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あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

3-7 ぽっきり折れた魔剣 6


 ……信じられない言葉だった。
 少女は、ぽかんと口を開け、見事な阿呆面をさらした。
 強さがすべて、強いことに価値を置く魔王が、彼女に、おもねるとすらいえる言葉を言ったのだ。
 女にへつらう無様と評する人間もいるだろう。
 だが、そのことに、魔王の真剣さを感じずにはいられずに、少女は俯いた。
「あ、あの、その……」

 言葉が出てこない。
「その……」
 彼女の狼狽は数十秒も続き、やがて、魔王の盛大なため息がそれを打ち切った。

「お前は、ほんとに、難しい女だな」
「……?」
 顔を上げる。
 魔王は腕組みをして、彼女を見下ろしていた。むっつりと、不機嫌そのものの表情で言う。
「俺様は、女を口説いたことがない」
 それは、そうだろう。
 普通の人族の王でも、女性をつかみ取りにできるというのに、魔族は力に惹かれる。魔王ともなれば、権力もあるし、望めばどんな美女も思いのままのはずだ。

「鍛えて力を付ければ、女はなびく。そういうものだと思っていた。が――お前は人族だ。その法則はあてはまらん。おまけに、金や権力を、お前は欲しがらん」
「そ、そうだけど……」
「だから、俺様は困っている。金もだめ、権力もだめ、金銀財宝をやったところで嬉しがるとも思えんし……お前は、どうすれば俺を好きになる?」
 直接話法は、時として、絶大なる効果を持つ。
 ことに、彼女のように鈍くて恋愛沙汰に不慣れな相手の場合は特に。

 まっすぐな求愛に、少女は真っ赤になりながら言った。
「ど、ど、どうすればって、言われたって、私だってわからないしっ」
「あれか? 優男が好みなのか?」
 どうやらアランの事は外見までばっちり伝わっているらしい――。
 アランの外見はべつに細くもなければ華奢でもなかった。重い小麦の袋を持ち運び、パンをこねる職人として中肉中背だったが、屈強な冒険者と比べれば優男だ。
 そもそも普通の町人を冒険者と比べるのがおかしいのだが。

「――ごめんなさい……」
 結局、そういう返答しかできなかった。

 が、前回同様の返答に、前回同様、魔王は寛大だった。
 鷹揚に頷き、これだけはという風に確認を取る。
「俺様が政略目当てじゃないってことは理解したな?」
「……う、その……あの、ほんとに?」
「お前と結婚するのに利点があるのは認める。だがな、俺様は、そんな些少な利点を追及してお前みたいな面倒な女を選ぶほど困ってないぞ」
 魔族の国の頂点に座す男はそう言った。

 人族の国の王族や、弱小国の王なら、彼女との婚姻で得るものは極めて大きいだろう。だが、魔王の視点では異なる。
 古来より続く魔族の十二の領土はいまだ不可侵のままありつづけていて、彼が治める領土もまた、予算、兵力ともに潤沢であり、彼女の力を求める必要はまったくなかった。
 貧しい者と富める者では、尺度がちがう。
 弱小国から見れば、喉から手が出るほど欲しい彼女の力も、魔王から見れば、あれば便利だがなければ別に、程度なのである。

「……うん。わかった……」
 少女がこくりとうなずく。

 魔王としては、今回のところは、自分が打算からでないということを理解させればひとまずはいい。
 最低限の目的を無事達成して、魔王はどっかりと彼女の隣に座った。天を向いて、ひとりごちる。
「俺様は、恋をしたことがない」
「……え?」
 驚いて隣を見ると、魔族の黒い瞳が至近距離から少女を見つめた。
「不思議か? 欲しいと思えば、女はすぐに手に入った。俺の事が好きではない女も、寝所にすすんではべった」
 それは、そうだろうなあと、思う。
 見栄えも悪くなく、魔族は力に惹かれる習性があり、とどめに王様である。

「だから、お前と恋をするのは、楽しい。……お前の声を聞いて、お前の姿を見ていると、心が浮き立つ。これが恋というものかと、思っている」
「そ、そういうことを面と向かって言わないでよっ!」
「変な奴だな。こういうことを面と向かって言わないでいつ言うんだ? ……ひょっとして、まさか、気がついてないのか?」
「え?」
「俺は、お前を、口説いているんだ。面と向かって言わなくてどうする?」

 ぱく、ぱく、ぱく。
 陸に打ち上げられた魚そっくりの顔で、少女は口を開閉させた。

 少女のその表情が、何より雄弁な答えである。魔王は呆れた顔になった。
「……おまえ、ほんっとに鈍いな」
「言うな、そんな本当のことっ」
「自覚はあったのか」
「だ、だってだって、わ、私なんか好きになってくれる人がいるなんて思ってなかったっていうかっ」
 もう相次ぐ「口撃」に、混乱のあまり自分でも何を口走っているか判らない状態である。

 だが、魔王は真顔になった。
「……私なんか? 卑下するようなことを、何か言われたのか?」
 はっと気づいて、少女は口元をおさえる。

 もちろん――彼女の、自分への過小評価は、あの記憶に基づくものだ。
 ――助けられたはずなのに、助けなかった。
 恐怖に駆られ、両親も友人もすべて見殺しにして、ただ逃げた。
 その結果、村は滅び、だがコリュウと彼女は無事に、今、こうしている。

「……あのね、その……私はあなたが思っているような人間じゃないの」
 少し迷った末に、少女はそれを打ち明けた。

 ……つらすぎて、あの村の記憶は思い出したくない。だから、淡々と、事象の表層だけを説明した。
 枝葉末節を除けば、一分で終わる話だ。
 村が魔物に襲われました。コリュウに助けてもらって自分だけ逃げだしました。生まれ故郷は壊滅して、両親も友達もみんなみんな死にました。生き残りの村人は離散して、はて、今どこでどうしているのやら。

 聞き終わった魔王は、口元に手を当てて、考え込むように、しばらく黙っていた。やがて、確認するように、問う。
「……自分より強い者におびえることは、悪ではないんだぞ?」

 彼女は、素直に頷いた。
「うん。わかってる。臆病さは、賢明さでもあることも、わかってる。私も、駆け出しの頃、何度も逃げたもの。自分より強い相手から逃げることは、恥でもなんでもない。猪突にかかっていって命を散らす方が、愚かだわ。……でも、自分の故郷だから。頭ではわかっていても、割り切れないの……」

 彼女も、他人が同じことを言えば、同じように励ますだろう。
 決してかなわない魔物を前に逃げ出すのは、悪い事じゃない。ましてその時の少女はただの村人で、恐慌状態に陥ったのは、無理のないことだった、と……。

 だけど、頭ではわかっていても、気持ちは、割り切れない。
 だから彼女は人助けをした。

 あそこで生き延びたからこそ、彼女は、村の人命に数倍する数の人々を助けることができたのだと、そう言えるように。
 結果論は、結果論なりの説得力をもつ。
 人命の数で言えば、あそこで逃げて、自分の身の安全をはかってよかった。あそこで逃げたから、たくさんの命が助かったのだ。……そう思うことで、ココロのどこかがなだめられた。
 ――でもそれが、単なる自己正当化の言い訳だということを、誰より少女自身が知っていた……。

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Date:2015/11/24
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