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あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

3-15 魔族側の見方 その一


 食事の後、フィアルは手際よく出立の準備をした。
 その様子を眺め、他に人がいないタイミングを見計らって、少女はたずねてみた。
「ねえ、魔王の伴侶に、人族の私がなって、本当にいいの?」

 荷物を縛る手を止めてフィアルは振り向いた。
「我ら魔族は、力に惹かれます」
「……」
「正直な面を申し上げれば、貴族の御方の中には純血をと望んでいる方も多いのですが、あなた様を一目見れば翻意なされるでしょう。それに、なにより、――魔王さまが、初めて妃に、と望んだ方ですので」
 フィアルの目が鋭い。
「魔王さまのご意志ですので、私は従うまでです」

「……まあ、そうよね。あなたの立場で他の答えができるはずがなかったわ」
 魔族の本音を知りたくて話しかけたのだが、半魔族で忠実な臣下の彼が口にできるはずもない。明らかな人選の誤りである。
 背を向けた少女に、フィアルが話しかけた。

「勇者さま。魔族の国では、力が全てを決します」
 少女は肩越しに振り返った。
「勇者さまは、お強い。まだ十代の、しかも生粋の人族であられるというのに、あなた様は、魔族の貴族の当主よりも強い力を持っておられる。
 勇者さまが努力して身につけたその強さが、魔族の国における勇者さまのご身分を保障することでしょう。そしてまた、十代のその年齢は、別の意味で結婚を推奨する力となるでしょう。――多産のためには、若い方がいいからです。人族の場合は」

 少女は――、舌打ちするところだった。

 そこに、フィアルは爆弾発言をした。
「勇者さま。私は元奴隷です」
「え……」
「人族の間では蔑称になるそうですが、魔族の国では尊称です。奴隷の身分から己の才覚でのし上がったということは、褒めたたえられる勲章となるのです。私の場合は子どもの頃に売られましたが、成人の儀式で奴隷に身を落とす部族もあるほどです。同様に、元平民ということも、魔族の上流階級では蔑称ではありません。勲章になります」
 少女は、絶句していた。
 魔族の奴隷制度は公的な、国も認めたもので、非合法な人族のそれとはまったく違うとは知っていた。だが――人の意識そのものがここまで違うとは、思わなかったのだ。
 人族の感覚では、「元奴隷」というのは、差別用語以外のなにものでもない。

「魔王さまとご結婚をなされても、勇者さまがお思いになるような敵意や反感は乏しいことでしょう。なにとぞ、ご成婚をご考慮くださいますようお願いいたします」
 魔王に忠実な臣下の青年は、そう言って頭を下げた。


     ◆ ◆ ◆


 人が思うほど、彼女は単純でお気楽な頭ではない。
 とりわけ、最近は重い悩みごとが多すぎて、頭が痛い。
 ――この魔剣が、神器だった。
 それが指し示す事柄を思うと、深刻なため息が出る。

 炎神エーラの寵愛を受ける身として、少女は神というものについて、多少は普通の人間より知っていた。
 そして、前々から、彼女には一つの懸念があった。
 人族が滅ぼした種族の守護神は、いったい、どこへ行ったのか?
 ……推測は、思考停止したい事柄へとつながる。そして、この剣が神器だということは――ヤバイ。マズイ。まずすぎる。
 彼女が思っていたより、ずっと、カウントダウンは進んでいるのかもしれない。だって、もう、過半数を陥落させているのだ。残る、今だ膝を屈した事のない国は、五つしかない――。

 少女は、そっと、愛剣を撫でる。この剣も、そうして散逸したうちの、ひとつだ。
 遥かな昔、冒険者になったばかりの頃。
 少女は実戦で初めて剣をふるい、そして、自分が意外に『戦える』事を知って、驚いた。
 相手の動きがよく見えた。遅く感じた。避けるのも簡単で、隙を狙って買ったばかりの安物の剣で斬りつけると、あっけなく相手は倒れた。
 最初はそうやって、コリュウが見守る中、弱い魔物と戦って――そして、どんどん彼女は強くなった。次々に出てくる問題を片付けるのに忙しく、いつもは自覚もしていないが、ふとした折に自分でも振り返ってみて、空恐ろしくなるほどの早さで。

「……奴隷市場も、片っ端から潰しているのに、ぜんぜん懲りないしなあ……」
 人族には魔力がない。
 だから、代わりに魔力を持つ人材が必要で、それを求める場所が、奴隷市場である。
 需要と供給が一致しているから、潰してもキリがない。あちらから見れば、彼女は子供っぽい場当たり的正義感によって動いている考えなしの小娘だろう。
 売り手がいるということは、買い手もいる。
 そういった奴隷商の「お得意様」にとっても彼女は敵だ。奴隷の手によって成り立っている大事な産業を潰そうとしているとんでもない迷惑この上ない人物だ、と。
 彼女からすれば、本望である。需給のバランスが崩れることにより、奴隷の使い捨てができなくなる。嫌でも大切に、長持ちするように扱わねばならなくなる。利益を追いかける小悪党ほど、そうなるのだから願ったりかなったりだった。

 そういう少女は、魔族の奴隷市場については一切、手出ししていない。あちらは国の公的機関なので、手出ししようものなら即、こちらが国家の犯罪者となるのである。
 少女が人族の奴隷市場を潰せるのは、それが非合法だからなのだ。それをいいことに、やりたい放題やっているのである。まったく、奴隷商人にとってはとんだ災厄であった。
 遠く離れた魔族の奴隷商人まで手が回らない、というのが実情だったが、本日聞いた魔族の奴隷の内情は、衝撃だった。
 「元奴隷」という言葉が、蔑称ではなく、勲章だとは。

「……半魔族、か」
 魔王と結婚したら、半魔族が生まれる。
 人族の感覚では魔族は純血にこだわると思うところだが、「魔王の側近」であるフィアルの言では、そんなことはないという。
 もちろん、純血にこだわる貴族もいる。結構いる。半数ぐらいはいる。
 だが、半数は、己の能力を示せば、こだわりなく認めてくれるというのだ。
 人族の感覚では、信じられないことだ。
 半魔族のダルクが、人族の社会でどのような扱いを受けてきたかを考えれば、なおさら信じられない思いが強い。

 魔族では、実力があればみな黙る。残酷で平等な社会だった。
「……ほんと、寛大な種族だなあ……」
 少女は、複雑な顔で笑った。


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Date:2015/11/26
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