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あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

3-13 最後の選択



 炎神の大陸は、じゃがいものような形をしている。
 遥か上空から俯瞰したとき、そこには横長の楕円形で、自然物特有のごつごつした輪郭線を持った大陸がある。

 その大陸の中央に、小さな小さな、赤い山があった。
 大陸を一個の大ぶりなじゃがいもと見る神の視点に立つなら、その山と、その周辺に広がる砂漠は、せいぜい赤ん坊の小指の爪ぐらいの大きさに過ぎない。
 その小指の爪を、炎神の御座(みくら)という。この大陸の主神である炎神がおわす場所にして、この世界の炎の精霊すべての故郷である。

 その山(活火山)は絶えず溶岩を流し続け、真っ赤に染まった山のふもとには、溶岩が冷えて固まり、間欠泉も温泉も無数に点在する熱気に溢れた岩場が広がる。その岩場を過ぎると、次には漲(みなぎ)る炎の精霊の力によって砂漠と化した大地が待っている。

 この砂漠と、火山地帯をふくめた地域一帯の総称が炎神の御座であり、非常に広い。
 神の視点では小指の爪だが、地を這う人の視点では、世界最大の国よりも広い、広大に過ぎる砂漠だった。

 その炎神の御座よりずっと南東、海岸線にほど近い場所に、町がある。じゃがいもの視点に立てば、爪楊枝を刺した穴よりまだ小さいであろう町だ。
 サンローランの町である。
 その町では、現在、ひとりの少女が出発準備に追われていた。

「クーリスー。もらってきたよー」
「はい、ありがと。うん、助かったわ」
 頭をなでられ、えへへとコリュウが笑う。

 ひと月ほども町を留守にすることになり、彼らはその準備に追われていた。
 まず、大借金を抱えた身である。不測の事態にあわせ、月々の返済を向こう三カ月分、前払いしておかなくては不安である。
 そして、そんな大金を突然用立ててくれと言われた銀行の方もてんやわんわである。預金残高はあるが、それを現金で用意するのはまた別問題だ。
 そして、その用意した大金を安全に輸送し、低金利と強引回収で有名な金融会社に受け渡し、受け取り証を書かせる一方で、旅に必要な保存食や水、薬草なども用意しなければならない。

 そしてまた、一か月かあるいはそれ以上も留守にするのだから、彼らをたのみにするギルドとの交渉や連絡などもあって……。
 更に、それだけの支度をしているとどうしたって彼女たちがしばらく留守にすることは洩れるわけで――攻めてくる人間にとっては絶好の機会であるわけだから、こちらとしてはいろいろと用心というか対策も打っておかなくてはならないわけで。

 主に働いたのは少女とダルクで、小人のパルは完全にスルーしてどこぞへ雲隠れ。コリュウは少女の指示で『お使い』するだけ、マーラは町の防衛について仲間と討議をするだけなので、すべての準備を済ませた時にはふたりともぐったりしていた。
 支度を整えたふたりは、ふたりして家の床に座りこんだ。
「……あー、つっかれたー……」
「まったくだ……」
 地域の安全保障に最終責任を負う立場の彼女が遠出するときの恒例とはいえ、毎回毎回、体に絡みつく鎖は太く多くなるばかりに感じられる。
 ――魔王は、他の人間で代替のできないことはほとんどないと言ったけれど……。

 その言葉は、喜びと落胆が等量につまっていた。
 必要とされないということは不幸なことだ。あなたでないと、という言葉には、確かに、重さと同時に、人を喜ばせる成分も含まれているのだ。

 ぐったりしていた少女だが、やがて活を入れて体を起こした。
「よっし! 魔王に連絡を取って、明日出発しよう!」
 その様子に、虚心ではいられないのがダルクである。
「……ほんとにあいつと一緒に行くのか……?」
「え?」
 少女が振り返る動きに合わせ、長い黒髪が半弧をえがく。
「三交代にできるから、大分楽になると思うんだけど?」
 実際の負担は更に少なく、四交代ぐらいだろう。
 魔王の魔力は、エルフのマーラより高い。そして、ダルクの魔力はマーラよりずっと少ない。マーラとダルクの魔力を足して、魔王の魔力に匹敵するぐらいなのだ。
 いっそ、繊弱なマーラにはずっと休んでいてもらう方がいいかも……という位だ。
 世界で十二人の魔族の王。

「えーと、ダルク、魔王が嫌いなの?」
 一般的な魔族は、こういうとき、はっきり己の気持ちを言う。嫌いなら嫌い。好きなら好き。
 感情表現に陰湿さがなく、直截なのである。
 が――人族の間で育ったダルクに、その種の率直さはない。
「嫌いじゃないが……」
 と、言葉を濁すのがせいいっぱいだ。

 実際、別に魔王本人は、嫌いでも好きでもない。
 ダルクが嫌で嫌でたまらないのは少女に求婚している男が同行するという一点であって、更に、少女以外誰でもわかっていることに、同行する目的は彼女を口説くため以外ありえない、という点なのである。
 自分より、ありとあらゆる面で優れた男が旅の間中惚れた女を口説く姿を間近で見る。それってなんていう拷問? というものである。

 少女はダルクをじっと見た。
 自分の恋愛沙汰にはとことん鈍い少女だが、人の心の機微はそれなりに察することができる。
 ダルクは――嫌がっていた。

 少女は目をすっと細める。
 ――一瞬にして、空気が変化した。
 温度が数度下がったような錯覚。空気に、鋭利な刃物が混じる。
 朗らかな十代の村娘から、パーティを率いるリーダーへ、一瞬にして変化した少女は言う。
「ダルク。嫌な事があるならはっきり言って。言わないけど察して、は通じないわよ。言わないのなら、ないと解釈するわ。あなたは、自己の主張を自分で言えもしない子どもなの?」
 権利は力で勝ち取るもの。
 主張して確保するものだ。
 言わないけど態度で察してお願い、なんて通じない世界である。

 気圧され、ダルクは口を開く。
 迷ったが――プライドが、勝った。
 嫌だ、と言えば、少女はその意見を尊重するだろう。パーティ内の不和の種は、命に関わる重大事項だからだ。
 ただし、嫌だと言えば、当然理由を求められるだろう。
 俺はお前に惚れているから嫌なんだと、お前に惚れている他の男が近くをうろちょろするのが我慢できないんだと……、そう口にできるほど、彼のプライドは低くなかったのだ。

「……嫌じゃ、ない」
 結局、ダルクはそういう返答しかできなかった。それが、どれほど決定的な選択であったか、このときは想像することもできなかった。
 一対一で意見を述べるチャンスを与えられ、その上での返答には責任がある。
 こう言った以上、ダルクはもう魔王の同行に異を唱えることはできない。
 少女は軽く頷いて、それでこの問題を終わりにした。かがみこんでいた膝を伸ばす。

 人族の少女は、通常空間の二点を結ぶゲートを利用できない。魔力が足りないので空間のはざまに転がり落ち、下手すれば一生そこでさまようことになるだろう。
 マーラやダルクやコリュウは利用できても、少女は利用できない。パルもだ。
 だから通常空間を地道に移動するしかない。(普通のパーティからすれば、空を飛べるくせに何が地道だというものだが)。

 炎神の御座までは、空を飛んでも片道半月かかる。普通に地を行けば、この何倍もかかるだろう。

 マーラに頼んで魔王に連絡し、明日出発である。

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Date:2015/11/26
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