話の弾んだ夕食の席が終わると、少女は再び一室に引き込まれた。
召使いの女魔族が、手際良く少女の服をはぎとって夜着を着せる。綿の、帯で結んでいるだけのローブである。
香水もつけられ、結いあげられていた髪もほどかれて、ローブの上に黒い髪が散る。
支度ができると、彼女たちは検分するように少女を見て、ひとつ頷き、出て行った。
ぽつんと残された少女は、衣装室から出て続きの間に向かう。
この部屋は、今日からこれが自分の部屋になるのだそうだが、まるで実感の湧かない豪華な造りだった。そして、なにより恐ろしいのは、部屋の奥に扉があって。
……そこを開けると、夫婦の寝室だということだ……。
「……仕方ないよね。うん。ずいぶん思ったより良い待遇だしっ」
女性の冒険者は、敗れたら死ぬより恐ろしい運命が待っている。少女は幸い、これまでそんな目に遭わずに済んできた。
敗北の苦い味を、彼女も知っているが、仲間が彼女を抱えて逃げてくれたからだ。
綺麗な服も着せてくれたし、御馳走も食べさせてくれた。「戦利品」の捕虜の扱いとしては、これ以上を望むべくもない。
第一、それを覚悟して、自分は仲間の命と引き換えに取引を飲んだのだ。
「……ええいっ!」
女は度胸っ!
気合を入れて、少女は扉を開けた。
そして、あまりの光景に固まった。
◆ ◆ ◆
「ああっ、くそっ! そこを止めていたのはお前だったかあーっ!」
「ふっふっふ……甘いですぞ。マーラ殿と勘違いされたのはそちらの勝手。しかもマーラ殿を追い落とすために、あなたさまは二回まで浪費されている……」
「く、くそっ」
「くっくっくっくっく……。諦めてもう止めていた手札を開けることですな」
「い、いや、まだだっ、くらえっ」
「む。まだ手札が残ってましたか! しかしっ、こうだ!」
「ぐうううっ!」
「―――ねえ、あなたたち。何やってるの……?」
先ほどまでの緊張が一気に弛緩してへたりこみそうになりながら、なんとか必死の気力を振り絞って立ち上がりつつ、少女は尋ねた。
そこは夫婦の間だった。
広い空間のど真ん中に、ダブルの大きな天蓋付きのベッドが鎮座し。
……その隣の床で、魔王と、少女のよく見知った顔たちが七並べをやっていた。
魔王は振り向きもせずに答える。
「ああ!? 見りゃわかんだろうが、七並べだよ七並べ!」
「……いや、その、どうして彼らとやってんのかなあ、と」
「いいか、娘。俺様は約束は守る男だ」
「……それはありがたいけど」
「だから、こいつらの命はとらずに城外へ放りだした」
「……ありがとう」
じんわりと、心からお礼を言う。
「ところが、こいつらは即座に戻ってきた」
「…………」
「で、この部屋に潜伏していたところを俺様に見つかったわけだ。そしてこいつらが七並べで勝負を申し込み……」
「あなたは馬鹿かーーーっっ!」
しまいまで聞かずに少女は怒鳴りつけた。
「人の事馬鹿馬鹿言っておいて、なに! 人の事言えた義理かっ! あなたこそ馬鹿じゃないのっ! どうして一緒になってゲームやってんのよーーーーーーーっ!!」
少女の心からの絶叫であった。
高尚に言えば、タマシイの叫びと言える。
絶叫で肺活量を出し切った少女はぜいぜいと息をつく。
魔王はあくまで偉そうにふんぞり返る。
「ふっ、馬鹿者め。魔王協会統一法を知らんのか」
「え……、知ってる、けど……」
「第二条の構文は、永久的に効力のあるものではない。平たく言えば逃げだせばそこまでだ。もっと言えば、一度こいつらを外に放りだした時点で期限切れだ」
「…………」
人間同士の戦争でも、捕虜をどう扱うかは勝者の胸先三寸で、それに対して敗者は抗議できない。勝者の権利というものだ。
とはいえ、一度捕虜が逃げ出したら、そんな権利すっとんでしまうのである。
捕虜が他国まで逃げて、それを追いかけて捕まえよう、なんてしたら、国際問題だ。
「だからな、お前の仲間がここに潜んでいて、かつ俺様に危害を加えるつもりがないということは、俺もこいつらに手は出せないのだ」
「え、そ、そうなの!?」
「とはいえ、警備は非常に厳しいはずなんだが……ううむ、さすが小人族だな。こやつらは隠蔽魔法については一家言あるからなあ」
小人族のパルはエヘンとその小さな胸を張った。
小人族は見ての通り小さい。戦闘能力は期待できない。魔力もそう高くない。
だが―――手先の器用さと、隠蔽魔法に関してだけは、他種族の追随を許さない。
小人族が侵入しようとして、できない家屋はまずない。
少女はそこまで考えを巡らし―――地獄の底から響いてくる声を出した。
「……ちょっと待ってよ」
「なんだ?」
少女はビシィッ、と仲間を指差した。
「つまり! 彼らは! 不法侵入者でしょうがっ! 普通に衛兵呼ぶなり実力行使するなりで排除すればいいでしょ、魔王協会統一法第七条だって正当な理由ある暴力は認めているでしょうが!」
「あ」
魔王が虚を突かれた顔で言った。
「あ、ってなんだあ~~~っ!」
「ま、まあ。いいじゃないか。ほら、お前もこっちこい。おい、仕切り直しだ」
「いいけど魔王様の負けっすからねえ~~」
「人の話を聞けーーーーーっ!」
円座を組んでいる仲間の間に手を引かれて引きずり込まれ、カードを配られ、何が何だかわからぬうちに、なぜだか夢中になってカードゲームにはまって……
気がついたら、朝だった。
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