ぽっきりと折れた魔剣を前にしては、さすがの魔王も笑顔ではいられなかった。
この世に、たった十二本しかない魔剣は、魔族の至宝である。
銘を調べてみると、およそ百年ほど前に陥落した四の国から持ち出された剣だった。
巡り巡って、市場に出て、魔王の従者であったあの青年に買われたのだろう。……とんでもない値段であったことは、間違いない。
彼の治める国は、金銀が産出することから、鉱物の発掘、精製に長け、専門の技能官がいる。
その技能官は早々に諸手を上げて降参した。
「直すことはできないのか?」
「……鉛を接合剤にすることで外見だけでしたら可能ですが、魔王さま。金属の剣が二つに折れたのですよ? 接着したところで、以前のようにはなりません」
たとえば、ここに一本の鋼の剣があるとしよう。
それが真っ二つに折れた。
膠(にかわ)などでくっつけるのは可能だろう。あるいは、断面を溶かし、接合することもできるだろう。だが、それは、以前のままだろうか?
否。
子どもでもわかる容易な道理。
一度折れてしまった剣は、どこをどう繋ごうが、以前の強度を取り戻すことはないのだ。
剣を打ち合わせれば、一発で元の個所から折れることは間違いない。
「また、こちらの剣は紛れもなく魔剣。どんな灼熱にも耐え、鉄をも両断する剣でございます」
魔剣の断面を灼熱の炎で焙ろうが、剣は溶けることはない。
魔剣を、どこの種族の誰が製造したのかは、魔族の国の成り立ちと同様、さだかではない。
魔族の国に伝わる至宝なのだ、普通に考えれば魔族が作った、と考えるべきだろうが、それにしてはあまりにも魔剣の鍛造技術が高度すぎた。
魔族は力もあるし、魔力もあるのだが、細かな細工や鍛冶のわざに長けた種族とはいえない。
そちら方面に長けているのはやはり地底族である。
しかし、その地底族が作ったとしても、やはり謎が残る。
遥かな太古より、十二の魔族の国に脈々と受け継がれてきた魔剣。
して、いったい、「どこの誰が、そんな大昔に、十二の魔族の国に贈ったのか?」
地底族は文字通り地底深くに住む種族であり、他の種族との交流が始まったのもごく最近のことなのである。
また、魔剣の性能はありうべからざるほど、高い。
いったいどんな金属でできているのか、推測することもできないその強度。魔剣の弱点はただひとつ、光属性魔法だけで、それ以外に対しては炎、氷、雷、酸、衝撃に対して鉄壁といっていい強靭さをもち、切れ味は天下無双。
剣に選ばれし使い手が握れば、容易く鉄をも両断するのだ。
その魔族の至宝である十二の魔剣のうち一本は、喪われた―――そう断ずるのが、理性的な判断である。が―――。
それを呑みこむのは、魔族としての感情が邪魔をする。
人族の少女は、あっさりとこの剣をヘシ折った。その瞬間にあの青年は激しく動揺したが、さもありなんと魔王は思う。正直言って、魔王自身、その状況で冷静でいられる自信はない。
戦場において、敵の武器の破損を意図するのは当たり前。それが成し遂げられて、快哉を叫ぶことこそあれ、動揺などしない。
そう少女は思っているのだろうし、それは完全に正しい。だから、魔王も少女をひとことも責めていない。だが―――。
魔剣は、魔族の至宝である。
至宝なのだ。
「もし、この剣の再生が叶うとすれば、それは地底族を除けばありますまい」
「ううむ……」
予想通りの答えに、魔王は唸る。
魔族の国は、人族の国とは違い、多くの異種族の国と交流を持つが、その中に地底族はいない。
地底族とは、こういう人々である。
生息地は、おおむね、火山の下、岩盤を掘り進んで洞窟状に居住空間を作った中である。
そこで火山の熱を己の炉に引きこんで武器の鍛造や細工物に精を出している。
地の底なので当然、明かりなどはない。
そのため「気配察知」の能力を先天的に持つ。
この気配察知の能力というのは、目を閉じていても自分の周囲(範囲は人により増減)を察知できるということで、高レベルの戦士などは後天的に取得している。
あの少女もそうだ。戦った時のことを思い出すが、数時間に及ぶ戦闘の最中、死角からの強襲をまるで見ていたように対処したことが幾度もあった。
身長は、地底に穴を掘りそこで暮らす必要からか、全般的に矮躯である。が、岩の掘削、金属の細工や鍛造を種族全体でやっているだけあって、一様に力が強い。また、魔力においてもさほどないが、小人族と同じく、「一魔法特化型」種族である。
これは、小人族が脱出魔法や隠蔽魔法に長けているように、特定の種族がとある分野の魔法に極めて高い適性を示すことをいう。
エルフ族は最も魔法適性の高い種族だが、一分野に特に優れているということはなく、一魔法特化型種族の扱う魔法には、水を開けられる。とはいえエルフが劣っているわけではなく、ただただ、そういう特化型種族の魔法が常識外の水準なだけである。
では、地底族の「特化型魔法」が何なのかと言うと……。
始末に非常に悪い、もし彼らを怒らせたらとんでもないことになる魔法である。
地底族以外の習得者は、世界すべてを見渡しても、両手の指で数えられるであろう。エルフ族の長、一部の魔族の長、人族の超大天才。
そうしたごく僅かな人間のみが扱える―――地の怒り。
大地震魔法。
天変地異、火山の大噴火、地形の強制的変化。
まさしく「神の所業」と言うほかない事象を、任意に引き起こせる種族なのである。
その威力を警戒し、かの悪名高きぼったくり業突く張り悪徳種族(つまり、人族)も、地底族に対してはその欲深な手を伸ばしかねている。
そしてまた、地底族は、古き民である。
存在が他の種族に広く知られるようになったのはここ百年ほどだが、外からの物資の流入を頑強に拒み、昔ながらの生活を続けている。
地底族の民と、交友関係を結んでいる種族は特になく、彼らの作り出す素晴らしい細工物や武具は半ば伝説と化していた。
さて、ここで一つ疑問がある。
いまだ、彼らと交易関係を結んだ商人はひとりもいないとされているのに、どうして彼らの作った品が外へと流出するのか?
答えは、治癒魔法の代価として、である。
どんな種族でも外れ者はいるし、そして、親しい者の死に平静ではいられない心理も、どの種族も共通のものだろう。
地底族で、病にかかった者がいると、その近親者がこっそりと病人を担いで国を秘密裏に出て、治癒魔法の使える人間のもとに担ぎこむのである。
そして、代価として目もくらむような宝飾品を置いていくのだ。
では、と宝目当ての人族が居住地の近くに治療院を開いたりしたのだが、見事に素通りされたという。
どうも、彼らは邪な気持ちを抱く人間を敏感に察知するらしい。
まあそれは正解であろうと、魔王も思う。
人族の欲深さは、魔王も骨身に染みている。
人族なんぞの前に単身で姿を現したが最後、捕獲されて強制的に宝飾品を作らされるのがオチである。
あくまで純粋な善意で、病や怪我に苦しむ見知らぬ異種族を癒した人間に、お礼として素晴らしい宝飾品を置いていく……なんとも心温まる美談として、彼らのいる地方では「小人の伝説」としてさまざまに形を変えて伝わっている。
性格は誇り高く、義理がたく礼に対しては礼で返すが、侮辱に対しては果断に対処する。
いろいろな意味で、扱いが難しい種族であった。
「ううーむ……」
魔王は唸った。
魔族の至宝、全部で十二しか存在しない宝である魔剣。
どうにも、諦めることは難しい。諦めるとしても、全力でやれることを尽くしてからだろう。
そして、彼には、地底族に縁のありそうな人物が、知り合いに、ひとりいた。
→ BACK→ NEXT
- 関連記事
-
スポンサーサイト
Information
Comment:0