fc2ブログ
 

あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

3-18 魔王の個別指導 1


 旅を始めて四日目。
 旅は順調に続いていた。
 その日は旅程と宿の関係で早めに宿をとった。この先、今日中に行ける範囲に町がないため、昼すこし過ぎではあるが、早めに地上に降りることにしたのだ。
 エルフ族であるマーラに、できるだけ無理をさせることは避けたいのである。

「……お前、弱いな」
 呆れた顔で魔王が言ったのは、恒例になりつつある立ちあいの中で寝技の攻防に入ったときである。
 足を絡めて地面に倒し、少女を押さえこんだのだが……。あっさりと、何の造作もなく押さえこめてしまった。
 魔王の腕の中で、じたばたと少女が暴れる。
「言うなそんなほんとのこと!」

 少女の剣技は一流だが、寝技に関しては三流以下だ。いや、ぶっちゃけて言えば、素人である。習ったことがない。
「だって、これまで集団戦闘ばっかりだったしっ」
 一対一でなら寝技は強い。
 だが、一対多数では、どんな寝技の達人も、背中に蹴りをくらっておしまいである。
 少女は冒険者になった最初から、コリュウという仲間がいた。使用局面が限定される寝技を覚える優先順位は低かった。

「それに、いざとなったら思いっきり握りつぶせばよかったし」
 相手に寝技を使われそうになっても、少女の握力は骨ごと人体を破壊するに足りるのだ。
 そうなるともはや技術ではなく、パワーで事足りる。

「……おまえな。じゃ、お前と同格以上の相手にこうして抑え込まれたらどうする?」
 これまで、寝技を覚える必要性を感じないでもなかった少女はつまった。
「その、教えてくれる相手がいなくて……」

 女性として、体に密着するものを男に教わるのは嫌という感情がある。
 そして、女性で寝技を教導できる人間など、見たことが無い。

 魔王は抑え込む「型」を微妙に変えた。
「ちょ、ま、ま、まったまった!」
「……初歩的な固め技だぞ? ほら、抜け出してみろ」
 じたばた。じたばた。
 少女はただ単に暴れるだけで(それでもすごい力だが)、彼女以上に力のある魔王には通用しない。がっちり固められたままだ。
「……おまえ、ホンットに、何も知らんな」
 ため息をついて、魔王は抜け方を指導した。

 少女の側には常時誰かしら仲間がいるよう示し合わせているが、「隙間の時間」は、絶対にある。そんなときに襲われたら。
「一対一の勝負で地面に倒されて寝技に持ち込まれたら、お前、あっという間に首を掻かれるぞ。教えてやるから少しは覚えろ」
「……ハイ」
 素直に、少女は頷いた。

 魔王の方は、闘技会で勝ち上がるなかで寝技の習得は必須だった。闘技会では基本的に一対一だからである。
「関節技の熟練者は一瞬でヘシ折るからな。折られたことはないのか?」
「……ある」
 立ったまま、腕に絡みついて折られたことがある。その鮮やかさは魔法のようだった。

「力点と支点と作用点だ。ほんの指のひとふし分ずらせば威力は激減する。力のかかるポイントは、熟練者ほど、狭い。関節の、一番もろい部分を狙ってくる。逆に言えば、狙い所がある程度わかるわけだ。となれば、少しずらせば威力は激減する。逆に、これを覚えれば便利だぞ。どんな怪力の持ち主でも、腕の骨が折れたらもう腕は使えんからな。地面に倒された場合は――」
 言いながら少女の足を引っかけ、地面に倒す。

「頭に血が上っている戦闘の最中、いきなり視点が変化して、とっさに、自分が今どんな姿勢でいるかわかるか?」
「……難しいと思う」
「倒す方は最初からそのつもりでいるからわかっている。だが、いきなり倒された方はそれだけで動揺する。まずは冷静になって、体の状態を把握しろ。手足がもつれて変な体勢になっている場合も多いからな。だが――」

 魔王は首をひねる。
「お前は力があるからな。手足を振り回して相手を弾き飛ばし、立つのも良手かもしれん。ただ、お前と同じかそれ以上に力がある相手だと、お前が暴れる手足を、こう――」
 魔王は手首を取り、襟首の後ろに腕を回し、胴体を押さえこんだ。
「――やって、簡単に抑え込めるからな。どっちがいいとは一概に言えん」

 さっき教わった通りに、少女は抜けだそうとするが、魔王が体を移動させてそれを邪魔する。
「……とまあ、お前が抜けだそうとするのをこうして制していれば、前衛のいないお前のパーティはかなりぼろぼろだな」
 もがきながら少女は抑え込まれてくぐもった声で言う。
「コリュウがいるわよ~っ」

「表面積が狭すぎだ。物量は力だ。雨のように矢が降ってきたら、あの小さな飛竜ひとりでぜんぶ叩き落とせるか?」
「…………」
 真面目な話、想像すると、かなりよろしくない戦法である。
 これまでそうした場合、少女が盾になってきた。
 一定範囲内の攻撃すべてを吸い寄せるという、利も害もあるスキルがある。普通なら外れてしまう攻撃までも命中にしてしまうというデメリットのかわり、体の隙間を通して後衛に攻撃を与えることはできない。
 ――そのスキルを、コリュウはもちろん習得していない。

 少女一人を制して、その間に物量で仕掛けられれば、鉄壁の防御のコリュウはいいとして、まず後衛のマーラが死ぬ。そして、パーティのかなめであるマーラが死ねば、後はじり貧である。
 そして、少女も今実感しているが――寝技は、力も大事だ。大事だが、技術は、もっと大事だ。

 腕力にかなりの差があっても、技術でそれを補える。
 いくら少女が強かろうが関節の稼働域は同じなのだ。関節を固められてしまうともう動けない。力も出せない。出したら逆にこっちの骨が折れる。
 少女と同格の戦士を招聘するのは至難の業といっていい。だが、寝技の技術に熟練した中堅戦士は、比較的容易に雇えるだろう。

 何らかの手段で寝技勝負に持ち込んで少女の首を掻けば、後は物量でカタをつけられる……難攻不落に思えるパーティでも、戦法次第で料理できる、という一例である。
 魔王が提示した可能性は無視できるものではなく、抑え込みがとうとう自力で解けないまま解放されたのち、少女は改めて魔王に頭を下げた。
「寝技、教えて、ください」


→ BACK
→ NEXT


関連記事
スポンサーサイト




*    *    *

Information

Date:2015/11/27
Comment:0

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする