fc2ブログ
 

あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

3-14 お供がひとり増えました


「――お供を連れてくるなと言わなかったっけ?」
「すまん。押し切られた。一人だけだから許せ」
 魔王は軽く頭を下げる。
 その後ろには、ひとりの青黒い肌の男性がいた。
 彼は丁重に一礼する。

「『大地の勇者』、クリス・エンブレードさまですね。その節は、我が主にお力添えいただき、ありがとうございます。私は十神将の一人、フィアルと申します。我が主の身の回りの雑用をいたします。決して、勇者さまにご面倒はおかけいたしません」
 少女は返事をせず、魔王に視線を向ける。
 彼女が約束をしたのは、魔王であって、この青年ではない。

「すまん。魔王なのにひとりで出掛けるなんてもってのほか! とわめかれてな。足止めに山ほど仕事を押しつけたんだが……」
 青年はつんと顎を上げる。
「あれしきの仕事、本気になれば片付かないはずがありません」
「お前の本気は初めて見たな。次からはそのつもりで仕事を押しつけよう」
「今でさえほとんど押しつけているのにもっと押しつけるおつもりですか」
「本気になればあの量でも一日で片づけられるんだろう? なら本気を出させないと損だろうが」
「そう言って私を地方査察に出してる間に殺されかけたのはどこの誰ですか! あんなの二度とごめんです!」

 聞いてて少女は同情してきた。
 自分勝手で独断専行が大好きな上司を持った部下の悲哀が、ひしひしと伝わってくるやりとりである。
「ええと……フィアルさん?」
「はい、勇者さま。フィアルで結構です」
「あなたが魔王を心配して付いてくるのはわかったわ。戦闘になった時のために聞いておきたいの。職業は何? 役割は?」
「私は半魔族。役割は補助系担当で、職業は神官になります」

 少女は驚いて青年を見た。ダルクも同様だ。
 ダルクが純魔族と見分けのつかない外見をしているのと同様に、青年も黒髪に黒い瞳、青黒い肌、という魔族そのものの外見である。

 違うのは役割だ。
「……人族の血が出たってこと?」
「はい。外見こそ私は純血の魔族に近いですが、魔力適性は人族の血が出たらしく、補助系優位に傾きました。そのため、職業は神官を選びました」
 少女は感心した。
 人族と魔族が戦争したとき、当初魔族が劣勢であった理由の一つに、魔族には補助的役割をする者がいない、というものがある。
 誰も彼も攻撃魔法に適性があるからといって攻撃魔法ばかり習得するので、戦法にバリエーションがなく、無数の状況への対応力がなかったのだ。
 その後、魔族は人族の「集団の力」を学習して劣勢をくつがえすのだが……、種族の魔力適性が変化するはずもなく、魔族で補助役をこなす人間を見たのは初めてだった。半魔族、だが。

「同行する以上、魔王にも特別扱いはしないわ。あくまで、パーティの一人として扱う。その点で文句は聞かないわ、いい?」
 王様とかお貴族さまとかのお付きの人間で面倒なことというのは実はこれで、王様本人が一個人としての扱いに納得していても、その隣で、「王様に対して何たる態度!」と憤慨したりするのだ。

「はい。同行させていただく以上、魔王さまのご命令のつぎに、勇者さまのご指示には従います。何でもお申し付けくださいませ」

 ――そう言うフィアルは、確かに働き者だった。
 なんだかんだ言いながらも魔王には絶対の忠誠を誓っているらしく、てきぱきと雑事をこなした。
 少女たちはできるだけ、野営は避けて宿に泊まることにしているのだが、(体の弱いマーラのため)その日泊まる町が人族の町だと見ると自分と魔王とダルクに変化の魔法をかけ、人数分の宿を確保すると、魔王の泊まる個室の前で剣を抱えて座りこんだのだ。

 その姿に宿の人間も困惑したようだが、多額のチップも貰っているし、一晩だけだし、実害があるわけでもなく、お忍びの貴人の護衛だろうということで(実際、その通りである)見逃すことにしてくれたようだ。

 宿から毛布を借りて包まって眠った彼は、翌朝も疲れた様子なく、てきぱきと――魔王の給仕をした。
 宿に泊まった人間全員が集まる朝食の席で。

「……魔王」
「なんだ?」
 やはり王様だけあって、隣に立って給仕されることに違和感はいささかもないらしい。平然と答える。
「……無茶苦茶目立っているんだけど」
「そうか?」
 魔王とフィアルを除いた全員が力強く頷いた。
 せっかくコリュウを隠蔽魔法で見えなくしているというのに、何の意味もない。
 むちゃくちゃ、目立っていた。

 魔王の隣で給仕をしていたフィアルは周囲に目を走らせた。
「……魔王さま。確かに目立っているようです。私はあちらで食事することにいたしますので、お一人でお召し上がりいただけますか?」
 少女が怪訝そうな声を上げた。
「なんで? 一緒の席で食べればいいじゃない」
 彼らがついているのは、二十人は座れるという大テーブルである。そこに、ぽつぽつと宿泊客が座っていた。

「主と部下が同席して食事をするなど許されません」
 生真面目に答えたフィアルの言葉に、少女は「ついうっかり」スプーンを落としてしまった。

「あらたいへん。新しいの取って来なきゃ」
 と立ち上がり、空いた席に無言で意を受けたコリュウがフィアルを押しこむ。
 隠蔽魔法で姿を消したコリュウが、フィアルの襟首をくわえて浮かせて席の上で落としたのだ。完全に宙に浮いたのは一瞬なので、見ていた人間にはバランスを崩して転んだように見えただろう。
 テーブルに手をついて転倒をまぬがれたフィアルの肩を、ダルクが押さえ込む。
 コリュウは一回行動したために隠蔽魔法が切れ、効果切れするまでの僅かな時間差で、テーブルの下に逃げ込む。そこにはもちろんパルが準備万端待ち構えている。
 ダルクがフィアルに囁く。
「……良いから座れ。それがいちばん波風立たない方法だ」
 賢明にも大人しく、かれは席に着いた。
 この食堂には他にテーブルはないので、同席できない場合、外で立ったまま食べることになる。縁あって同道しているにもかかわらず、ひとりで外で食べられると、見ているこちらの精神衛生上悪いのである。

 戻ってきた少女はふたりに向かって言う。
「さてと。魔王。あなたの口からも言ってほしいんだけど、ここは宮廷でもないし、あなたのお城でもないの。人前で、目立つような行動はつつしんでちょうだい。それと、ひとりだけのけ者にして食事するのも私が、イヤなの。一緒に旅をしている間は、『全員で、ひとつ鍋を囲む』こと。いい?」
 少女が言ったのは、冒険者同士の連帯感を示すことばだ。命のやり取りをした後、一緒のご飯をつつくことで、信頼をつちかっていくのである。

 魔王がフィアルを見やる。
「……ということだ。お前もこれからは同席しろ」
「…………了承、いたしました」
 不服そうではあるが、主人に逆らってまで我を通すほどのことではないと諦めたのだろう、頷く。

 フィアルが了承すると、魔王が感心したように少女を見やった。
「しかし、お前、王妃にしてみたいなあー」
 少女は吹き出しそうになった。
「……今のやり取りでどうしてそんな感想が出てくるのよ。逆でしょふつう!」
 身分制度が一般的なこの世界において、主従同席を強要したのである。
「フィアルは頑固でな。普通に座れと言っても絶対に座らんのだ」
「……まあね。そういうタイプだろうとは思ったわ」

 こういう頑固で生真面目な人間は、とっとと既成事実を作ってしまうのが手っ取り早い。
 判り易く言えば、立っている相手に座れと言うのと、無理矢理座らせた相手にそのまま座っていろと言うのとでは後者の方が受け入れられやすいということである。
「そういうのをな、人の動かし方を知っているというんだ。お前、意外とって言っちゃなんだが、扱い方を心得てるな」
 なんとも言えずに黙っていると、マーラが同意した。
「クリスは、これで結構苦労してますから。大規模な魔物の襲来のときなんて、地域の冒険者が寄り集まって共同作戦するんですが、最初はみーんな彼女を侮って指示をまったく聞かなくて四苦八苦してましたからねー」

 魔王はちらりと少女を見ると、頷いた。
「……ま、そうだろうな。十代の小娘に命令されて、素直に言う事聞ける男は絶対的少数だ」
「……」
 少女は、無言で通した。

 最初に大規模作戦に従事したのは彼女が中堅クラスの冒険者であったときだったが、その時はまだ楽だった。
 指揮する立場ではなく、指示にただ従えばいい立場であったからだ。
 彼女は彼女の上に立つ冒険者の指示に従って動くことと、あと……思い出したくはないが、仲間から自分の身を守ることを考えればよかった。エルフのマーラは人族が密集する大規模作戦に従軍させるにはあまりにも線が細くて不安で、本拠地のサンローランに置いてきたので、コリュウとふたりきりだった。
 結果的に、マーラを置いてきて本当に良かったと思ったものだ。屈強な筋肉むきむきの男が密集しているのである。あの人いきれだけで繊細なエルフには酷で、倒れかねない。また、少女自身、その時はマーラをかばえる立場でも、力量でもなかった。

 エルフのマーラは優美な容姿をしていて、人目を否応にも引く。また、彼を奴隷商に売れば、エルフひとりで、一千万はかたいのである。もし彼が冒険者たちの所有欲の対象になり、強引に力ずくで奪われそうになったら、守れた自信はない。
 常にコリュウを肩に乗せていた竜使いの少女は良く目立ち、その大規模作戦で一気に名が売れたが、本当の災難は戦闘後だった。
 血に興奮した冒険者に、襲われたのだ。むろんコリュウが気配を察知してコトに及ばれる前にミディアムレアに焼きあげてくれたが、仲間であるはずの同じ冒険者に襲われたというのは、衝撃だった。

 同じ冒険者でも、男に気を許すな。
 その教訓は一度で骨身にしみた。
 しかも、その教訓がしばしば役に立ったのだから、仕様がない。
 しかし、その苦労も、後日、指揮する側にまわった時の苦労に比べれば大したことはなかったと思ったものだ。

 魔王が語った通りだ。
 「十代の小娘に上に立たれてあれこれ指図されて、それを素直に聞ける男は絶対的少数」なのである。
 理で少女が正しいとわかっていても、彼女に従いたくないという感情だけで逆らう男がいて、一方では多数の命を預かる指揮をすることに不安があり……、下で従っているだけというのは楽なものだと痛感した。もちろん、無謀な指示で死地に追いやられるかもしれない苦労はあるけれど……。

→ BACK
→ NEXT


関連記事
スポンサーサイト




*    *    *

Information

Date:2015/11/26
Comment:0

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする