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あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

3-5 ぽっきり折れた魔剣 4


 無事に折れた剣を受け渡し、少女は慎重に、それを布で包んだ。主人がいない状態の魔剣がどれほどの切れ味か、わからなかったのだ。

「ところで……、おまえ、結婚するのか?」
 思いっきり、吹き出すところだった少女である。
 さっきまで堂々と値段交渉していた人物とも思えない慌てふためいた呈で噛みついた。

「な、な、んんなななな! なに言ってるのよ!」
「……その反応からすると、本当なのか?」
「だ、だだだ誰から聞いたのよ!」
「…………で、結婚するのか?」

 少女は、マーラを見た。情報漏洩の犯人として、いちばん可能性の高い相手を。
 しかし少女の視線を受けて、エルフは慌ててかぶりを振った。

「俺の耳も捨てたものではないからな。――で、結婚するのか?」
 少女はぱくぱく口を開閉させたが、やがて肩を落としてかぶりをふった。
「……しないわよ」

「そうか、それはよかった」
 しょうじきに、そう言った魔王を少女は睨む。
「しかしだ、ちょっとばかり面白くないな。やることなすこと全て報告しろなんてことは言わないが、一言教えてくれてもいいだろうに」
 少女は首を傾げた。
「なにを?」
「お前が結婚を機に冒険者を辞めるとか、結婚するとか、そういう話をだ」
「どうして? あ、そうか、私が結婚したら予定が狂うものね。でも、魔王のお妾さんになりたい人なんて、いっぱいいるでしょう?」

 再び、沈黙が舞い降りた。ただし、先ほどとはまるで違う性質の。
「…………」
「…………」

 ダルクはこっそり少女から距離を取り、マーラは自分が手にしている鏡から魔力を遮断しようかと真剣に考えた。

「ようするに、お前は」
 鏡の向こうで、魔王がいう。熱く危険なものを、表層の下に押し込めた声。

「俺が、お前に求婚したのは、お前を妾にするつもりだったと、そういう風に思っていたのか?」
 その危険な空気を微塵も察しない驚異的な鈍さを保有する勇者はあっけらかんと言った。
「え? だって、普通そうでしょ? 五十年もすれば私は生きてないし」
 この時代、人族の平均寿命は五十前後である。

「私結構強いし、各種族にコネあるし、妃のひとりとしては、まあ、人族だってことを差っ引いてもいい感じ? バトルになってもいろいろ手助けできるし……難を言えば混血児が生まれちゃうことだけど、ま、純血の子どもは他の妃が産むだろうし」
 強い魔族には、その血を残すことが求められる。もちろん、純血の。
 それが魔族の貴族の役目であり、ひいては、魔王の役目である。

 つまるところ、少女は魔王がした求婚を以上のように考えていたのだ。
 利害のため、と。

 実際、彼女を娶ることは利が多い。
 多種族に渡るその人脈はなかなかないものであり、その強さもまた、いつ挑戦者に玉座から蹴落とされるかわからない魔王という地位においては大きな意味を持つ。
 だから、少女はこう思っていた。
 ―――ま、気に入ってくれたのは確かだろうけど、求婚までしたのは利益を考えてだよね、と。

 そしてその、論理的には筋が通っているものの感情的にはまったくもって論外の言葉を聞いて、魔王はブチ切れた。
「馬鹿かお前は!!!」

 その瞬間、マーラが手にしていた鏡が、紫色の閃光を放った。
「!」

 素早く警戒態勢を取った少女が回避するより前に、魔王は少女の襟首をつまみ上げて猫の子のようにぶら下げていた。
 鏡を媒体に、『道』を通して移動したのだ。

「わっ! わわわっ! 離してよー!」
 長身の魔王が手を真っ直ぐ上に上げて、その手の先に少女を吊り下げると、少女の足元は完全に宙に浮く。
 地に足がつかない不安定さに少女がじたばたするが、生憎と、魔王さまは彼女と力比べをして勝てる数少ない相手である。

「お、ま、え、は~~!せっかく、俺様が、お前の自由意志を尊重してやったというのに、根本的なところから気づいてなかったのか!」
「う、な、なんのこと!?」
「俺が、お前に、惚れているということだ!」

 どうどうたる一喝に、マーラは内心感心し、ダルクはたじろいだ。
「無理強いするつもりならとっとと魔王協会第二条を盾に、婚礼の式のひとつやふたつ挙げてるわ!」
「だ、だだだだだって、私人族だしっ!」
「それがどうした!」
 なんとも男らしい断言に、さしもの少女も一瞬絶句した。

「だ、だってあなた魔王なんだから、純血の妃を……正妻をとんなきゃいけないでしょー!!!」
 そう、いかに魔王が主張しようが、王様には子づくりの義務があるのである。
「お前が生きてる間は他の妃はいらん!」
 ふたたび、少女は絶句した。
 少女は後長く生きても五十年。
 王には子孫を残す義務があるが、魔族の寿命からすれば、その後でも十分間に合う。

「だいたいだ、俺とお前の子どもだぞ、強いに決まってるだろう!」
 魔族は結局のところ、強けりゃいい世界である。

「お前の意志なんぞ尊重するんじゃなかったと切に思うぞ。その手のことをもういっぺん言ったら、叩きのめして寝室につれこむぞ!」
「えーん! コリュウ助けて~~!」
 助けを求められたコリュウは、とっても困った顔で母親と魔王の顔を交互に見て、おずおずと言った。
「…………あのお……、ごめんなさい。クリスを離してクダサイ……」

 魔王はふんと鼻を鳴らすと、手を離した。
 解放された少女はコリュウに手を伸ばす。
「えーん! コリュウ~~~っ!」
 四対一でも負けたのだから、魔王相手に一対一ではもちろん少女に勝ち目はない。

 その少女の体を、魔王はひょいと片手で抱えあげた。
「え? え? え?」
 解放された矢先の出来事に少女は戸惑う。

 ぺりっと飛竜の幼生を引き剥がし、魔王は肩の上に少女を担いだ。
「ちょ……!」
 少女を担いだ状態で、魔王はエルフ族に目をやった。
「ふたりで話をしたい。部屋を一つ、借りるぞ」
「……はあ」
 消極的に、マーラは了承を返した。
 ここは少女の家であり、彼らが集まって魔王の通信を受け取ったのは居間である。その隣、いちばん近い部屋(客間)に魔王は少女をつれこむと、ばたんと扉を閉じた。

「……おい。大丈夫なのか?」
 閉ざされた扉にダルクが懸念を示したのも当然で、少女はうら若き女性であり、魔王ははっきりとその少女に求婚している。
 通常なら、ダルクもこんな懸念を覚えない。女性の冒険者には、身の危険が付きまとう。そうした場合の対処において、彼女は極めて豊富な経験を積んだ「熟練者」であるのだから。
 彼女を襲った男どもには、洩れなく同情を禁じ得ない運命が待っていた。
 だが――、魔王は、彼女に「無理強い」のできる、大陸でも極めて貴重な人間であった。

 マーラは微妙な苦笑いとともに手を振った。
「魔王が、彼女の意志を踏みにじる行動をとるようなら、とめますよ」
「……できるのか?」
 相手は、この世界で最強者の一角を占める人間だ。

「ここは、私たちの作った森の中ですよ? たとえ魔王であっても、この結界の中において、エルフに魔力で勝つのは無理です」
 そう、先日の、あの、魔法がまるで効かないなんていう悪夢のような存在でもなければ、この結界内ではエルフが勝つ。
 それで一応の安心を得たものの……、コリュウとダルクが不安げに扉を眺めたのは、無理ないことだろう。


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Date:2015/11/24
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