浴室から出た少女を待っていたのは、かつてないほど真剣に怒っている仲間たちだった。
「ごめんなさーい! もう二度とやらないからー!」
「当たり前だ!」
「当たり前です!」
「うー、コリュウ~~~っ!」
抱きつこうとしたが、すっとかわされる。
あれ。という顔になった少女に、飛竜の子どもは言った。
「……クリス。今回は僕も怒ってるからね! 魔王が結界ほどいて出てくるまで、ずーーっと待っていたんだからね!」
何かあった時の対策として忍ばせていたパルが、大まかな状況を伝えていたものの、種族が違うので詳細な連絡はできず、また、いざ魔王がその気になったら小人族に邪魔ができるはずもなく……、介入ができない状況で運を天に任せて待つしかないというのは非常に神経に悪かった。
魔王の事だから最悪でも少女を殺したりはしないだろう、最悪でも乱暴されるぐらいだろうとは思ったが、彼女が黙ってそれを受け入れるはずもなく、抵抗してもののはずみで殺されるような事が起きたらとか、そりゃあ心配したのだ。
時間が経ち、魔法使いたちは本気で真剣に結界破りを討議しはじめ、魔力が足りないからこの町の魔法使いを雇おうかとか、いや魔法使いがこの結界の強度を見たら不審に思わないはずもなく、また一緒に結界破りをすればマーラの正体もばれるわけで、ばれたらまずいとか、……そりゃもういろいろあったのだ。
ちなみに、コリュウは竜族で魔力は強いが制御はからきし(ただ今勉強中)のため、町中で周囲に被害を及ぼしてはいけない場合、ものの役に立たなかったりする。
常に味方のコリュウからもこんこんと説教され、少女はすっかりしょげて反省した。
「……ごめんなさい……」
そのつやつやした黒髪も体も、すっかり綺麗になっている。
コリュウによって運ばれながら少女がお風呂に入りたいとリクエストしたため、宿の風呂場に運んだのである。
湯気がなく、髪も濡れていないのはマーラが体の余計な水分を取ったからだ。
ちなみに、戦士職の彼女は体力の回復も早い。
風呂に入っている間にすっかり元気になっていた。
「あなたは、女性なんですよ? もう二度とこんなことをしないように!」
「……はい」
自分でも軽率であったと、思う。
魔王は確かに強引だし彼女より強いが、そういう無体なことはしないという奇妙な信頼があって、警戒を忘れていた。
マーラは睨んでいたが……やがて、表情から険を抜いた。
「……まったくあなたは……、根本的に人がいいんですから」
その隣でダルクが腕組みをしたまま言う。
「まったくだ。――お前の国では、好きな女を襲えという男はいなかったのか? 襲ってしまえばこっちのもの、結婚できると」
少女はぱかっと口を開けた。
「……ナニソレ?」
「お前も知っているだろう? 一部の国の一部の男には、そういう考えがあると。……知らないとは言わせないぞ」
少女は苦い顔になった。
「……知って、る……けど」
女性にとって、男に乱暴されたなんて風評は社会的抹殺に等しい。だから、それを狙って好きな女性を襲って既成事実を作り上げ、無理矢理結婚に持ち込むやり方が、昔からあるのだ。
もちろん、言語道断の、良識を度外視した外道のやり方だが、遥か昔から無くなることはない、男が結婚を迫る手段でもある。
その場合女性が結婚を拒否すれば噂をばらまかれて、本人どころか家族まで被害にあう。土地に縛られた農民なら、引っ越しすることもできない。そのため、家族を守るためには結婚という道を選ぶしかないのだ。
「そ、そのお……魔王はそういうことしないって思っていたというか……ごめんなさい」
こう見えて、彼女は自分の人を見る目に結構自信を持っている。何度も何度も苦い経験を経て、磨かれた目だ。
魔王はそんなことしないだろう、と思っていて、実際そうだったのだが、警戒心が足りなかったのは確かなので、とにかく謝った。
「……まあ、私もそうは思いますが、魔王だって男ですからね。衝動ってやつがあるんですから、気をつけないと」
その意見にはダルクも完全に同意だった。ダルクも魔王はそんなことはしないだろう、そう思ってはいるが、だが、男には衝動というやつがあるのである。
――しかし、考えてみれば珍しい構図ではあった。
一般家庭でもよくある、嫁入り前の娘が男と二人っきりになっていたことで叱られる図――なのだが、当のムスメが鉄を素手でひんまげて、大岩を蹴りの一撃で粉々にするようなジンブツなので、こういう、ごく普通の説教は初めてといっていい。
そのことにマーラも気づいたのか、声のトーンが微妙に変わる。
「……あなたは、自分が強すぎて、そういう警戒心を忘れていますから、思い出して下さいね。あなたは強い。でも上には上がいる。そして、魔王は、その『上』なんだっていうことを」
「……はい」
一言もなく、少女は頷いた。
説教が終わったあと、少女はふとコリュウを捕まえて覚えたばかりの技で絞めてみた。
「く、クリス! クリス! 苦しい! 苦しいって!」
ぱっと手を離し、たずねる。
「鱗があるのに苦しいの?」
「息ができなきゃそれは苦しいよ!」
叫ばれて、少女は考え込んだ。
――膨大な体力を持っていてもみるみる削られるのは自分で実証済みだ。
そして、竜族の鱗があっても効果なし。なら、今日はつけていなかった自分の装備品も無効だろう。
……えーと。
背筋がぞくっとした。
――ひょっとして、ひょっとしなくても、寝技って、はまれば物凄く強くないだろうか?
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