fc2ブログ
 

あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

3-17 魔族側の見方 その二


 一方そのころ、魔王は側近に話していた。
「いいところまで行ったと思うんだが、何が悪かったと思う?」

 フィアルは「そんなこと俺に聞くな!」という顔をしたが、生真面目に答えた。
「――お見受けしたところ、勇者さまはやはり、今の生活を変えることに躊躇いがあるように見受けられます。それに……」
 そこでやや、言いづらそうに躊躇って、続けた。
「勇者さまは潔癖な御年頃であらせられますので、あまり性急にことを運ばれない方がいいかと思うのですが」

「ううむ……そんなもんか? しかし、まあ、今の生活を変えたくないというその気持ちはわからんでもない」
 現状の延長は、想像がつく。
 けれど、現状を一気に変革したあと、何が起こるのかを正確に見通せる者はおらず、一気呵成の変化をもたらす選択をするのは、勇気がいる。

 魔王の誘いを受けるということは王妃になるということだ。
 これが、普通の女なら欲や希望が勝るだろうが、相手は財力にも権力にも不足がない女である。
「……我ながら面倒な女を好きになったものだが、面倒な女だから好きになったのか、どちらなのか、わからんところが我ながらしょうもないな」
「まったくです」

 にべもなく肯定されて、魔王は妙な顔になった。
「……おい、そこは言葉だけでも否定するところじゃないか?」
「魔王さまは、ご自分に媚び、寄ってくる女性をことごとく跳ね付けられました。それなのに、世界で唯一魔王さまに興味のない相手を選ばれ、そのために何日も国を留守にする。――その調整に苦労する臣下の身にもなっていただきたいものです」
 さすがに、山ほど公務を押しつけている部下にこう言われると、魔王もあらぬ方を見るしかない。

 魔王に対してあまりに不敬な言葉であるが、一時の怒りにフィアルを罷免した場合、一番苦労するのは誰かと言えば、魔王である。
 それに、魔王自身がフィアルを気に入っていることもあり、本気で怒る気にはなれず……その暴言は今のところ君臣のコミュニケーションとして許容されていた。

「ですが、個人的には、魔王さまがやっと女性に興味を持たれたのはとてもいいことであると思います」
「……おい。人を男色家のように言うな」
「え? ちがうのですか?」
 まじまじと見られて、魔王は頭を抱えた。
 魔王が妃を娶ろうとせず、お気に入りの侍従が美貌の主だったことでそういう噂が立っているのは知っていたが……お前もか!

「ち、が、う。男にそういった興味を抱いたことはない。まったくどいつもこいつも……」
 魔王城の内部でも、ほとんど確定的に言われている噂であるが、まさか側近のフィアルまで信じているとは思わなかった。
「もう一人の当事者の御方が噂を積極的に広められておりましたので。ご本人の口からお聞きしましたので、つい」
「なに? ……ああ、なるほどな」
 魔王は苦い顔になる。

 考えてみれば、『彼』の立場では、広めることは当然なのである。
 優秀な血を求める魔族の視点では、「男色家の魔王」など、百害あって一利なしだ。魔王に対する人望と支持は低下する。
 また、王制下において、王の寵愛は、百万の宝石に勝る。魔王の寵愛を受けている、ということにすれば、その影響は大きく、魔王の影を背景に大きな力を振るえるようになるだろう。

「それでか。実のない噂など放置しておけばいずれおさまると思っていたが、一向に終息しなかったのは。あいつが燃料をせっせとくべていれば、それはおさまらないだろうな」
 噂が広がる隙を作った点においては、魔王の責任も大きい。妃をひとりも持たないというのは、王として大きな失点なのだ。まだしも両刀で、血の存続に寄与していれば、男を寝所に呼んだところで個人の自由というもので非難の声も上がらないのである。
 付け込まれる隙を作った魔王にも、責任はあった。

 フィアルとしては人族な上に口説き落とせるかどうかもわからない相手に固執する前に、望めばいくらでも寝所に侍る貴族の令嬢を一人二人妾妃にでもして敵対する勢力に非難される余地をなくして地位を盤石にしてからこんな道楽やってくれ! と思うのだが、魔王自身が「あいつ以外イヤ」というのだから仕方がない。
 個人的にはその一本気なところに好感を持たないでもないが、彼は魔王なのである。

 男色家の王など不要。魔王の首をすげ変えよう、そういう声は、まだあるのだ。
「いまだ噂はくすぶっておりますが……、それも、勇者さまをお妃さまとして迎えることが叶えば、自然とおさまることかと思います。そのためにも、魔王さまは努力してください」

 口厳しい事もズケズケ言ってくる側近に、魔王はうんざりした顔ながらも、頷いた。


→ BACK
→ NEXT


関連記事
スポンサーサイト




*    *    *

Information

Date:2015/11/27
Comment:0

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする