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あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

3-6 ぽっきり折れた魔剣 5


 一方、ふたりっきりで部屋の中で魔王と向き合う羽目になった少女は、唇を引き結んで魔王を見ていた。
「……」
 魔王の方は、ソファに少女を下すと、その前に立って、じっと少女を見ている。
 そう見られると、どうにも表情の選択に困るのである。

 やがて、魔王は口を開いた。内容は、予想だにしないものだった。
「――おまえ、目的はなんだ?」

「……え?」
「おまえは、何がしたくて冒険者になった?」
「……べ、べつに何か目的があったわけじゃなくて、生活のためで……」
「それなら、もう十分すぎるほどだろう。お前は、一生遊んで暮らせるだけの財産を、すでに築いたはずだ。その時点で引退したっていい。だが、お前はそうはしなかった……。お前の仲間が、どれほどお前を心配しているのか、知っているか? このままだと、お前は婚期を逃すぞ」
「う……っ!」
 イタイところを突かれて、少女は呻いた。
 同年代の女性を見れば、結婚して既に子どもがいる相手も多いのである。
 二十歳で「年増」、二十五にもなれば、完全に「いきおくれ」と言われる時代であった。

 魔王はため息をつきながら言った。
「――お前は、自分が女だという事を、わかっているのか? 冒険者は、女が、一生できるような仕事じゃない」
「……う……、そ、それは、偏見って、ものじゃないかなあと……」
「阿呆か、おまえ」
 魔王は言い放った。

「何度か負けたとき、仲間が担いで逃げてくれたと言ったな? なんで、お前の仲間が、危険を冒してそうしたと思っている? お前が、女だからだ」
 どうにも反論できない、それは事実だった。
「お前が負けて、一度でも戦場に取り残されてみろ。どういう目に合うのか、わかっているのか。お前の現状について、俺に注進する奴がいたが、どうしてかわかっているのか。お前が、俺の、妃として魔王城に一時滞在したからだ」
 そう、その時点で、世間は彼女を魔王の所有物とみなすのである。

「男なら負けて捕虜になっても、傷にはならん。だが、お前は女だ。俺様に負けたことで、お前の周りには、少なからず不快な噂が飛び交ったはずだ。ちがうか?」
「……チガイマセン」
「その声が大きなものにならなかったのは、俺様が吹聴しなかったこと、お前がその後すぐに解放されたこと、そして何より、俺様が魔王だったからだ。わかっているか?」
「…………ハイ」

 言葉の刃って、いたいなあ。
 相手が正しいと、尚更だなあ。

「で。お前はこれから、百戦して百勝するつもりなのか?」
「だ、だって、私が居なくなったら、この地域が……」
「それこそ思い上がりだ」
 魔王は切って捨てた。
「この世には、絶対に他人で代替の利かない事などというものは滅多に存在せん。お前がいなくては駄目というのは、お前の思い上がりだ。お前は、自分がいなくなったらこの地域の安全保障はどうするんだと言いたいんだろうが、そもそもお前がいなかったとき、この地域はそれなりに、やっていたのだろう? その頃に戻るだけだ」
「…………」
 もはや、何も反論できなかった。

「男なら、一生死ぬまで続けることもできるだろうがな、女が、いつまでも続けていられる職業じゃない。お前が続けるかぎり、お前の仲間も続けざるを得ない。そして、お前が負けたら、たとえ自分の身と引き換えにしても、お前を戦場から逃がさなければならん。何故ならお前にとって――」
 聞きたくなかった。少女は耳を押さえた。
「戦場に取り残されるということは、死よりも酷い運命を意味するからだ」
 ……その、通りだった。

「お前は、大陸でも随一の名声を持つ女だ。……わかっているんだろう? 人は、自分より高い所に上がった人間を、地べたに叩き落としたがることを」
「……うん……」
「お前が、俺様の妃になったという噂は、お前にとってさほどの傷ではない。なんせ、王妃になったという話だからな。だがそれでも、お前を地べたに叩き落としたい人間は、不愉快な味付けをして吹聴したはずだ」
「……」
 まったく、否定できずに、少女はあらぬ方を向いた。

 彼女を誹謗中傷しようという人間がその話を大きく吹聴しなかった理由はただ一つ――「一介の平民の娘が王妃になりました」なんていう話が中傷になると思う人間は、ごく少数だからである。

「これからお前が負けて捕虜の辱めを受けた時――なまじ高名なだけに、お前の名は、泥にまみれ、まともに外を歩くこともできなくなるはずだ。お前が負けるというのは、そういうことだ」

 冷静に、淡々と、女が続けられる仕事じゃない、という魔王の言葉は、まったくもって、そのとおりだった。
 少女も、冒険者として生活している以上は負けたときの覚悟はできているつもりだが、なまじ名が高いだけに、そうなったときのダメージも大きい。
 少なくとも、彼女の敵は、喜び勇んでそのことを吹聴し、彼女の名誉と尊厳を傷つけるだろう。勇名の価値は激減し、まともに外を歩くこともできなくなるだろう。……口には出さないまでも、彼女の仲間たちが魔王と同じことを心配して、辞めてほしいと思っているのは、間違いない。

 辞める……。
 それを、考えたことがなかったとは、言わない。

「この仕事が成功すれば、お前の借金はチャラになるだろう? なら、勝っている今のうちに、身を引くべきだ。お前は、女だ。それはお前のせいではないが、事実として、お前は女だ。いかに不平等だ、なんだとお前が叫んだところで、事実は変えようがない。お前は女だということも、女であることに伴う危険も、変わらない」

 その通りである。いかに目を吊り上げて主張したところで、女性がもつリスクも、危険も、変わらないのだ。
 戦場で負け、一度でも捕まったら……最後だ。
 男なら、酔っぱらって酒場で話す武勇伝で済む。昔とある戦場で捕虜になってよー、で済む。
 けれど、同じことは、女性には、決してできない。できるはずもなかった。

 黙っていると、魔王は、ふうと息を吐きだした。
「……とまあ、理をつくして言ってみたがな。お前は、どうして冒険者をつづけたいんだ?」
「――どうして……?」
 呟いて、少女は心を内面に向けた。
 始めた理由ははっきりしている。生きていくためだ。
 至極ありふれていて、だからこそ理解もされやすい切実な理由から、少女は冒険者になった。

 仲間たちが、もうやめてほしいと思っているのも、知っている。
 でも、今だに続けているのは……なんでだろう?

 悩む少女を見下ろし、魔王は言った。
「……お前は、どうすれば俺を好きになる?」

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Date:2015/11/24
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