あかね雲

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□ 勇者が魔王に負けまして。 □

1-3 勇者の信条




 少女が気絶した後も容赦なく整体マッサージは続けられ、痛みで起きるやら、痛みで失神するやらを二度繰り返した。

 そしてげっそり力が抜けた少女は、隅から隅まで女魔族の手によって洗われ、磨かれ、整えられ、香油をすりこまれ、ドレスを着せられ、髪を結われ、準備万端整った姿で、その日の夕食の席に現れた。

 見違えるようだった。
 武骨な部分鎧をまとった姿であっても、青い目に黒髪の可愛い少女だったが、ドレスを着て、髪を結いあげると、レディに変わる。

 綺麗な発色の黄色のドレスは、頭上のシャンデリアの光を浴びて、きらきらと光っていた。
 容色自体はそう際立って優れている訳ではないが、滅多にない種類の魅力がある。
 歴戦の冒険者らしい凛々しさの中に、少女の愛らしさが見事に共存していた。
 ……もっとも、現在は身支度の疲労にやつれ顔をしていたが。

 魔王はひとしきり少女を観察すると、にやりと笑った。
「かなり、手酷くやられたようだな」
「…………………………つかれました……」
 げっそりして少女は言う。

 給仕に招かれるまま、椅子を引いてもらい、魔王の右隣の席に座る。
 二人が座っているのは、二十人も座れるだろう長テーブルの端である。
 魔王と、少女以外に人影はない。
「それに、いいんですか? こんな豪華なドレス。私なんかに着せて……」

 どうみても絹。布の宝石と呼ばれるレースもふんだんに使われていて、根っからの庶民である少女からすれば、冷や汗が出る代物だった。
「箪笥の肥やしになっているよりは、その服も誰かに身につけてもらった方が嬉しいだろう」
 魔王は早速注文を付けた。

「それとな、敬語はよせ。お前は俺様の伴侶なのだから、さっきみたいでいい」
 少女の目が見開かれる。
「え? わたし、愛人じゃないの?」
「? 俺は妻になれ、と言わなかったか?」

「え、まあ……そう、だけど……」
 少女の困惑も無理はない。

 戦って、敗れて、敗れた方は勝者の言いなりが当たり前だ。特に女性は、「戦利品」として接収された、と思うのが常識である。

「これまで負けたことはなかったのか?」
「……あるけど……、仲間が私を担いで逃げてくれたから、大丈夫だった」
「娘。お前はさぞかし名の通った冒険者だと思うが、どうだ?」
「……えーと、うん、その、一部では……」

「それは謙遜、というやつか? それはよせ。自分で自分を貶めて馬鹿に見せて、一体何の得がある」
「……魔族はそうだろうけど、人間社会では謙遜するものなのっ!」
「そこまで言うなら好きにするがいいが……うむ。じつに、馬鹿っぽく見えるな。その謙遜という奴は」
 顎に手を当て、じっくりと頷いて言い、少女は憤慨した。

「わるかったわねっ、まったく魔族の人ってどうしてこうも口に遠慮がないんだか……」
「そう、それだ」
 魔王は手を上げた。
 合図に応え、給仕たちがそれぞれ魔王と少女の席の前に並べられている杯に酒を注いだ。
 葡萄色をした、香りに包み込まれるような素晴らしい芳香の食前酒である。

「お前の仲間。ドラゴンにエルフと実に多彩だが、うち一人は魔族だろう、どうしてお前の仲間になったんだ?」
「……え、えーと、その……」
「話したくない、というのは聞かんぞ」

「……わかってるわよ。ちょっと、長い話になるけど、いい?」
「ああ。おいおい、食事も来る。時間はたっぷりある。ゆっくり話すといい」
 並べられたのは普通の料理で、少女は正直ほっと胸をなで下ろした。

 人間を料理したものが出てきたらどうしようかと思った。
 中でもびっくりしたのは、どんと子豚の丸焼きが出てきたことだ。
「わ、わーっ」
 現金なことに目がきらきらしてしまう。

 庶民階級では、子豚の丸焼きは結婚などの特別な祝い事のときしか出ない大御馳走だ。
 給仕が子豚を押さえる者、ナイフを子豚に潜り込ませる者に分かれ、てきぱきと子豚を切り分けていく。さくさく、という刃音が食欲をそそる。
「うちの窯で蒸し焼きにした。皮はぱりぱり、肉はジューシィだ。そんじょそこらの料理屋の丸焼きとはわけがちがうぞ」

「うんっ! 美味しい!」
 皮はさくさくで、中身の肉は口に入れると肉汁が迸る。それでいてしつこくない。最初に皿に乗せられた分はあっという間に食べてしまった。
「おかわりっ!」

 哀れな子豚は、出てきた時はほぼ原形をとどめていて、ハッキリ豚とわかる外観だったのだが、ナイフで五センチ四方に切り分けられ、分けられた肉が次々剥がされて、どんどん骨格が見えてきた。
 しばらく、少女の健啖ぶりを好意的に見ていた魔王だったが、みるみる裸になっていく子豚に、とうとう自分の食事の手も止めて、呆れたように言った。

「……よく食うな」
「美味しいものを美味しくいただけるときに食べておくのは冒険者の当然の心得だもの! これ、ほんとに美味しい!」
 子豚の丸焼きは普通、五六人以上で食するものだ。

 子豚といっても、かなりの量がある。
 給仕もどんどん言われるおかわりの声に、しゃかりきになって取り分ける。
 部位ごとにそれぞれ違った味が楽しめるのも、丸焼の魅力だ。
 脂の乗った背の部分は濃厚な旨味が口でとろけ、ふとももなどはササミにも似たしなやかな肉の感触。内臓は抜かれていて、ない。それぞれ違った部位の味を、めいっぱい楽しむ。

 頭部はすっかり骨になり、給仕は専用の道具で頭を二つに割った。さして力を入れたように見えないが、こつがあるのだろう。頭蓋骨が割れ、灰色の中身が見えた。
 人間の、それも女の中には見た目の忌避感だけで食べた事のないものを毛嫌いする者が多い。
 この少女にその心配はいらなさそうだが、一応魔王は声をかけた。

「珍味だぞ、食べてみるといい」
「……なに、あれ……ああ、脳みそ?」
「ああ」
 やはり要らない心配だったようで、少女は給仕が皿にのせて差し出したそれに口を付けた。
 少女は口に入れて、目を見開く。

「……食べたことない味!」
「まずいか?」
「ううん、すっごく美味しい。……すごく、濃厚な味で……」
 結局、少女は完食ならずだった。

 三人前は食べたのだが。
 胃袋が満足すると、次は知的好奇心である。
「どこから話せばいいかな……」
 少女はグラスを片手に、しばらく思案する様子だったが、やがて思いきったように話しだした。

 ―――私が生まれたところは辺境も辺境で、辺鄙もいいところだった。でも、そのおかげで、私はよくある亜人種への偏見も、魔族への偏見も持たないで済んだの。
 私は冒険者になってその村を旅立ったけど、私は今でもその村が大好きよ。……魔物に、滅ぼされた今でも。

 そう、私の生まれ故郷は、魔物に滅ぼされてしまった。人口が二百人に満たないほどの小さな村だったけど、大事な、故郷は、壊れてしまった。
 もちろん、このご時世だもの、それは珍しいことじゃないってことぐらい、よく判っているわ。ううん、冒険者になって、わかるようになった……。

 私自身、村を襲う魔物を何度報酬貰って退治したか、数え切れないから。
 だから、冒険者組合ってものがあるんだしね。

 私の仲間の魔族……ダルクに会ったのは、一年前の事よ。
 いくら魔王協会統一法に批准していても、ごくわずかな国を除いて、人間の国では魔族の姿は珍しいから偏見も強いわ。
 魔族の国は人間に寛容だけど、ね。
 ダルクは、半魔族なの。人間の母と魔族の父の間に生まれた……。

 ダルクは、病弱なお母さんとの二人暮らしだった。……お父さんは、知らない……。私も、聞いてない。
 ダルクは、その魔力を使って、盗賊団の用心棒的なことをしていたわ。人間の国で、魔族がお金を得る方法って、そういうことしかないんでしょうね。

 私は、その盗賊団の壊滅を依頼されたの。
 その時にはすでにエルフ族のマーラも仲間にいたし、ドラゴンのコリュウも仲間にいたから、ダルクのかけたまやかしの結界は破壊できた。
 で、盗賊団は壊滅。
 もちろんダルクも戦って叩きのめした。

 ……そこまではよかったんだけど、その数日後、ダルクは牢を脱走してね……。その捜索を改めて依頼されたの。
 ダルクは、病弱なお母さんのもとに戻っていた。ダルクが戻った時、お母さんは危篤状態で、そこに私が駆け付けたのよ。

「…………まさかと思うが、その母親を助けたのか?」
「そうよ」
 当たり前、と平易に頷く。否定的な問いかけにも怯む事のない真っ直ぐな眼差しだった。

 魔王は手で額を覆った。
 魔族は、たいてい、回復魔法が不得手だ。その分攻撃魔法は得意だが。
 魔王は高度な全回復魔法も扱えるが、だから、魔王なのだ。
「……お前は馬鹿か?」

 反発するかと思いきや、少女は肩を落としてはあーっとため息をついた。
「……仲間にもよく言われる。ソレ」
「当たり前だろうが。敵を助けてどうする、敵を!」

「敵だったら私だって助けないわよ! お母さんには関係ないでしょ!」
「仲間にもよく言われる、ってことは、あれか? 行く先々で同じようなことしてまわっているのか!?」
「うっ……」
「図星か!」

「わわ、悪かったわね! 仲間たちには何言われても仕方ないけど、あなたに言われる筋合いはないわよ!」
「…………」
 魔王は、白い目で少女を眺めた。
 少女はうっと怯む。

「あれか? 困っている人を見捨てられないのオーってやつか?」
 ぐさっ!
 少女は胸を押さえた。

「それを繰り返せば、さぞや仲間も達観するだろうなあ、ああまたか、と」
 ぐさぐさっ!

「まあ自己満足で厄介事に首を突っ込むお前本人はいいとして、付き合わされる方はたまらんなー」
 ぐさぐさぐさあっ!
 精神にクリティカルダメージ!

「……わかってるわよ、自己満足だって。でも、それでも私は目の前で死にかけてる人や困ってる人がいたら何度だって手を差し伸べるわよ! それで痛い目見たって構わないわ、私が好きでやってるんだから! でも……」
 少女は魔王を睨みつけた。

「私の仲間たちを侮辱するのはやめて。彼らは自由意志のある存在だわ。勝手に彼らの気持ちを斟酌してわかったような顔をして言わないで。仲間が私から逃げたいというのなら逃げていい。嫌だというのならそう言えばいい。一度だって私は、私についてくることを強制したことはないわ!」
「ふむ、それもまた、一理あるな」
 ひとつ頷き、魔王は少女を見返した。

「その通り、お前の仲間は誰に強制されたわけでもなくお前と一緒にいる。……ということは、お前と一緒にいて、その道を共に歩む事に満足しているんだろうさ」
 いきなりの肯定に少女はぽかんとする。

「……で、話を元に戻すと、母親をお前に助けられた魔族の男は、恩返しにお前に忠誠を誓った訳か?」
「いいえ。……ダルクのお母さんの治療には、高額な薬が継続的に必要なの。でもエルフ族のマーラならその薬を調合できる。ダルクは、私からの『施し』を断って、薬の分、私のために働くと言ったのよ」
 魔王はあの男の頑固な顔つきを思い出す。どうやら、かなり義理がたい性格らしい。

「あれか? 口の悪い魔族の人、というのはそいつか?」
「……そうよ」
 何となく、想像がついてしまった。
 誰彼構わず善意の大盤振る舞いをする少女と、それに口酸っぱく注意する半魔族と、仕方ないなあという顔で眺める他メンバー。

 魔王はにやりとする。
 思っていたより、変わった女だ。
 魔王は悪癖があった。

 普通のもの、平易なもの、平凡なものに興味などない。変人が好きなのだ。
 いろんな種族を仲間にしている女に興味を抱いた。そんな女が、「普通」であるはずがない。だが、思っていたより更に、ヘンな女のようだった。

「お前は、どうしてそんな貧乏くじを引くんだ? お前に助けられて、感謝する人間もいるだろう。だが、お前に助けられて、お前を恨む人間もいたんじゃないのか?」
「……」
 心に、一本の引っかき傷。
 少女は、過去の傷が蘇る痛みに一瞬だけ傷ついたような色を瞳に浮かべたが、それは本当に少しだけだった。

「そういう人は、確かにいたわ。私に、命を助けられて、でも、そのあまりに大きな恩を抱えていることに耐えられず、私を悪く言って抱えている重荷から逃れようとした人は」

 人の心は複雑怪奇だ。
 誰かに助けられるという事は、誰かに対して借りを感じるという事。それを返そう、返せると思える気概のある人間ならいいだろう。
 だが、あまりに大きな恩は、それを受けた相手にとって、大きな借金を負うのと同じだ。その重みに耐えられず、逆に相手を貶めようとする者は、いる。

「それでも、お前はその道を選ぶのか?」
「ええ」
 迷いのない、即答だった。

「私は、助けないで後悔するより、助けて後悔した方がいい。……それは、あなたの言うような人もいたわ。でも、そうでない人の方が、ずっと多かった……。彼らのお陰で、私はいろんな局面で助けてもらえた。だから……この性分は、もう一生治らないと思う」

「赤の他人でも?」
「誰でも知り合った時は赤の他人よ」
「それでも助けるのか? 命がけで?」

「べ、べつに命がけで助けるって言われると、すごくできた人間みたいに見えるけど、実は大半なりゆきなんだけど……でも、結果的にそうなっちゃう事が多いわね……」
 なるほどなるほど。
 魔王はにやにや笑いを尚更深くする。
 実に、とっても、珍しい女だ。

 赤の他人を命がけで何度も助けて、時には助けた相手にしっぺ返しをされてもやっぱり助ける。
「あの婆のお気に入りなだけのことはあるな」
「……? だれ?」
「炎神のくそ婆だ」
 少女は絶句したようだった。無理もない。

 そのとき、食後のデザートの氷菓が運ばれてきた。
「これ……なに?」
「氷菓子だ。美味いぞ。食べてみろ」
 少女はスプーンを取り、硝子の器に盛られた氷菓をすくって恐る恐る口に入れた。

「く、口の中でとろけるっ! 美味しいっ!」
「氷菓子を食べたことがないのか?」
「王侯貴族の食べ物だもの……、一度もないわ」
「だが、お前は一国の救世主だろう?」

 少女はぴきりと固まった。視線をあらぬ方へさまよわせる。
「……え、えーと、そ、そんなこと……ないわ、よ」
「嘘がド下手だなー」
 呆れて魔王は言い、少女は頭を抱える。

「うううー、何で知っているの?」
「いや、単なるカマかけだが」
 ぴしっ、と再び少女は固まった。

「お前の性分から言って、あと装備品の質の高さから言って、そうであってもおかしくないだろうと思っただけだ」
 魔王はニヤリと笑う。
 実に魔王らしい笑みだった。

「いやあお前は、ほんとに、退屈しない話を山ほど知っていそうだな」


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Date:2015/10/24
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