fc2ブログ
 

あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

3-8 ぽっきり折れた魔剣 7


 少女の、焦った声があがった。
「ちょ……ま……っ!」

 彼女の抵抗を粉砕して、大きな手が、わしわしと頭を撫でる。
 さっき、子猫のようにつまみあげられたときも思ったが――魔王は、彼女より早い。アランのときのように、ぼうっとしているわけでもなく、わざと避けなかったわけでもないのに、動けなかった。
 ……害意はなさそうなので、少女の抵抗もやんだ。大人しく頭を撫でられる。

「俺はお前が好きだ。だから、お前は、もう少し俺を頼れ」
「やだ」
 ……即答に、手が止まった。

「いやだ?」
「借りを作ったら、返さなきゃいけないじゃない。借りっぱなしは嫌だわ。だから、頼りたくない」
「……言い変えよう。俺を利用しろ」
「それも嫌」
 彼女はにべもなく拒絶する。

「……わかっちゃいたが、お前、ほんとに、頑固だな!」
 少女は、一見そうは見えないが非常に頑固である。

「損得なしに頼っていいのは家族だけなの。それ以外の人に頼ったら、何かで返さないといけないの。それが正常な人間関係ってものよ。ちがう?」
 魔王は、思いっきり、渋面になった。
 勇者の名声に寄ってくる蟻みたいな人間にたかられた彼女の、それは信念なのだろう。世間一般的にも正しい認識だ。それはわかる。わかるが……。
「……ちがわん。ちがわんがな、利用される側の俺が、利用しろと言ってるんだ。もうちょっと融通をきかせて上手く男を使え。男なんて単純なんだ、女のお前がちょいとおだてればほいほい言う事聞くもんだぞ」
 う、と少女は顔を歪ませた。はあ、とため息をつく。
「……おんなじこと、女友達にも言われた……」
「で?」
「……そういう器用なマネ、私にはできないもの……。可愛く男に頼むなんて気持ちわるい。私はほとんどの男より強いのに、頑張って強くなったのに、それでも馬鹿にされるのはしょっちゅうで、舐められまいとしているのに、どうして下手にでなきゃいけないの。できないよ……」

 少女は勇者の称号を持った最高位の冒険者だが、なんといっても、まだ十八歳の少女である。
 実力を過小評価されること、運が良かっただけだと揶揄されることはよくあることで、それらの声を彼女は実力で黙らせてきた。

 それなのに、ちょいと肩から力を抜いて、可愛く女を利用してみなと言われても、困ってしまう。
 少女はまだ、十八歳だ。それほど柔軟に態度の使い分けができるほど経験を積んでいない。
 平たく言えば、根が真面目で、頑固で、そして人生経験が足りないのだ。
 女を武器に、上手く立ちまわれるほど、器用になれない。
 魔王は少女を見て、そして、彼女の年齢を思い出したのか、ひとつ頷いた。

「よく、わかった。お前、師はいるのか?」
 怪訝な顔で、彼女は顔を上げた。
「いないけど?」
「……」
 魔王は少し沈黙する。予想通りの答えではあったが、おののいたのだ。――師匠もいないで、たったの三年で一介の村娘から駆け上がったのか。
 実話でなければ、どこの子どもの絵空事かと思うところだ。
 空恐ろしいほどの才に、本人だけは気づいていない。

 一瞬の戦慄を振り払い、魔王は話を続ける。
「だろうな。お前、人に頼られるばかりで、頼ることがど下手だろう」
「…………そう、かもしれない」
 否定できずに、少女は頷く。
 その頭を、魔王は大きな掌でかきまぜた。
 今度は大人しく、少女も受けている。
「お前は少し、人を頼ることを覚えろ。誰の手も借りずにお前は強くなった。でもな、頼り方を覚えると、ちょっと楽になるぞ」
「仲間には、頼るわよ。家族だもの。でも……その他の人は、頼りたくない。だって、私自身が、同じことされて嫌だったから……」

 名声に惹かれ、彼女の周りには彼女にのしかかろうとする人々が集まった。その記憶があるから、彼女は人に頼るのが、とても苦手だ。嫌だ。苦痛ですらある。

 きちんとした代価を支払ってお願いする形でしか、頼れない。代価もなく、人に頼ることを許せるのは、仲間にだけだった。
 ――だって、同じことをされて、彼女はとても嫌だったのだ。

 だから、魔王に頼れと言われても、頼れない。頼り方を、彼女は知らない。
 彼女は自分の足で、その二本の足で立って、歩いてきた。誰にも頼らず……というほど人を拒絶してはいないが、信頼する仲間以外に、無償の協力なんてものを願ったことはない。
「魔王。正直言って、私はあなたに、いずれ頼る日がくると思う。でも、その時には、ちゃんと見合った代価を支払うつもりよ。無遠慮な寄りかかりほど、醜悪なものはないわ」
 辛辣ともいえる、その言葉こそが、彼女の本音だった。

 その気持ちは、魔王もまあわかる。
 魔族は、その手の粘着質の、あわよくば労なく利益をかすめとろうという人間が少ない。
 種族的気質から、魔族は嫌いな人間に嫌いというのに心理的抵抗が少なく、率直なやり取りを尊ぶ風土があるからだ。
 ――だが、皆無というわけではない。
 彼が魔王となって以来、少女が味わったと同種の、図々しい人間に寄ってこられて迷惑する経験を、彼もした。
 だから、彼女の気持ちも、わかるのだ。

「人間関係で、一番健全なのは、双方が利益を得る関係よ。片一方だけに負担がかかる関係なんて、不健全だし……長続きしないわ」
 それは、彼女の信念なのだろうし……、実際それは事実だ。
 魔王は探るように言う。
「俺が、お前が好きだから、無条件に味方してやるといってもか?」

 彼女の顔がまた赤くなる。
「……その、あなたには悪いけど、男の下心からの親切はいちばん嫌……」
「……あったのか、そういうこと」
「うん……。私は、女だから、そういうのに甘えていたら、いつかまとめて支払いを迫られる日が来ると思ってるの」

 男の好意に無償はないと思え、という考えが、少女の骨身には刻まれている。
 そしてそれを、魔王は否定できなかった。
 さっきから思うが、少女が言うことは、正しいことは確かなのだ。だから無下に否定もできない。

「……ま、それは、賢い態度だな」
 魔王はうむと頷くと、扉の方を向いた。
「話は終わった。入って来ていいぞ」

→ BACK
→ NEXT



関連記事
スポンサーサイト




*    *    *

Information

Date:2015/11/24
Comment:0

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする