あの少女―――クリス・エンブレードに連絡を取る。
通話に高魔力が必要なので普及はしていないが、瞬時に連絡を取る方法は存在する。
媒体は特殊な魔法のかかった鏡である。
大きさはさほどでもなく、手のひらほどの大きさだ。
同じ魔法のかかった鏡を双方でもち、魔力を注いで回路を開く事で、両者で会話ができるのである。
これは念話の魔法とは根本的に原理が違うもので、念話が頭の中で会話をするのに対して、これは鏡に姿を映し、言葉を音声にして会話をするのである。
そのため、念話にはある「同種族でないとうまく伝わらない」という欠点はない。が、その代わり、通信する両者が「媒体である鏡」と「高魔力」をもっていないとできないため、汎用性に極めて大きな問題があった。
魔王は、少女が立ち去る際、エルフにこの鏡を渡しておいたのである。相手も、素直にこれを受け取った。
魔族の王との人脈を持ち続けることは、マイナスではない、そう判断してのことだろう。
魔力で回路を開くと、鏡は振動する。
「あっ……。あー、えーと、どこにしまったか……。ああ、あった」
エルフの声がして、魔力を注ぎ込んだのだろう。魔王の元にある同じ手鏡に、エルフの姿が映った。
エルフの姿は、特徴的だ。
まずその長く伸ばした緑の髪がなんといっても目を引く。
そして、緑の流れを割るように伸びる長くとがった優美な耳にも、視線が移る。
肌の色はエルフの部族によって種々あるが、このエルフは古木の皮を剥がし、日に透かしたらたらこうなるのではないかという、不思議な色合いの褐色だ。
およそ、この世に数多いる少数種族の中でも、一二を争うほど著名な魔法特化種族―――それがエルフであった。
百人が百人とも、彼を見たらたちどころに正体をさとるだろう―――エルフ、と。
耳を隠しもせず、髪を染めもせず、よくも堂々と顔をさらしているものだと思う。
欲深な人族にとって、エルフは絶好の獲物だというのに。
……まあ、あのパーティ以上の武力を持つ存在など、あまり思い至らないが。
エルフがパーティメンバーを集め、そこで一行に向かって魔王は依頼を話した。
「――というわけで、修復したい。できそうなのは地底族だけで、あいにくと交流がなくてな。お前らなら有りそうだと思って連絡をとったんだが……ツテをもっているか?」
少女はエルフと顔を合わせる。エルフはかぶりを振る。
ダルクに目をやる。ダルクはかぶりを振る。
小人のパルに目をやる。頷いた。
少女は驚きの声を上げた。
「あ、パル、地底族にツテ持ってるの?」
「持ってる、つーか……まあ、知り合いぐらいはな」
「住んでる場所、知ってる?」
「ああ」
「紹介してくれる?」
パルは考えこんだ。
長い沈黙の後、言う。
「…………まあ、連絡を取るぐれーはしてもいい。アイツがあんたの勇名を聞いていて、会ってもいいって返事する可能性も、なくはないしな。でも、アイツが会いたくないって言ったらそれまでだぜ。俺っちにも、裏切るわけにゃいかない仁義ってやつがあるからよ」
少女は頷いた。
「あと、そいつの住んでる場所を教えるわけにもいかねえ。まだそいつの住んでる集落は、他の連中に見つかってないんでな。だから……俺一人で行って、話つけてくる。往復に一年ぐれーかかるな」
少女は呆気に取られた。
「……え? いちねん?」
「しょうがねえだろ? 乗り合い馬車を乗り継いでも、そんぐらいはかかっちまうよ」
今現在、手軽で誰にでもできる安価な遠距離連絡方法、などというものは存在しない。
魔王とマーラが会話した魔法は、前提条件が厳しすぎる。
魔力の媒体となる特殊な鏡を持っていない、鏡が高い、そして、何より、小人族のパルの魔力はそう高くない。地底族の魔力もそうだ。
魔王とマーラが会話できるのは、マーラがエルフで、魔王が魔族の王だからなのだ。
念話の魔法も、種族が違うため通じない。種族が違うと相手の気分程度しか通じないため、「会わせたい相手がいるんだけど、連れて行ってもいいかな? 大地の勇者なんだけど知ってる?」なんていう複雑な話をするにはまったく足りない。
もちろん、秘密の地底族の住居に手紙を届けてくれる配達人なども存在しない。
連絡を取ろうとしたら、とことこと出掛けて行って直に話をするのが唯一の方法なのだった。
隠蔽魔法のエキスパートであるパルは乗り合い馬車の無賃乗車の常習犯だが、目的地方面に向かう馬車を乗り継いで往復で一年かかるとパルは言っているのだ。
「……だめ。むり」
少女は結論を出した。
「悪いけどこの依頼は受けられ――」
そう告げようとして。
少女は言葉を止めた。
数秒の沈黙の後、顔を歪め、両手で頭を抱える。
「ううううう~~~っ。だめ。断れない…っ」
「どうしたんですか?」
「――炎神から今、連絡が入ったの。その剣は私の作ったものだから直すために持ってこい、って」
魔王は沈黙した。
エルフも沈黙した。
半魔族も、小人も沈黙した。
神がつくったもの、つまり――。
「神器!?」
一秒後、見事にシンクロした叫び声が響き渡った。
→ BACK→ NEXT
- 関連記事
-
スポンサーサイト
Information
Comment:0