3-22 決めました
その日の晩、寝台の上で、少女は考えこんでいた。となりにはとぐろを巻いたコリュウがいて、大人しくしている。
「うーんんんん……」
別に一週間以上トイレで出るものが出ないで困っているのではない、念の為。
「よし、決めたっ」
色々考えた結果、行動力は無駄にある少女はすっくと立ち上がって部屋を出ていった。
無駄かもしれないが、コリュウもむくりと起き上がり、その後ろをぱたぱたと付いていく。
少女が向かったのは、魔王一行の泊まる部屋だった。
いつもは扉の前で番をしているフィアルは、魔王と話をしていたのか、部屋の中にいた。
「あ、勇者さま。では私はこれで……」
と出ていくのを見やり、少女は寝台に座っている魔王の前に立って、まるで挑戦するように決然と言った。
「わたし、あなたと結婚できないわ」
気負いまくった言葉を、魔王は平然と受け流し、聞き返した。
「なんでだ?」
「冒険者を、続けなきゃいけないもの」
色々、イロイロ、そりゃあもう頭が擦り切れるほど考えた。
冒険者を引退するのもいいかもしれない。
確かに、彼女がいなくなっても地域の安全は何とかなる……「かもしれない」。
けれども、明確にひとつだけ、彼女にしか何とかできない問題がある。
「……先日、あなたにも通達が行ったと思うの。まったく外部からは痕跡なしで、人に憑依して操る種族のことよ」
「ああ、聞いたな」
「今のところ、明確に彼を見分けられるのは私だけよ。勇者なら見分けられるって彼は言っていたけど、なんせ本人の言うことだもの、あてにならないわ。現状でいま、見分けられるとはっきりしているのは、私だけなの。それに、……」
彼のことを考えると、胸中にどす黒い不安が経ちこめる。
それが、自分の持つスキルからくる危機的不安なのか、単なる気のせいなのか、区別がつかない。
ただ、彼女にはその不安を無視することはできない。
「――だから、私は、あなたと結婚して冒険者を辞めることはできないわ」
相手が、本気で真面目に彼女に求婚している以上、きちんと断るのが筋だと思ったのだが……。
「じゃ、辞めなきゃいいだろう?」
あっけらかん、と言われて、少女は言葉を失った。
「俺と結婚しても、続ければいい。王妃としての公務もやらなくていい。今まで通り、サンローランの町で暮らせばいい。お前は無理だが、俺はあの距離を一瞬で移動できる。お前に会いたい時は足しげく通えばいいだけの話だ。お前はお前で公的な身分と、俺という協力無比な後ろ盾ができて、いろいろ便利だぞ。何が問題だ?」
一国の――それもいつからなのか誰も知らないほど太古より続く歴史ある王国の王妃という立場があれば、振るえる力も、できることも、今よりずっと拡張されるだろう。
王妃としての公務も、やらなくていいという。
会いたい時には魔王の方から訪ねるからと。確かに、魔王ならそれができる。
どこをどう考えても、メリットしかない申し出――に見える。ただ一点を除けば。
追い詰められて、少女は最後の札を切った。
「わたしはあなたを好きじゃないの!」
それこそが、問題なのだった。
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