「……うん。それ、私が作ったものだから持って来いって」
「ちょっと待って下さい……神器? つまり、魔剣は、神が作ったものであると?」
「……そう、みたい」
再び、一同は沈黙した。
「……一本が神器ってことは……」
「普通に考えて、残る魔剣もすべてそうだろうな……」
「と、いうことは、」
必然的に導き出される結論。
世界に、輪を描き、等間隔に散らばる十二の魔族の国。
まるで測ったように――そう、まさに、「測って」作られたのか。
神によって。
沈黙を、破ったのは少女の軽やかな笑い声だった。
「さすが魔族ね。あふれんばかりの神の寵愛を受けし種族だわ。居住地から名産品から至宝から……何から何まですべて至れりつくせりで用意されて、なんて神の祝福あつい種族」
強烈な皮肉に、魔王は、鏡越しに顔をしかめた。
事情を知らないダルクは、首をかしげていたが。
「おまえな……」
「あら。気分を害することはないのよ。そういうつもりで言ったんじゃないから。――神の寵愛あふれる魔族とくらべ、何ひとつ神の祝福を受けない我が人族は、今やあなたがた魔族と勢力が拮抗しているわ。人族を祝福し、庇護してくれる神は一つもいないと言うのにね。私たちは、自分たちの力で、ここまでのしあがったのよ。――誰かに与えられた権利より、己の力で勝ち取ったものこそ尊い。それが魔族の考え方でしょう? 人族は、何一つ与えられなかった逆境こそをバネに、自分たちの力だけでここまでのし上がった。それを、私は心から誇りに思っているわ」
悠然として、少女は笑う。心に揺るぎない誇りを抱いている者の、矜持が伝わってくるような顔だった。
ときどき忘れそうになるが――彼女は、間違いなく、人族なのだ。
人族の横暴な振る舞いが多すぎて異種族の側に立つことも多いが、彼女は、その身体に流れる血の一滴にいたるまで人族であり、たとえば魔族と人族が種族の命運をかけた最終戦争が起こったときは、間違いなく人族の側に立つだろう。
彼女は人族であり、そしてそれを、かけらも恥じていない。己が人族であるという事に、自らが属す種族に、誇りを抱いている。
無から始まり、全ての権利を戦い、勝ち取ってきた種族の誇りを胸に抱いていた。
「それで、報酬の話だけど」
「……いくらだ?」
「その剣ちょうだい」
あっけらかんと、彼女は言った。
魔剣一本売れば、億は超える。
ただし、正常な状態なら、の話だ。
こんなぼっきり折れた状態では、ガラクタである。いや、正確に言えば破片にもそれなりの価値はあるが……。
「修復に成功しなかったら、日当も旅費も手間賃もなにもすべてなしでいいわ。ただし、修復に成功したらこの剣ちょうだい」
「…………」
魔王は渋面をつくった。
炎神のところまで行って戻るには、ひと月以上はかかるだろう。
このパーティをそれだけの間借りきる、その間の日当をまともに払ったら、支払えない額ではないが、彼の裁量で動かせる金を越える。国として、予算を組んで支払う額になるだろう。
「……お前の物になったその剣を、売ってくれるのか?」
少女は笑顔で頷いた。
「それはもう。四の国の代官でも、あなたでも、どっちでも売るわよ。――適正価格で」
魔剣の適正価格=国家予算で支払う額である。
少女にしてみれば、積み上がった借金をそろそろチャラにしたい頃合いだろう。
魔剣を一本売れば、それは叶う。
危険を冒しても、やってみる価値はあった
「……もうちょっとまからないか?」
すっとぼけて少女は上を向いてひとりごちる。
「炎神の神器、となれば、修復できる人間は少ないわよねー。炎神とコネがある相手で、魔剣を預けられる相手。すっごい希少な人種よねー」
「……」
「折れちゃった魔剣なんか、ガラクタ同然だし? というか、折れちゃったことを外部に知られると、いろいろ困るわよねえ……なんたって魔族の至宝だし?」
「……」
「普通に依頼するとなると、半額は即金で、にこにこ一括前払いになるんだけど、私たち、高いわよ?」
にっこりと、少女は笑う。
そしてそれは、疑問をさしはさむ余地のない事実だ。
「一方、魔剣は今はただのガラクタだしー。それがなくなっても、痛くもかゆくもないわよねえ? おまけに失敗したら懐はなーんも痛くないわけだし?」
魔王にしてみれば、他に修復手段はない。神器であると判明した以上、神以外に修復することはできないだろうし、炎神の寵愛を受けた人間を、魔王は他に知らない。
探せばいるかもしれないが、そもそもいるかどうかも知らないのだ。そんな相手を探し出すのは、たいそう骨が折れるだろう。
「……わかった」
魔王は決断した。
どうせ、今のままでは、剣としての価値は無に等しい。
失敗すれば手元に戻り、金銭の支払いはなし、成功すれば復元した剣はあちらのものになるだけ。
「剣を渡す。こっちから道を繋げるから、エルフ、そのまま保持してくれ」
「はい、わかりました」
遠距離を、安定して一瞬で移動する手段がひとつだけある。魔力を持つ者がゲートをつくり、それをくぐることだ。
ただし、これには大きな欠点がある。
移動する人間に高い魔力が備わっていないと、途中で空間のはざまに落ちてしまうのである。どれほどの魔力が必要なのかは、移動距離に比例する。
逆に、これを利用して、ダンジョンの入口とする方法もある。
空間のはざまに、一つ閉鎖空間をつくる。面積は狭いが、一つの世界と言っていい。
綿密に計算してその付近を通る『道』を作り、わざと空間のはざまに落ちれば、閉鎖空間にご招待、である。
魔力がない人間は空間のはざまに落ちることを逆利用したものだ。
ユニコーンがいたのもこれで、閉鎖空間は完全に孤立した空間のはざまにあるのだから第三者に偶然姿を見られるなんていう危険もなく、通常空間とは完全に縁が切れる。……縁が切れすぎて、脱出が困難であるという欠点はあるが、それを除けば各種秘密の隠れ家にはぴったりと評判である。
脱出には専用の道具、もしくは高魔力が必要だが、この手法が見つかって以来、ひみつのダンジョン、というやつは大抵コレである。
彼女が魔王に言った皮肉の意味は、これまで断片的にちょこちょこ出てきましたが、第三章の終盤で明らかになります。
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