、どう言えばいいだろう?

 ――私は、彼を、知っている。

 それは、体の奥深くから湧き出る確信だった。
 若者が己の恋を永遠と確信するようなそんな虚ろなものではなく、芯のある確信、といえばいいだろうか。
 そんなはずはないと、記憶にないと、自分でも否定しようとしても、どこからかどんどんと泉のように湧き出てくる。
 それは、恐怖と紙一重の感覚だった。
 その正体を確かめるまでは、恋愛をやっていられる心のゆとりはない。

「それに、あの子を捕まえるまでは、とてもじゃないけど冒険者を辞められないわ」
 たしかに……と、一同は納得した顔になる。
 見分けがつかず、人を操る憑依者なんてものがいるのに、現状で唯一見分けがつくと立証された人物を、戦場から引き下ろせるはずもない。
 勇者なら見分けられるという言葉すら、こちらを混乱させるための虚偽でない確証はないのだから。
 彼女の持つ他の要素が引き金となって見分けがつき、それを敵が隠すために虚偽を伝えた、なんていかにもありえる話ではないか。

 好きだから、一緒にいよう。
 そんな甘く単純な方式が通じるほど、彼女が置かれた立場は楽じゃないのだ。


     ◆ ◆ ◆


 その日の晩、ふたりで寝台に入り、眠りにつく前に、コリュウは少女に尋ねた。
「どうして見逃したの?」

「……うん……」
 寝間着姿の少女は、あいまいに、頷く。
 コリュウは気づいているだろうと思っていた。というより、気づいているから、合わせて見逃してくれたんだろうと。

「マーラも、きっと気づいたよ。中の上、ぐらいで、クリスと僕が見逃すなんて、捕らえられないなんて、ありえないもの」
「……隠せないなあ……」
 長年生死をともにし、機微をよく知る仲間の鋭さに、少女は苦笑する。

 明確に、言葉に出して言われたわけじゃない。
 でも、剣筋が、言った。戦い方が、気配が、言った。
 全神経を張り詰める戦いの場で、そうした気配はすみやかに伝わる。
 クリスが望んでいることを察知して、コリュウはわざと見逃したのである。
 コリュウにとって、いちばんはクリスだ。
 そのクリスが、彼が捕まることを望んでいなかった。

 ――理由はわからないけれど、クリスがそれを望むのなら。
 そう思ってコリュウは見逃した。
 世界最速の飛竜が、誰かをやすやすと逃すなんて、そうでなければありえない。

「知り合いなの?」
 少女はあっさりかぶりを振る。
「ううん。覚えはないわ。でも……なんとなく、その……捕まるのが、嫌だったの」
 彼が捕らえられたら、新種の魔物として、徹底した調査が行われるだろう。
 それを思うと、どうしてか胸がざらついた。

 クリスは手を伸ばし、自分の頭の少し先で、ちょこんと座るコリュウを撫でる。
「ごめんね、コリュウ。自分でも、なんだか理由がわからないの……。漠然とした、不安があって……、それが、その正体が、よくわからないんだけど、……彼を捕まえてしまったら、よくない事が起きるような気が、どうしてもして……」

 明確な、論理的な理由がないだけに、そういうあいまいなものになってしまう。
 言葉にできないもどかしさと、自分でもわからないでいる不安に囚われている彼女の頬に、コリュウは頭をこすりつけた。
「……きっと、クリスのなにかの技能スキルが、何かを察したんだよ。勇者の恩寵か、なにかが。だから、理由は今は見えないだけで、いずれきっと見える。捕まえなくて、よかったと思う日が、くるよ。きっと」

 コリュウは無条件でクリスを信じている。
 彼女がそういうのなら、きっと、意味はいずれ出てくるのだ。
 盤上のゲームの達人は、その時は意味が判らない一手を、先を読んで打つのだという。
 そして、その意味が誰の目にも明らかになったその時には、もう、勝敗はついているのだと。
 今日、彼女がかれを見逃したのは、きっとそういうことだ。

 無条件に、コリュウはクリスを信じる。
 このときも、そうだった。


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Date:2015/11/22
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